第2話 クリアしなきゃ出られない世界

 前回のあらすじ。

 起きて学校に行こうと外に出たら森だった。

 妖精はゲームの世界に入り込んだなんてふざけた説明をしていた。

 

 で、裸にされた。

 以上。


「以上じゃない! どういうこと!?」


 大事な部分を隠しながら、フミカが妖精に問う。

 厳密には全裸ではない。パンツは履いている。しかし胸は剥き出しだ。

 入り込んだとされるゲーム――エレメントブレイヴ4は18禁ゲームではない。

 

 17歳以上推奨の全年齢ゲームだ。やろうと思えば小学生だってできる。

 女のおっぱいが丸出しでも良い、全年齢のゲームなんて存在しない。

 隠すべき箇所が隠れていればセーフだったりもするが、胸を覆う腕には、その隠さなきゃいけない部分の感触が確かにある。


「言ったでしょ? 昨日、君が作ったキャラの設定を適用したんだよ」

「昨日作った私のキャラ……」


 深夜までこだわって作ったフミカの分身は、男だった。

 筋肉隆々の渋いおじさん。素手で岩でも砕きそうな感じの。

 そして、服がないパンツ一丁でスタートする職業を選んだ。

 

 レベルの兼ね合いでだ。

 エレメントブレイヴでは無職がもっとも初期レベルが低く、育成する上でいろいろと都合が良かった。

 しかしフミカ本人はフミカのまま――17歳の女子高生のままだ。

 

 それをそのまま適用してしまった結果だろう。

 男を操作するのは好きだが、自身の性別を変えたいと思ったことはない。

 だから、女のまま、自分のままであるという部分はいいとして。


「男の衣服のまま適用しちゃダメでしょ!」

「でも君、裸のキャラが好きなんじゃないの?」

「それはまぁ――って違うの! このままじゃ動けないでしょ!」

「どうして?」

「恥ずかしいからだよ!」


 下着でも恥ずかしいのに、上半身裸で外を出歩きたくなんてない。

 フミカは露出狂ではないのだ。


「そういうもんだっけ。人もいないし、いいんじゃない?」

「そういうもんなの! 人がいるとかいないとか関係ないでしょ!」


 そりゃ自宅だったらいいかもしれないが、こんな大自然の中で肌を晒すとか正気の沙汰じゃない。

 誰かに見られる危険性もあるし、虫やら草木やらで絶対怪我をする。

 というか、何度も言うように恥ずかしすぎる。


「早く服をちょうだい! 無理ならせめて女性バージョンに変えて!」

「わかったよ、仕方ないなぁ」


 再び身体が光り輝く。今度は上の下着も着用された。

 だが、それでオールオッケーとはならない。下着だとしても羞恥心は消えない。


「服は!?」

「無理だよ。そういうもの、でしょ。ゲームが好きな君ならわかるよね?」


 確かにそうだ。ゲームならそうだ。

 画面の中のキャラクター……アバターが、どれだけえっちな恰好をしていたとしても気にならない。

 

 三人称視点なら、プレイヤーも見る側だ。

 眼福でこそあれ、羞恥心など生まれてこない。

 いや、家族に見られたら流石に恥ずかしいけれど。

 

 例え一人称視点のゲームだって、こうはならない。

 実際にその格好をするのは、自分自身ではないからだ。

 しかし今は違う。痴女チックな恰好をしているのは、他ならぬフミカ自身だ。


「どうにか服、服を……」


 周囲を見渡す。草や木がたくさん生えているが、それだけ。

 岩もある。……それがどうした。


「装備画面の開き方は!」

「装備画面?」

「スタートボタンはどこ!」


 装備選択やアイテムメニューを開くためには、コントローラーのボタンを押さなくちゃいけない。

 しかし手元にそんなものはなかった。


「ああ、装備メニューとかそういうのね。普通に開けばいいんだよ」

「その普通を教えろって言ってんの!」

「メニューオープンって叫んで」

「メニューオープン!!」


 自分でもびっくりするくらいの大きな声が出た。

 そうして目の前にメニュー画面が――出ない。

 

 は?

