第2話 中学一年生

 中学一年生

 

「その制球力、鈍ってなくて良かったぜ。心配無用だな」

「まあ、まだぼくは、誰かさんが辞めた野球を続けているからね」

「うるせえよ。俺はこの街に、」

 小石くんはわざとらしく咳払いをすると、

「いや、なんでもない」と誤魔化した。小石くんが言い淀むことは珍しいけど、放っておくことにした。

 中学生になってしばらくが経った今でも、小石くんは定期的にキャッチボールを申し込んで来た。しかし、申し込むとは言っても、「頼もう!」という風にではなく、「おい、やるぞ」といつも決定事項かのように言ってくる。しかも、小石くんはぼくのボールコントロールをいたく気に入ったらしく、二人でキャッチボールをする度にそれを誉めてくれた。

 喋る余裕も無くなっていったけれど、ぼくたちは黙々とキャッチボールを続けた。グローブを持たない手でボールを持ち、後ろに構えて、そして勢いよく振るう。風を切る音はまさに快刀乱麻、ぼくたち小さい悩みも無責任に切り倒してくれる気がして、心強く、快かった。

 時には緩急をつけたり、変化球を投げたりして、ぼくは小石くんに白球を送り続けた。

 会話のキャッチボールと人はよく言うが、ぼくにとってキャッチボールこそが小石くんとの会話だった。投げては受け取る、ただそれだけの繰り返しではあったが、恥ずかしさに目を瞑って言えば、それはぼくと小石くんのお互いの心を確かめ合う儀式だ。

 小石くんは体育の授業でしか運動しなくなったせいか、すぐに息を上げ始め、終わった頃には洗顔したような濡れた顔を見せてくれた。水でなく汗だけど。

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