第9話 風紀騎士

 そよ風が草花を揺らしている。

 鳥がさえずり、虫が鳴いている。

 雄大な自然の中で、唸り声が一つ。


「まだ悩んでるのかよ?」

「ポイントの振り方次第で、今後の人生が決まるんだよ?」


 楔の花に陣取るフミカは苦悩していた。

 ポイントをステータスとスキル、どちらに割り振るかという難問を前にして。

 

 プレク城の先――次なるダンジョンへの中間地点で、フミカたちは足踏みしていた。

 厳密には、フミカのみが。


「だからって悩みすぎだろ。これじゃいつまで経っても進めないぞ」

「ずっとこうなんだよね、フミカは」


 ミリルが肩を竦めている。

 カリナはマジか、と呟いて、


「おい、さっさとしろ」


 軽く蹴りを入れてくる。

 ダメージを受けたため、スキル画面が閉じられた。


「ちょっと邪魔しないでよ」

「いつまでも決められないのが悪い。そんなに悩むなら後にしろ」


 カリナの正論は耳が痛い。

 ソロならともかく、マルチでの長考はあまり良いことではない。


「わかったよ。後にする」

「そうしとけ。全くお前は昔から――」


 お説教の香りがしたので、フミカは矢継ぎ早に話題を投げた。


「ところでさ、このゲームに閉じ込められたのって、私たちだけなの?」

「さあてね」


 問われたミリルはふわふわ舞っている。にやにやと笑いながら。

 と、いきなり轟音がした。

 

「おしりに火が!」


 焦るミリル。

 原因は杖を仕舞うと、足をばたつかせる彼女を鷲掴みにした。


「本当にあたしらだけか? 答えないと握りつぶす」

「ひいっ! フミカ、助けて!」


 あっさりとミリルを捕まえたカリナ。

 武器が棍棒のフミカでは彼女を捕らえられなかったが、魔法使いであるカリナならお茶の子さいさい、というわけだ。


「助ける義理ないし……」

「ひどい!! 今までいっしょに冒険した仲でしょ!?」

「と言ってもねえ」


 ミリルがエレブレ4の中に閉じ込めたからいっしょにいた、というわけで。

 言ってしまえば自作自演マッチポンプである。

 

 冒険が楽しいことは否定しないが、このゲームを作ったのもミリルではなくマメシステムズ。

 

 彼女がやったのは、フミカたちを同意なくゲーム世界に閉じ込めただけ。

 現実的に言い直せば拉致監禁だ。


「ちょっと難しいかなぁ。閉じ込めた理由も教えてくれてないし」

「薄情者!」

「いいから答えろよ」

「うぅ……た、助けて! 誰か助けて!」


 SOSを出すミリル。しかし無意味だ。

 NPCはミリルに反応せず、敵も同様。

 

 この世界において、ある意味もっとも孤立した存在が彼女だ。

 救いの騎士など現れるわけもなし――。


「何をしている」

「え?」


 凛とした声が響き渡る。だが気配は感じない。

 フミカとカリナは周囲に目を凝らす。


「誰だ!」

「弱者をいじめる不届き者は、成敗してくれる」


 ひゅっ、という風切り音がした。


「ぐおッ」


 カリナの左腕から血が迸る。

 矢が突き刺さっていた。

 何者かは森から精確に、ミリルを掴んでいた腕を狙撃したのだ。

 

 フミカは前に出て防御。狙撃先と思われる位置で待つが、追撃が来ない。

 訝しんだ瞬間に、別方向から人影が疾走してくる。

 

 迎撃しようと身構えたが、今度は盾に矢が命中した。

 ど真ん中。

 意表を突かれている間に、何者かが姿を現す。

 