 フミカが唖然としていると、くっくっくと、妖精が笑っていた。


「いや、本当に言うんだね。面白かった」

「ふざけんな!」

「こうすればいいんだよ」


 妖精が虚空をタッチする。スマホでもタップしているかのようだ。

 見よう見まねでやってみると、今度こそ本当にメニュー画面が出てきた。

 まるで最新鋭のVR機器でメニューを開いた時のようだ。見やすいサイズのウインドウが目の前で浮いている。

 

 タッチ式のPC画面を操作するような感覚で、自分の装備を確認した。

 ご丁寧なことに半裸の自分が映っている。そんなしょーもないところのクオリティを上げなくていい。

 なんて思いながら防具選択をタッチして、項垂れる。


「やっぱない……」


 無職に服なんてものはない。

 それどころか武器もなかった。

 シリーズ経験者向けの、玄人仕様の職業だからだ。

 

 1から3までやってきた私には余裕。

 などと、お気楽に考えていた昨日の自分を殴り飛ばしたい。


「なんて夢だ……」


 一向に目覚める様子のない悪夢にうんざりしながらも、とりあえず何か手に入れなきゃならない。

 こうしている合間にも羞恥心で頭がどうにかなりそうだし、懸念もあった。

 

 このまま半裸で過ごすことに慣れてしまったらヤバい、という。

 いけない何かに目覚めちゃう気がする。


「服、服……」


 フミカは服を探して歩き出す。

 その姿は、獲物に飢えた狩人のようだった。

 少し歩いて、狩人は獲物を見つける。

 

 公式サイトに載っていたNPCのおじさんだ。

 案内人、とだけ書かれていた男。いわゆるチュートリアルおじさん。

 

 彼はみすぼらしい服を着ている。

 服を、着用している。


「……」


 フミカは無言で、傍に落ちていた棍棒を取った。


「やぁ、新入りかい? アルタフェルドにようこそ――」

「服寄越せえええええ!!」


 彼は思いもよらなかっただろう。他ならぬ自身が案内されてしまうとは。

 現世から、幽世へと。


 


「ふう……」


 みすぼらしい緑色の服を装備して、フミカは一息つく。

 一仕事終えた気分だ。


「結構躊躇ないんだね、君」

「どうせ夢だし……」

「何度言えばわかるかな。夢ではないよ。ゲームの中だから、ある意味夢と言えば夢だけど」

「ほらやっぱり夢じゃん」


 リアルだったら強盗殺人だが、ゲームだったら日常だ。

 案内人の死体をそれとなく眺める。


「でもしけてたなぁ」


 せっかくならもっといいアイテムをくれればいいのに。


「楽しんでいるようで何より」


 妖精は笑う。暗黒微笑的な笑みだな、なんて他人事に思う。

 自分の脳内は、こんな妖精まで創造したのだろうか。

 オリジナルとは違うだろうが、少しは楽しめるかもしれない。


「こうなったら、目が覚めるまで進めるか」

「その意気だよ。どんどん進もう」


 妖精に言われて歩を進める。チュートリアルを聞きそびれたが、別に構わないだろう――フミカは少し進み、


「ん?」


 自分の身体が宙に浮いた感覚を味わった。

 身体が落下し始める。瞬間的に理解した。

 

 落とし穴だ。たぶんチュートリアルを聞いていれば回避できたやつ。

 反射的に下を見て、たくさんの杭が目に映った。


「おわあああああ!!」


 悲鳴はすぐに途切れた。

 全身を串刺しにされたからだ。


「だから言ったでしょ? 夢じゃないって」


 フミカの死体を見ながら、妖精が呆れた。





「――ハッ!?」


 フミカは慌てて飛び起きた。

 変な悪夢を見たせいだ。

 ここはゲームの世界とかのたまう妖精に半裸にされて。

 

