03 哀れなエルヴェと収納庫


「ご質問はもうよろしいですか?」

「あ、ああ」

「では私から質問しても?」

「どうぞ?」

 この男、上から睨むから怖いんだが。


「エルヴェ様は大人しくて猫背で俯いて、人と話をする時もボソボソと話すような方でした。まるで別人です」

 ああ、なるほど。ホントに別人だね。オレ姿勢はいい方だし、人と話をする時は顔を見るし、声はいい方なので遠慮しないし。


 こういうの面倒くさいんだ。嘘を言っても仕方ないし事実だけを述べよう。

「ええと、エルヴェは水場で死んだんだ。丁度オレも他所で死んじゃって、エルヴェの身体の中に入ったんだ。オレも一応聖魔法は使える」

 そこまで言って男、ユベールを見上げる。何とも疑わしげな顔をしているな。


 まあ、当り前か。オレ自身、自分の適当な説明にがっかりした。もっとマシな事は言えないのか。しかし、余計な事は言えないし。

「あ、ヘンな魔法とかじゃないからな」

 闇魔法とか黒魔法とかの、精神入れ替えとか何とかあるじゃないか。本から仕入れた前世の知識だが。


 ユベールはさらに胡乱な目をして「いったい何が目的ですか」と聞く。

「別にそんなものはないけど」

 こいつってオレを嫌ってそうだけど、告げ口とかするのかな。まあ誰にも信じられない話だと思うけど。

「折角生き返ったんだから、エルヴェで生きてみる」


 椅子から立ち上がったが目眩は無くなって身体はなんとか行けそうだ。まだ納得いかないような男に向けて言った。

「勉強するから教室を教えてくれ」


 ユベールの説明では、神殿の中にある教室で同じ年頃の神官見習いたちと一緒に、神官になる為に勉強しているらしい。宗教学と一般教養、魔法理論と実践。後は奉仕だ。孤児院に行ったり、清掃したり、医療奉仕もある。


 夕飯はパンと少し具の入ったスープ、そして果物が少し。まだオレの胃は小さくて完食は無理そうだ。パンと果物を半分【収納庫】に入れた。他の皆と同じように食事の前の祈りを捧げて食べる。

 身体が少しホカホカする。こんな感じは知らない。

 その後、清掃をして、夜の祈りを捧げて、自室に戻った。



  ***


 さて、長持を調べたが、古びた衣服と本だけで大したものは入っていなかった。

 隅に皮の袋があって、小銭とチェーンに小さな宝石の付いたペンダントがひとつ。母親の形見だろうか。本当にエルヴェは右から左にこの神殿に追いやられたんだと哀れに思う、と同時に親に対して呆れてしまう。


 エルヴェは死んでしまったんだ。ちゃんと彼の冥福を祈ってやらなきゃあな。

 机の上に本とペンダントや小銭の入った革袋を置いて、安らかにと祈る。そして【収納庫】に仕舞った。いずれどこかきれいな所に墓を建ててあげよう。

 

 ついでに【収納庫】を調べた。大して期待していなかったのだが、こちらには『????の皮』とか『????の肉』とか『????の鱗』とか名前の分からない素材が大量に入っていた。オレはこっちに来たばかりで魔物の名前などさっぱり分からない。宝の持ち腐れだな。何かの素材になるような鉱石に、何かの石やら宝石らしき物も入っていたが、オレがこんな物を持っていたら怪しまれないか?


 それでもありがたいと思う。こんなにたくさん、使えるかどうかも分からないオレにくれた。生きて、ちゃんとこの世界で使う、無駄にしない。それがオレの恩返しだ。


 息を吐いて画面を閉じる。ベッドで出来る簡単なエクササイズをして、その日は休むことにした。そういや、ユベールは『クリーン』を唱えていたな。

 ユベールの真似をして手のひらを広げて自分に向け、風呂に入ってきれいに洗った身体をイメージして『クリーン』と唱えてみる。

 暖かな気配がして身体がきれいになったような気がする。

『クリーン』を覚えました。

 お風呂に入りたいがこちらの世界にあるんだろうか。



 翌朝早くに起き出してあの水場に行って、沐浴をして祈る。

 エルヴェは何処に行っただろうか。あの高みに逝けただろうか。

「ふう、『クリーン』」

 薄い衣服でずぶ濡れになるのは身体にこたえる。この身体はあまり丈夫ではない様だ。病み上がりって感じかな。


 昨日【収納庫】に入れたパンと果物を食べる。食事の量は1食分きっちりであまり多くない。後でしわ寄せが来るので毎回きっちり食べた方がいいと気付いた。

 結界とか張れないかな。身体の周りに空気を纏う感じで『結界』

 ほわんと身体が暖かくなった。

『結界』を覚えました。

 今の所、防御だけのようだが水場はこれでいこう。


 神官見習いは皆ここで沐浴をしなければいけないらしいが、ズルをする者はいる。そういう奴はさっさと神官に上がって行く。なのでここに来るのは少数だ。そしてエルヴェと仲良くなりたい奴はいないようで誰も話しかけない。


 まあいいけれど。早朝は静かなもので誰も来ないので、ここで魔法の練習をしたり鍛錬をしよう。神官見習いの仕事は大体神官の手伝いなので、オレに頼むような奴はほとんどいない。

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