第6話 皇室の厨房へようそこ!

暗く静かな広い部屋、置いてある調度品は全てが細かな金の細工や宝石で彩られ、引かれた絨毯は染みひとつ無い深紅の最高級の天然シルクを使用したものが引かれている。その上にテスラは静かに立っている。

「我が名に従い、いでよフェンリル」テスラが静かに言葉を発し更に手を掲げると、床に青暗く輝く魔法陣が現れ徐々に真っ白な狼が姿を現す。狼の大きさは4本足で立っているだけでテスラの身長程あり、白く鋭利な牙の間からは赤い舌を覗かせ、ハァハァとした息遣い、真っ赤に燃える様な赤い瞳をテスラに向ける。

「良し、いい子だ」テスラが首下を撫でるとフェンリルは目を閉じクーンと小さく喉を鳴らす。気持ち良さそうに頭をテスラに擦り付ける。

「フェンリル索敵だ。誰かが接近して来たら直ぐに知らせてくれ」テスラがさらに手を掲げると全身が青暗く光り不可視化の魔法と無音魔法が自分とフェンリルにかかる。1人と1匹は見えなくなり部屋の中から音が消える。テスラはやらなくてはならい事があり、とても重要な事だ。

細かな金の細工が施されたドアをゆっくりと開けると長い廊下が奥まで続いている。廊下にも沢山の豪華な壺や今は灯っていないが魔石を使ったランプ全てが1級品だ。それらには全く目もくれずテスラとフェンリルは歩いて行く。ある物を手に入れる為に…


しばらく歩き目的の部屋の前に来る。静かに扉を開けると中は暗く人の気配はない。ゆっくりと中に忍び込み、テスラとフェンリルは周りを見渡す。真ん中に銀のテーブルと壁際には魔石を使った何台ものコンロ、壁には銅色のフライパンが掛けられている。戸棚に置かれた食器は全て純白で汚れや水滴ひとつ着いてない。全てが綺麗に整った完璧なキッチンである。テスラとフェンリルは戸棚に近ずき、静かに引き出しを開けようとする…が突然、明かりが灯り部屋の中が昼間の様に明るくなる。テスラとフェンリルは急いで身体を捻り、明かりのスイッチがある方を見る。先程閉めたはずの扉は開いており1人の女が立っている。

「何をやっておられるのかのう?テスカバロル皇帝陛下殿?」女は腕を組み、童顔の顔を傾け眉を上げている。黒い三角帽子を斜めに被り、短い紫のローブと魔石がハマった服、耳にはルビーのピアスが赤く光る。彼女は宮廷魔導師宰相、ソラウェッティー・ミラノフである。テスラは勘弁したように魔法をとき姿を現す。

「こんばんはソラ宰相殿、こんな夜更けにどうなされたのですか?」

「何をとぼけたことを言っておる!皇帝陛下がこんな時間にキッチンで何しておる?」ソラウェッティーがツカツカと近ずき捲し立てる。

「しかも不可視化の魔法に無音魔法までつかい、フェンリルまで召喚とは恐れ入る。わしが今まで何も気付いてないと本気で思っているのか?」ソラウェッティーが両手を腰に当て下から背伸びし、グイッと顔を近ずける。

「何をおっしゃいます。ただ私は夜中にコーヒーでもと思い、他の従者を起こしても申し訳ないので魔法を使ったのですよ」テスラが両手を上げどうどうとする。

「ではフェンリルはどうじゃ?それにコーヒー豆が毎週ごっそり無くなっているのはどう説明する?まだあるぞ?あるカフェにお前そっくりの店主が居るとか。しかもキッチンにはあの暗部ケイティーベルセルクが居るじゃないか?」テスラが大きなため息を吐く。フェンリルは申し訳なさそうにクゥーンと鳴きよしよしと撫でてやる。

「フェンリル落ち込まないで下さい。相手はこの国最強の魔導師ですから、相手が悪かったようです」

「抜かせ!このわしを今まで欺いてカフェを開き、ドッペルゲンガーまで召喚して工作しとったお前がこの国最強だろうが!」ソラウェッティーは憎々しげに睨む。テスラはハハッと小さく笑い。

