第7話 君に贈る花の色

 不覚だった。

 ケインから花飾りを俺が買っていたのをアンスンが知っていたと聞かされてから俺は自室として宛てがわれている客室に戻っていた。

 「他にそういう相手が居るんなら気を持たせずにアンスン様からこのまま距離を取って欲しい」

 そう言って頭を下げたケインに俺は何も返せなかった。

 気がつけばすっかり陽が落ちている。

 俺は窓辺に立つとため息を吐きながら庭先を見た。

 人影が見える、一人は騎士団の若手だったはず。

 片方はメイドだろうか、あまり記憶にないのはいつものことだ。

 どうやら花飾りを渡しているらしい、頬に手をやり小首を傾げたメイドの姿にアンスンの姿が重なる。

 「今更、何を言えるのか」

 ポケットに仕舞ったままの花飾りを握りしめる。

 そういえばアンスンもあの卒業パーティーの会場に居たはずだ。

 あの断罪劇を見ていて尚俺に手を差し伸べた。

 何故?人が良いのはそうなのだろう、けれど本当にそれだけか?

 希望を持って考えれば考えるほど、もしかしたらという思いに駆られる。

 今更醜聞を知ったからと言っても、最初から知っていたじゃないか。

 ケインはなんと言った?気を持たせるな?それは気持ちがこちらにあると言うことでは?

 俺は部屋を飛び出していた。

 執務室には誰も居らず、昼に見たまんま放り出されている。

 アンスンに渡した花も持ち去られていた。

 逸る気持ちを抑えながら俺はアンスンの部屋へと足を運ぶ、途中廊下で行く手を阻むようにケインが立っていた。

 「すまない、急いでいる」

 「二度とアンスン様を泣かすなよ」

 「そのつもりだ」

 ふんと鼻を鳴らしたケインが道を譲る、その横を通り過ぎた瞬間、俺は走り出していた。

 ノックをしても返事がない、だが微かに嗚咽が聞こえる。

 「入るぞ」

 「え?あ?だ、だめっ」

 室内にあつらえたベッドで蹲るアンスンを見て俺は真っ直ぐにベッドに向かった、気付いたアンスンがジタバタと暴れているが気にせずベッドに腰掛ける。

 「うわっあ、あの、えっな、なんで?」

 わたわたと慌てている顔にまだ残る涙を親指で拭うとアンスンがピタリと体を固まらせて目を瞠る。

 「泣いていたのか?」

 「や、ち、ちが」

 「どうして?と、聞いても?」

 「ち、ちがう、あの、き、聞かない、で」

 ふるふると震えだしたアンスンが俯いて頬に添えた俺の手から逃げようとする。

 俺は頬の温かい体温を惜しむようにゆっくり手を離した、頼りなげに向けられる濃い藍の瞳が揺れている。

 「手を」

 きゅっとシーツを握っていた手を取る、視界の隅にサイドテーブルの上、小さな花瓶に入れられた黄色い花が見えた。

 「これを、受け取ってくれるだろうか」

 頼りない手の中にポケットから出した花飾りを乗せた。

 薄紅のローズクォーツが月明かりに照らされて光っている。

 「え?なんで?なんで僕?」

 「町に、半年前の俺のやらかしが流れているのは知っているな?」

 「う、うん」

 「手を引いた方がお前は幸せになれると思っていた」

 「そ、そんなわけ」

 「ケインに怒られたよ」

 そう笑えば一瞬驚いた顔をしたアンスンが困ったように笑った。

 「花の色の意味も教えて貰ったんだ」

 「ふぇ?」

 情けないほど気の抜けた声を出してアンスンが手の中の花飾りの花の色を確認している。

 その仕草の愛らしさに思わず吹き出した。

 「俺は女性をそういう意味で愛せないんだ、普通であれば問題なかったんだろうが、俺は王籍だった」

 アンスンが小さく頷いた、そのアンスンの手を取り俺は話を続けた。

 「王籍に連なる俺が子を成せないのは大問題でしかない、けれど誰かに打ち明けることもあそこでは無理だった、エリアナは聡いからな俺が言わなくても察していたんだろう」

 「そうかも知れません、あの日エリアナ様と弟王子からアルを男爵領に迎えて欲しいと頼まれました、頼まれる前からそのつもりでしたけど」

 今度は俺が目を瞠る番だった。

 「エリアナにはあの日起こることを前もって知らせてはいたが」

 「御二方とも、僕なんかに頭を下げるほど心配されてましたよ」

 「お前は、アンスンは何故俺を?」

 問えばアンスンはオロオロと目を泳がせる、言葉を探してパクパクと薄く色づいた形の良い唇を動かしているのが目についた。

 艶のある唇に吸い寄せられるように唇を重ねる、柔らかなそれを食むように刺激してやれば薄暗い部屋でもわかるほど顔を赤に染めて飛び退いた。

 「なっなななななな」

 「落ち着け」

 「むむむむむむ」

 「可愛いな」

 小さく呟いた言葉が聞こえたのか赤い顔を更に赤くしてシーツに突っ伏した。

 そのままくぐもった声で「だって、一目惚れだったんだもん」と言った。

 「ふむ、俺の顔はお前の好みなのか?」

 「か、顔だけじゃなくて」

 シーツから目線だけ俺に向けたアンスンが入学式の日の事を話した。

 「あれ、お前だったのか」

 「あの後すぐ前髪伸ばして眼鏡をかけたから」

 「なあ、そろそろ返事を聞いていいか?」

 花飾りを握っていた手をトントンと叩くとようやくアンスンは体を起こした。

 「花の色、意味わかってるんですよね?」

 「ピンクはプロポーズだろ?」

 「んっ……そ、そう、だけど本当に?」

 「まあ、お前に子どもを持たせてやれなくなるんだが」

 「そこは弟も居るので」

 「そうか」

 アンスンは暫く黙って手の中の花飾りを見ていたが瞬きをひとつゆっくりして俺を見上げた。

 「はい、プロポーズお受けします」

 またポロポロと泣き始めたアンスンを連れ出して町が見える場所まで行く。

 町からランプを点した風船が幾つも夜空にあがっていく。

 俺は傍らにある温もりに手を伸ばし、見上げるアンスンの唇を塞ぐ。

 直前に「好きだ」と伝えれば「好きです」と返ってくる、やり取りすら愛しく俺はやっと生きる場所を見つけた気がした。

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