 まるで深海のような彩のサーコート。

 羽飾りのついた青色の帽子。青みがかったポニーテール。

 芯の強い眼差しと、目が合う。

 気付けば喉元に、サーベルを突きつけられていた。


「う……!?」

「む、君は」

「誰だお前! フミカから離れ――あ?」


 カリナが怪訝な声を漏らす。

 フミカも驚きに包まれながらその名を呼んだ。


「月影先輩……?」



 月影つきかげ薙沙なぎさ

 フミカたちが通う高校の風紀委員にして、学年が一つ上の先輩だ。

 と言っても、フミカは顔見知り程度でしかない。

 けれど、カリナは違った。


「なんで風紀委員がいやがるんだよ、ここに」


 腕を組み嫌悪感を露にするカリナ。

 露悪的な彼女の態度をナギサは意に介していない。


「君たちがいるとは驚きだ。私しかいないものとばかり」

「こっちの質問に答えろってんだ」


 失礼な物言いにフミカは冷や冷やさせられるが、ナギサは全く気にしていない。

 慣れっこのようだ。

 彼女に向き直ると、その髪を見つめて、


「染髪を止めたようだな。いいことだ」

「チッ。染めてたのは理由があんだよ。あたしなりの処世術なんだ。それを校則がどうとかうるせえんだよ」

「髪色でごちゃごちゃ言われるからか? 全く、そんなことを言う奴らなど――」


 ここで続く言葉は大体が決まってる。気にするな、とか受け入れろ、とか。

 しかしナギサは違った。


「ぶん殴ってしまえば良かろうに」

「風紀委員の発言とは思えねえなおい」


 カリナのツッコミには同意せざるを得ない。

 真面目な印象を抱いていたが、イメージとは違う人なのかもしれない。

 

 が、そんな些細なことはどうでもいいくらいに。

 フミカはナギサに心を奪われかけていた。

 

 あの卓越した技能。

 クロスボウの走り撃ちは至難の技とされている。

 それを難なく行って、瞬く間に距離を詰めてきた。

 

 歴戦のゲーマーに違いない。


「あ、あの!」

「確か雨風君、だったか」

「フミカでいいです! ツキカゲさんって、ゲームが趣味だったんですね!」

「ん? 私がか?」

「ええ! あの動きはまさしく! プロゲーマーにも匹敵する動きでしたよ! こんなにゲームがうまい人が近くにいたなんて……!」

「いや、私は生徒――」


 ナギサは顎に手を当てて、


「……友人から誘われて始めただけだ。このゲームをやるのは初めてだし、普段もゲームはやらないぞ。聞いていたものと内容が違ったから、困惑しているが……」

「そうなんですか!?」


 初心者にあんな動きができるとは到底信じられない。

 しかし、嘘を吐いている様子もない。

 驚きつつも質問を重ねた。


「ちなみに、内容が違うって言うのは……」

「ああ。死にゲーと聞いていたんだが、全然死ななくてな。高難易度のゲームらしいのだが……」

「ホラ吹くのも大概にしろよ、風紀委員」


 カリナが食って掛かる。

 なんでかまた機嫌が損なわれていた。


「後輩の前でカッコつけたいんだろうが、ダサすぎるぜ。第一、そんな嘘でフミカはなびかねえよ」

「なんで私を引き合いに出すの……!?」


 戸惑うフミカを後目に、カリナが眼を飛ばす。

 フミカなら足がぶるぶる震えそうなシチュエーションでも、ナギサは動じない。


「変な言いがかりは止めてもらおう。死ぬようなところ、あったか?」

「上等じゃねえか。そこまで言うなら勝負しろよ」

「私は風紀委員だ。喧嘩はしない。とは言え、ゲームなら話は別か」

「ちょ、ちょっと二人とも!」


 フミカの制止に黙ってろ、とカリナが一喝。

 怯える小動物のようにフミカは畏縮する。


「あたしが勝ったら、もう二度とフミカに粉かけんじゃねえ」

「では、私が勝ったら今まで通り接させてもらうぞ」


 カリナとナギサが視線を交差させた。


「どうして……?」


 困惑するフミカを放置して。



 ※※※



 カリナは軽い準備運動をしていた。喧嘩の前のルーティンだ。

 百戦錬磨とまではいかないが、腕っぷしにはかなりの自信がある。

 地元じゃ敵なしと言われるほどだ。

 

 しょうもない言いがかりをつけてくる相手には、拳で対応してきた。

 ただ、少し暴れ過ぎた。

 校内でも噂されるレベルになってきたので、目くらましも兼ねて髪色を戻したのだ。

 

 ……気に入らない相手は殴る。その点については、風紀委員に同意だ。

 意見が同じである以上、躊躇う必要はない。

 

 戦い方はリアルとゲームでは異なる。

 それでも、対人戦の基本は変わっていない。


(フミカ……)


 ちらり、とあわあわしているフミカを一瞥する。

 風紀委員はとても良くモテる。

 美形で運動神経も良く、性格もはっきりしている。

 

 他人の顔色を窺う人が多い現代では、毅然とした態度で物申せる人は魅力的に映るものだ。

 しかも無責任に言うのではなく、きちっと問題を解決したり、助言もしたりする……人気者にならないわけがない。


(あたしがお前を守る。あの女の毒牙から)