「私自身はそんなに強くありませんよ。強いのはこの子達です」そう言いながらフェンリルを撫でる。ソラウェッティーが大きくため息をつき言う。

「何で最初から相談してくれなかったのじゃ。まずは宰相のわしに相談するのが筋ってもんじゃろう。それをあの暗部の小娘に相談とは宰相が聞いて呆れるわい…」ソラウェッティーが力なく肩を落とす。

「本当に申し訳ありませんでした。貴方を失望させるつもりはなかった。ケイティーは冒険者時代から料理が得意だったのを知っていたので声を掛けたのです」テスラは大きく頭を下げる。それに習ってフェンリルも頭を下げる。

「もう良い。わかっておるわい。ただこんなに楽しそうな事をしておるなら、わしだって1度くらい行きたいじゃろ?」ソラウェッティーが拗ねたようにそっぽを向く。

「分かりました。来週は是非来てください。席を空けておきますから」テスラがまたどうどうと両手を上げる。

「うむ、約束じゃぞ?そん時はわしのドッペルゲンガーも忘れるなよ?」幾分か機嫌が直ったソラウェッティーはニヤリと笑う。

「お主が盗ったコーヒー豆や食材は全てお主の小遣いからキッチリ差っ引くからのう!」ワハハと笑いながら小さなローブを翻しソラウェッティーはキッチンを出て行く。残されたフェンリルとテスラは顔を見合わせ、ため息を着く。

「フェンリルごめんね。今月のご飯は質素になりそうだ」フェンリルはキューンと鳴き項垂れる。




昼近くテスラカフェは1週間ぶりに開いている。店内は客がソファーで寛ぎ、コーヒーや紅茶を楽しんでいた。ニャコブもお客の注文をとりコーヒーや紅茶を慣れないながらも一生懸命に提供している。

「おい!新人が入ったのかい!」カウンターにノシりと座ったカジが大きな声で言う。

「ええ、彼女のおかげで大変助かりました。」店主がカウンターに置いた、ガラスの容器に高く上げたポットからお湯を勢い良く流し込む。湯気とリンゴの香りがあたりに香る。

ニャコブが近ずきカジに挨拶をする。

「新人のニャコブにゃ!よろしくお願いするにゃ!」ニャコブがぺこりとお辞儀する。

「おっ!ニャコブちゃん可愛いね!今度デートでもどうだい!!」ニャコブが困ったように1歩引くとキッチンからケイティーがお玉を持ったまま顔を出し叫ぶ。

「こっらあぁぁ!ニャコブちゃんに手を出したら3枚に下ろすぞ!?このクソ豚ゴリラがっ!!!」

「んじゃケイちゃんがデートしてくれよ!」カジがガハハと言うと、ケイティーがお玉をものすごく速さでカジに向かって投げる。テスラはそれを器用に人差し指と中指で掴む。

「ケイティーいけませんよ?お玉は人を殺す道具ではありません」

「す、すみません…」そう言ってケイティの顔が引っ込む。ニャコブがおぉ!と拍手する。傍らカジが青い顔をしている。

「さぁニャコブさんもこのカモミールティーをあちらのお客様にお願いします」

「分かりましたにゃ!」ニャコブはトレーにカモミールティーの入ったガラスの容器と白いカップを持って行く。青く長い髪で童顔の顔、麦わら帽子を被り白いワンピースを着ていて、静かに本を読んでいる。

「おまたせ致しましたにゃ!こちらカモミールティーですにゃ!」尻尾が他のお客さんの邪魔にならない様に上に上げくねらせる。

「おや、かわいいネコの獣人だのう。お主、名はなんて言うのかの?」その女性は本から目を上げこちらを見る。左耳には赤い宝石が光る。

「ニャコブにゃ!先週から働かせて頂いてるにゃ!よろしくお願いするにゃ!」ニャコブが頭を下げる。

「そうかいそうかい。あの子と居ると大変だろうけどよろしくのう」そう言って女性はテスラを見つめる。

「そんなことないにゃ!私こそ大変お世話になってるにゃ!お客様は店主とお知り合いかにゃ?」

「そうだね。あの子が産まれた頃から知っているよ。懐かしいね…」彼女が目を閉じ昔の記憶を思い出す様にしみじみと言う。

「にゃにゃ!?お客様はとても若く見えるにゃ?店主に歳は聞いた事にゃいけど、明らかにお客様より歳上にゃ。一体お客様はいくつなのかにゃ?」ニャコブの尻尾がピンと立ち首を傾げる。

