第4話 命知らずの中の命知らず

 望はディップ達が信用できると判断し、ここまでの長い旅の目的を明かした。


「風の噂でダイバーが多く集まるこのコロニーの事を知りました。私は亡くなった祖父の遺言で、どうしても見つけたいレリックがあるんです。どうか探すのに協力してください」


 望は深く頭を下げた。

 それを聞くとディップはこう言った。


「レリックか。まあ、この街に来る目的はそれだろうな。それで欲しいのはどんなレリックなんだ?」


「どんな物かは私にも分かりません……。ただそのレリックが眠る場所だけは知っています」


「そうか。まあ、まかせとけよ! 俺たちはこう見えてもダイバーの中じゃ五指の中に入るんじゃないかと……思ってるんだぜ。そうだろデルン」


「はい! まあベテランな事は確かですよ。なにせ兄さんは僕を養うために18の頃からダイバーをしてるんですから! えっと、今年で12年だから…………」


「オイこら。歳をばらすんじゃない! 望ちゃんにおっさんだと思われちまうだろ」


「ハハッ 実際そうでしょう!」


「オイこら。コロスゾ」


 バーンズ兄弟の話が盛り上がり、危うく酒場に真っ赤な花が咲きかけた。ディップとデルンは血気盛んな様子で互いの胸ぐらを掴んだ。


 しかし望はそんな仲睦まじい二人に対し、申し訳なさそうにこう言った。


「あの、実はレリックの探索をお願いしたい人がいるんですが…………」


「お願いしたい人だってぇ? 仕方ないなー。それはいったい誰だ?」


 ディップはやれやれといった様子で兄弟喧嘩を中断させると、望の話に耳を傾けた。


「これも噂で聞いたんですけど……、って方に……」


 だがその名を出した瞬間、酒場の空気が一気に氷りついた。

 兄弟の顔はこわばり、バーテンダーは恐怖で青ざめた。


「なんだって、誰だって言った!?」


 それまで優しかったディップも、剣幕で望に問いただした。さっきの兄弟喧嘩の時とは違い、今度は本当に怒っているようだった。


「フ、フカシって名前の人に。その人が最高のダイバーだって聞いたんです。……あの、何かまずかったでしょうか?」


 望が尋ねるがディップは答えようとしない。


「兄さん、きっと知らないんですよ。仕方ないですって」


「ちっ…………」


 デルンに慰められ、ディップはようやく口を開いた。しかしまだ不機嫌そうであった。


「本当に人払いしてよかったよ。アイツらが聞いてたら黙っていない」


「あの…………その人、どんな人なんですか」


 望は恐ろしくもあったが興味からそう尋ねた。


「ネベル・ウェーバー。それが奴の本当の名さ。フカシってのは奴の異名だよ」


「い、異名?」


「不可視の獣。どんなモンスターもあっという間に倒してしまうのか、実際に透明になるのか、はたまたいつの間にか戦場から逃げ出している臆病者なのか。由来ははっきりしないけどな。

 だが分かる事がただ一つ、…………悔しいが奴はとんでもなく強い」


 さらにディップは熱をもって語った。


「確かに奴は最強だ。だが命をなんとも思ってない異常者だ。

 俺たちは報酬や豊かな生活のために遺跡に潜るが、奴は、血と更なる戦いを求めるただの獣にすぎない! だから、最強かもしれないが、けっして最高のダイバーではないんだッ」


 ディップはドリンクの入ったボトルをテーブルに叩きつけながらそう言った。望は驚いて小さな悲鳴を上げた。

 彼のダイバーとしてのプライドが、ネべル・ウェーバーの存在を許せなかったのだ。


「あっ ごめん。 怖がらせたよな。つい興奮しちまった」


「いえ、こちらこそごめんなさい…………私、ディップさん達にお願いする事にしました」


「そ、そうか! いや、それがいいよ。うん、あんな奴には関わらない方がいいからな」


「はいっ お願いします」


 望の心境が変わるとディップはニコリとして頷いた。


「よし分かったっ。それじゃあ早速だけど、報酬の話からしていいか?俺たちも仕事だからな」


 それを聞くと望は小さな金属の石ころのような物がたくさん入った袋を取り出した。


「コインでもいいですか?」


「ん、コイン? デルン、コインってなんだ」


 するとデルンは袋の中の金属をつまみ出した。そしてそれをじっくりと眺めてからこう言った。


「これは……、きっと西大陸で流通している硬貨ですよ。ほら、全部に似たようなマークが書いてある」


「お、本当だな。でもこんな金属がなんの意味があるんだ」


「え、知らないんですか?昔はこれを使って物のやりとりをしたんですよ。でも望ちゃん。ここじゃあ、これは使えませんよ。全部エナジーでやりとりしてるんです」


「………っだそうだ」


 ディップは何故かドンと胸を張り自信満々にそう言った。


「エナジーだったら、4瓶は欲しいな。今は何かと入用だから」


「持ち合わせが2瓶しかなくて…………」


 そう言うと、望は綺麗な緑色の光が閉じ込められた二つの瓶を取りだした。


 その光の正体は魔合によって現世の大気に混ざった微生物が、多く集まったものだった。エナジーと呼ばれているこれらの微生物は、文字通りエネルギーを生み出した。

 そして大気のどこにでも存在し、使い切ってもいずれ復活するので、旧文明のメカニズムを失った人類の新たな動力源となっていた。


 またミュートリアンたちは、この微生物を微精霊と呼んでいた。


「仕方ないなー。じゃあ2瓶でいいぜ」


 そう言うと、ディップは望からエナジーの瓶を二つ受け取った。


 そして小さなタブレットを取り出した。それは電源式の地図で、スイッチを入れると液晶に明かりがつきいくつかの点が現れた。


「これはこの辺りの地図だ。俺たちが一か所ずつ埋めて来たものだ。 この赤い点が今いるダイバーシティ。望ちゃんの探しているレリックはどこにあるんだ?」


 そう言ってディップは望にタブレットを渡した。

 すると望はタブレットを大きくドラックさせて広範囲を見れるようにした。


「この辺り………確か斜めの岩があった場所です」


「ツンの遺跡かぁ 参ったなあ、結構遠いぞ。走っても20日はかかる」


「20日? 本当ですか」


 望が示した座標はディップが想定していたよりもずっと遠い場所だった。

 基本的に、コロニーから離れれば離れるほどに死の危険はどんどん増す。


 それにデルンはコロニーから20日もかかる場所まで行った事はなかったのだ。


 しかし二人が頭を悩ませていると、望は不思議な顔をしてこう言って来た。


「20日? それは嘘ですよ。 その場所までなら10日もかからずたどり着けます」


「何っ? そんなはずは…………」


 すると望はダイバーシティから東に少し離れた地点を指さした。


「ここにヒポテクスがたくさん住んでる草原があるんですよ」


「それがどうかしたのか?」


「知らないんですか?ヒポテクスに乗れば、ツンの遺跡まで4日でつけるハズですよ」


 それを聞いた二人はとても驚いた。それまで魔界の生物を移動手段にするという発想が無かったからだ。


「は? ミュートリアンに乗るだって? 本気で言ってるのかっ? …………いや、きっとそうやってここまで来たんだろうな。他のコロニーの人間に会わなければ一生知り得なかった事だ」


 そしてディップは頷いた。


「うん! 今の情報はエナジー10瓶に値する。特別に仕事はただで引き受けてやるよ!」


「本当ですか! やった!  じゃあ、さっきの2瓶は返してください」


「…………ほぇ?」


 困惑するディップに望はにこりとほほ笑んだ。

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