 念を込めて視線を送ると、びくりとフミカが震えた。

 以心伝心したらしい。流石は幼馴染だ。


「睨まれた……なんで?」

「さぁ……」


 小声での呟きは自分を応援する言葉に違いないと、カリナは確信していた。


「準備はできたか?」


 声を掛けられて、睨み返す。

 ナギサは先程と微塵も変わらない――平常運転のまま、直立している。

 悪く言えば棒立ちだ。その態度が気に入らない。


「泣きべそかくなよ? 風紀委員」

「君こそ」


 クールビューティーを気取るその顔を、涙で濡らすのが楽しみだ。

 

 エレブレ4に対戦システムがあることは、説明書とフミカに教えてもらった。

 正式な敵対プレイの他に、フレンドリーファイヤを利用した仲間内での対戦も。

 ナギサとは世界が同期されているはずなので、後者の戦い方となる。

 

 要は、普通にゲームをプレイするのと同じだ。

 相手が人か、魔物か。その程度の違いでしかない。

 

 決闘に倣って、道の真ん中で互いに距離を取る。

 もう言葉は不要。

 後は決着をつけるのみ。


「フミカ君、合図を頼む」

「わかりました。よーい……はじめッ!」


 フミカの号令と共に、同時に動き出す。

 カリナはすかさず杖を掲げる。


「先手必勝!」


 これは西部劇の決闘や時代劇の果し合いではない。

 ゲームでのバトルだ。

 剣も魔法も、なんでもありだ。


「炎よ!」


 炎がナギサの元へと飛来する。

 てっきり避けるものだと思っていたが、ナギサは直進してきた。

 

 ダメージ覚悟での突撃だろうか。

 それならば、怯んだ隙に距離を取るだけだ。

 

 後退しようとしたカリナは、信じられない光景を前に目を見張る。


「なにッ!?」


 炎が霧散する。

 サーベルの斬撃によって。


(炎を斬りやがった!?)


 まるでのれんでも潜るかのように、平然と向かってくる。

 後退と前進では、どちらに分があるかは考えるまでもない。

 カリナは即座に迎撃を選択し、今一度炎を放つ。

 

 そして、同じ結果を目の当たりにする。

 

 慌てて小剣に手を伸ばしたが、抜く前に喉を刃先が撫でた。

 サーベルを、突きつけられている。


「勝負あったな」

「く……う……!」


 反論できない。

 勝敗は決していた。

 ナギサはサーベルを鞘へと戻し、背中を向ける。


「これに懲りたら、妙な気は――」


 悠然と語る背中は、がら空き。

 おまけに、フミカはまだ終わりの合図を出していない。

 

 考えるよりも先に身体が動く。

 小剣が宙を舞う。

 ナギサの背中を貫かんと。

 

 音が響く。

 

 金属音――刃が刃を弾いた音が。

 

 瞠目した瞬間に、カリナは空を見ていた。

 

 転ばされた。

 

 いつの間にか、ナギサが自身に馬乗りとなっている。

 声を上げる間もなく、刃が頭を貫いた。



 ※※※



「すごい……」


 炎をサーベルで切り裂いたのもそうだが。

 背後からの奇襲に難なく対処し、あっという間に制圧してみせた動きも半端がない。

 フミカは自然と拍手を送っていた。

 

 こんなプレイは、動画や配信でしか見たことがなかった。

 実物を目撃したのは、これが初めてだ。


「チックショウ、ステータスの差だ。或いは装備の差だな、きっとそうだ!」


 文句を言いながらカリナが戻ってくる。

 魔法使いと騎士では、フィジカルは当然騎士の方が強くなる。

 

 その点を加味しても、ナギサの戦い方は凄まじかった。

 追う騎士と逃げる魔法使いという泥仕合になりがちなのに、瞬く間に距離を詰めてしまった。

 ブレイヴアタックもミスなく成功させている。


「戻ったか」


 ナギサに声を掛けられて、カリナが悔しそうに目を伏せる。

 彼女も内心気付いているのだ。

 負けた理由がステータスでも、装備でもないことに。


「君はなかなか、ガッツがある」

「は? なんだよ」

「今まで私が戦った相手は、制圧されると素直に負けを認めていた。しかし君は違った。最後の最後まで抗おうとして見せた。見上げた根性だな」


 想定外の誉め言葉にカリナが戸惑っている。

 背後からの不意打ちという卑怯な手段ではあったが、確かにそういう考え方もできる……かもしれない。


「もしくは、考えなしのただのバカだが」

「誰がバカだと? この……」


 言い返しつつも、カリナから闘志は失せたようだ。

 これでようやく、腰を据えて情報共有ができる。


「フミカ君に、トウライ君。そろそろ、事情を話してくれないか」


 フミカは首肯し、現状の説明を始めた。

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