「嬉しい事を言ってくれるね。わしは彼のお父様が産まれた日も良く覚えているよ。歳は内緒じゃ」流石にニャコブは揶揄われてると分かり笑う。

「にゃにゃー。全くもうお客様は冗談がお上手にゃ!それではごゆっくりとお寛ぎくださいにゃ」ニャコブは頭を下げ、カウンターに向かう。

「冗談ではないのじゃがのう…なんならさらに前の皇帝陛下が産まれた日もよう覚えておる。全くあの子は誰に似たのかのう」そう言ってテスラを見つめる。本を起き、カモミールティーをガラスの容器からカップに注ぐと香りが立ち込める。鼻腔の奥まで届く様な優雅な香り。カップを唇に当てるとカップから熱が伝わる。美しいその橙赤色が口に入ると、大地のリンゴの香りと柔らかい味わいを感じる。ゆっくりとリラックスするような香りを楽しみつつ、身体は自然と脱力する。日頃の責任の重圧がこの瞬間は忘れてしまう。

カップを持ったままソファーに持たれると店主が皿を持ってやって来る。

「こんにちはソラさん。こちらお口に合いましたか?」

「うむ、とても美味しいぞ店主よ。この紅茶は何かのう?」ソラウェッティーがわざとらしく聞くと店主は苦笑を浮かべながら言う。

「こちらは紅茶ではなく、カモミールティーです。ストレスや不安を和らげる効果があります。日頃からお疲れのソラさんにはピッタリだと思います」

「誰のせいだと思っとる。全く!」ソラウェッティーがテーブルに膝を付き、フンと鼻を鳴らすとテスラがお皿を目の前に出す。

「こちらパンケーキです。悪いとは思ってますよ」目の前に置かれたそれはフワフワしてると1目見てわかるような厚みのあるパンケーキで、上には生クリームがこれでもかと乗り帝国で取れる赤く酸味のある小さないちごが沢山乗っている。

「こちらのソースをおかけしても?」その言葉にテスラの手元を見ると、3角口のある小皿を持っている。頷くとテスラはパンケーキの上で小皿を傾ける。すると真っ赤なソースがゆっくりと生クリームの上に回すように流れ煌めく。そのソースは真っ赤なルビーを煮詰めソースにしたような輝きがあり、真っ白で純白な生クリームに装飾を施すようだ。次第にソースはパンケーキまでも赤く染め、真っ赤なドレスの様だ。ソースを流すのを止め、テスラが言う。

「では、ゆっくりと堪能されて行かれてください。ソラさん」テスラがウィンクしてカウンターに戻る。

「テスラめ…わしの好物を用意してきたな」ソラウェッティーはナイフとフォークを手に取り1つ息を吐く。フォークを刺しナイフを宛てがうと、なんの抵抗もなくナイフが入る。カットしたパンケーキに生クリームと赤いソースを絡め口元に運ぶ。ほのかな熱とベリーの香りが鼻腔を刺激する。口を開けそれを噛む。シュワりとパンケーキが口の中で溶け、生クリームの甘みとベリーの酸味が口の中で踊る。あっという間に終わりを告げ、また次のひと口を身体が要求する。何も考えずにまた次を口にする。

シュワりと溶けるパンケーキ、生クリームの甘みとベリーの酸味が踊る中、突然の強い酸味に我に帰る。帝国産のいちごを口にしていたのだろう。だがそれが返って気持ちを盛り上げる。また1口また1口と辞められない。あの儚くも美しい食感をもっと味わいたい。舞踏会で踊る様な素敵な時間は唐突に終わりを迎える。皿が空になり、叫び出したくなる様な気持ちを必死に押さえカモミールティーを飲み落ち着く。ソラウェッティーが手を上げニャコブを呼ぶ。

「もう1枚頼む…」ソラウェッティーは少し恥ずかしそうに小声で注文し、ニャコブはクスりと笑い元気よく言う。

「かしこまりましたにゃ!」ソラウェッティーの口には赤く輝くルビーの様な煌めきが光っている。

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