 案内人を殺した後、落とし穴で死んだ。

 夢とはいえ、なかなかリアルな感覚だった。

 今でも杭に刺された感覚を思い出せる。


「まぁいいや。早く学校行こう」


 目覚ましは鳴っていないから遅刻はしてないだろう。

 そう思って背伸びをして、ベッドから降りようとして。


「ん?」


 小鳥のさえずりが聞こえる。

 土の香りが鼻腔をくすぐる。

 自然豊かな森が、目の前に広がっている。


「なっ――!?」

「あ、おはよう。無事復活したね」

「は、腹黒妖精!? なんでここに!!」

「腹黒じゃないよ。ボクはミリル。リスポーン地点はまだ移ってなかったから、ここだってわかってるし」

「で、でも、私……確かに……」


 串刺しにされて死んだ。

 もう後は目が覚めるだけだと思ったのに。


「君の方がこのゲームは詳しいでしょ」

「そりゃあ、そうだけど……」


 フミカは辺りを見回す。

 さっきの小屋の前だ。楔の花に触れていないので、初期地点がリスポーン地点に設定されていたのだろう。

 いや、ロジックはわかるが、まるでこれは……。


「本当に、夢じゃないの……?」

「やっとわかってくれた? 君はゲームの中にいる、ってこと」

「マジのマジなの!?」

「マジのマジでマジなやつだよ」


 驚愕するフミカだが、否定が難しくなってきた。

 ここまでして目が覚めないのはおかしい。さっき起きた時、フミカはいつもの起床と同じ感覚で目を開けた。

 

 そもそも、最初からそうだ。フミカは起きていた。

 夢の感覚とは違う、現実の感覚で。


「え? なにこれ? 異世界転生? いや、身体は私のだし、転移か……?」

「そうだね。異世界転移が感覚としては近いかも。それに、夢って言うのもあながち間違いじゃないよ」

「どういうこと……?」


 妖精は両手を広げた。


「君の精神を、エレメントブレイヴ4の中に招待したんだよ。だから今、君はゲームの中にいるの」

「閉じ込められた……ってこと? エレブレ4の中に?」

「人聞きが悪いよ。楽しんでもらいたいだけなのに」

「嘘……!?」


 信じられないことだが、信じるしかなくなってくる。

 いや、有り得ない。

 

 フミカは森の中へ駆け出した。道から外れて、その先へ。

 先へ先へ、そのまた先へ。

 そして、見えない壁に激突した。


「痛い……」


 この壁は、どれだけ押してもびくともしない。不条理な壁だ。

 見えないのがなおさら性質が悪い。

 

 開発者によって閉じられた箱庭。正規の方法では絶対に越えることができぬ壁。

 フミカは、その壁の内側に閉じ込められている。

 

 バグ技を見つければ出れるかもしれないが、きっと何もない世界に放り出されるだけだ。

 これまでのゲーム人生で、そういう事態に出くわしたことがあった。

 

 偶発的なバグで、自キャラがそういう壁を越えてしまったことによって。

 永遠と落ちていく――深淵に呑み込まれるだけ。


「理解できた?」

「わかったよ。わかったけど」


 ついてきていたミリルにフミカは振り返る。元凶と思しき妖精に。


「何のつもりなの?」

「楽しんでもらうためだよ。おっと、怒らないで。ちゃんと出る方法も用意してるから」

「本当?」


 その言葉は希望に満ちていた。ミリルが続ける。


「ゲームを終わらせるためには、どうすればいいのか。君なら、よく知ってるでしょ」


 問われて、フミカはメニュー画面を開く。

 セーブはない。エレブレシリーズはオートセーブだ。

 

 ゲームを終了、という項目も見当たらない。

 となれば、思いつくのは一つだけ。


「クリアしろ、ってことね」

「ご明察。存分に遊んで、クリアすればいいんだよ」


 ミリルの返事を聞いて、フミカは息を吐く。

 いろいろどうなっているのか、わからないことだらけだ。

 

 妖精が、嘘を吐いている可能性もゼロじゃない。

 でも今は、その方法に賭けるしかないのだ。

 そうと決まれば。


「いよっし、やってやろうじゃないの! ゲーマー舐めんじゃないよ!」


 フミカのゲーマーとしての血が騒ぎ出す。

 ミリルの言う通りだとすれば、ここは本当にエレメントブレイヴ4の世界。

 自分がずっと発売を待ち望んでいたゲーム。その中だ。

 

 モニター越しではなく、またVR機器越しとも比較にならない没入感で体験できる。

 考え方を変えれば、最高の環境だ。

 

 ゲームの中に入って遊びたい。

 と、一度は思ったことがあるゲーマーはたくさんいるはず。


「遊びつくしてやるぜぇ!!」


 気合を入れて、フミカは宣誓した。 


「いいね、そうだよ。その意気だ。大いに満喫してね。現実とか、どうでもよくなるくらいにね……」


 そんなフミカを見て、ミリルが笑っている。

 暗黒的な微笑みで。

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