短編小説集

Athhissya

子供ですか

小学校の頃。先生が言う。


「分からないところはありますか?」


「「ありません!」」


教室中のみんなが口を揃える。

そのなかで僕だけが黙っていた。


だって、小学生が学ぶような

簡単なことが理解できない生徒は

このクラスには居ないから。


わざわざ確認しなくたって、

ないに決まってるのにな。


強いて言えば、全部理解してるから

分からないところが分からないですね。

とか言おうかとも思ったのだけど、

僕にそんな生意気を言う度胸はない。

だから静かにしてただけなのに。


「要さん?なにかあります?」


静かな僕に、先生が聞いた。


「ないですけど…」


僕はこの時間が嫌いだった。


「意見はないです!」


って言葉の間抜けさが僕は嫌いだ。

その間抜けさを真似なさいって?

僕には受け入れられないね。


「…返事をしてくださいね?」


「はい、分かりました」


淀みなく、不満なさげに言う。


でも、僕は「放って」とは言わない。

別に先生が嫌いなわけじゃないし。


2回目以降は鬱陶しいから

口パクで乗り切っている。


でも、空気は食べ飽きた。

いい加減放っておいてほしい。


     ・・・


また別の時間、


「夏実さんの意見に付け足しは?」


「「ないでーす!!」」


また僕は黙っていた。


「要さん?どうかしました?」


僕はあくびをして、

それはそれは大きなあくびをして、


「トイレに行きたいです」と言った。


クラスはドッと沸く。

けど、僕にはそれもつまらない。


「早く行ってきなさい?」と先生。


僕はチャイムが鳴るまで

小便器の前に立ち尽くしていた。


私にはずっと、

先生に質問したかったことがある。


「先生って子供ですか?」


どういう答えが欲しいのか、

私にもよく分からなかった。


ただ、これは相手を怒らせる質問だな

と予測することは、僕にだってできた。


この質問が先生と私の関係を

変えてくれることは間違いない。

でも質問はしなかった。


単純に怖かった。


それからも僕は沈黙していた。

[Mr.サイレンス]なんてあだ名もついた。


先生との問答はお約束になった。

先生自体も望んでいる様子だった。

僕は放っておいて欲しかったけどね。


その先生が離任するまで

僕はその茶番に付き合わされた。

やがてそこそこ名門の中学に入った。


「先生は子供なんですね」


いつも心の内でそう毒づいていた。

向こうが気づかない様子が滑稽だった。


ああ、そうか、

気持ちの中でだけ誰かを馬鹿にすれば、

かつ、それを言葉や仕草に出さなければ、

大抵の人とは仲良くなれちゃうんだ…


気持ちでは見下す。

けど行動には出さない。

それは心身の分裂と呼ぶ。

でも私はそこまで器用ではない。


今も私は、人に対して

誠意を持って関わっている。

どんな人でもリスペクトする。まずは。


まずは。ということは、

僕が敬意を払いたくない人も

当然、居るし、居たというわけだ。


けど、私はそんな人にも

最低限の尊敬を持って接しています。

でも、心の中で僕はその人を

馬鹿にして見下しているんです。


言わないけど。怖いから。


「おはよう」と言われたら、


私は「おはようございます」

      ってちゃんと返す。


別の日には私から挨拶してみる。

すると作り愛想とは見抜かれにくい。


僕の何気ない「おはよう」の裏に、

相手への軽蔑が混じっている。

それは単純な中傷よりタチが悪い。


私は誰にでも誠意を向けている。

そして同時に、僕は誰でも軽蔑する。


それは夏実さんにだって例外ではない。

フレ にも 将にい にも。

お父さん、お母さんにだって。


…言わないけどね。


中学になって、反応確認は消えた。

けれど、むしろ中学からのほうが必要だろ。


周囲で「数学分からん!」とか、

「英語難しいよぉ!」とか聞くたび、

なんで消したんだろうって思う。


不必要なときにはうざく重視して、

必要なときに存在すら忘れる。

年をとるほど知能が退化してるみたいだ。


アポを取って校長室に入って、

今度こそはしっかり質してやりたい。


「大人って子供なんですか?」


…言わないけどね。

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