第3話 エンシス男爵領へ

 国の端とか国境とか、そういう話ですらなかった。

 あれからひと月かけて辿り着いたエンシス男爵領は飛地も飛地、二つの小国を通り抜けて山に囲まれた盆地にあった。

 もう王国の領地と言われても首を傾げたくなる場所である。

 ひと月もあれば打ち解けもする、アンスンとはそれなりに交流を深めていた。

 王都を追放された俺の身分は小国を渡るには難しい立場で、アンスンが考えた護衛騎士としてのアルという身分でなんとか凌いできた。

 そしてアルでいることの心地良さに浸っているうちに着いた男爵領ではアンスンが過大な歓迎を受けていた。

 アンスンから男爵家の邸に部屋を与えられ久しぶりに貴族らしい服に着替える。

 たったひと月で随分窮屈に感じると苦い笑いが漏れた。

 食事だと呼ばれて食堂に向かいそこに座るアンスンを見て俺は固まってしまった。

 前髪を後ろに上げて眼鏡を取り、簡易だが上品な衣装に着替えたアンスンは見る影もないほどに美少年だった。

 いや、年齢的に美少年はおかしいのだが美少年に括るべき見た目をしている。

 濃く揺れる藍色の深い瞳と撫で付けた髪は黒く艶やかで白磁のような肌に薄く色付いた唇、細い眉が困ったように下がる。

 「あ、あんまり見ないでください、似合わないのはわかって」

 「似合っている」

 「え?」

 「見違えただけだ、失礼した」

 穴が空くほど見たせいで頬に赤味が差しているアンスンは正直艶っぽくすらあった。

 それこそ体を押し付け品のない下卑た笑みを浮かべて俺を見ていた子爵令嬢とは雲泥の差だ。

 恥ずかしそうに濃い藍色の瞳を揺らして俯きがちな視線がチラッと合うと、ぴゃっと小さな悲鳴をあげて目を逸らす。

 豪華ではないと謙遜していた食事は、立地のためか色々な国の料理が混ざり目にも舌にも楽しいものだった。

 旅の間は粗食が続いていたこともあり用意された食事は全て食べ尽くしていた。

 「卒業と同時に僕は男爵位を継いだので明日は領地の有力者に会いに行きます、その間留守にしますがアルは自由にしていてくださいね」

 「出かけるのか?着いたばかりだろう」

 体力のある俺ですらなかなかに疲弊した旅だった、体術に弱かったアンスンが疲れていない訳はないはずと彼を見ると首を横に振る。

 「これが初仕事なんです」

 だから平気だと笑うアンスン。

 「ならば俺も」

 「アンスン様の護衛は私たちがします」

 そう俺の言葉を遮ったのはアンスンの後ろに控えていた護衛の一人。

 「駄目だよ、話を遮っちゃ」

 「だが、アンスンを護るのは」

 腰を折りアンスンに顔を寄せ小声で話す護衛は俺を牽制するようにアンスンとの距離の近い会話を聞かせようとしている。

 見た目にも精悍な顔つきにがっしりとした体躯、年齢は俺とさほど変わらないだろうか。

 敵意のある目を俺に向けている。

 「アル、一緒に行く?」

 「ああ、アンスンが許してくれるなら」

 ぱぁっと笑顔を作るアンスンに護衛の男が苦虫を噛み潰したような渋ヅラを作った。

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