ハナ・エイベル・ラムルル・アレクサンドル王女いわく、萌え文化とは。

信州の片隅に暮らしている七味

第1話 春の始まり(ある少年と少女の物語)

 夜桜舞う春。


「ふんーっ!ふぬーっ!」


 門前希典もんぜんまれすけは興奮していた。


 日付が過ぎた深夜二時、コンビニの雑誌コーナーにて最新号の漫画雑誌一冊を巡り見知らぬ三つ編み少女と雑誌が引きちぎれるほどの勢いで引っ張りあっていた。


 まるで運動会の綱引きのように、互いに雑誌のはしと端とを持って引っ張りあう。


「離しなさいぃぃぃー!これは私が買うのです!あなたは家に帰って電子書籍で読むのですよだからその手を離しなさいぃぃぃー!!」


 三つ編み少女は絶対に手を離すまいと渾身こんしんの力を振り絞る。


「ふんーっ!ふぬぅぅー!!」


 それに対して負けじと引っ張る門前もんぜんは必死すぎてもはや言葉は出てこない。


 そんな二人を見兼ねたコンビニの店員さんが「ウルァ!テメーら商品に何してくれてんだコルァ!」とレジより猛ダッシュで突撃して行った。




 そこから話は二〇分ほど前にさかのぼる。




 寝間着姿にパーカーを羽織って門前は公園の桜並木を自転車で爆走。


 息を切らして辿り着いたコンビニに自転車を雑に駐輪させて足早に雑誌コーナーへ直行、お目当ての最新号の漫画雑誌を手に取ったところで背後から手が伸びてきた。


「ちょっと待つのです」


 背後からの手を視線で追った先に見知らぬ三つ編み少女がいた。


「私もそのジャンプを買います」


 マジかよ、と門前は思った。


「あとでまた在庫が出てくると思いますからここは僕に譲ってください」


 しかし三つ編み少女の手は漫画雑誌を離さない。


「あとで、というのは三時間ほど先の早朝ですよね?ご存知でしょうか?この時間に置かれる最新号のジャンプは六冊のみ。あなたはふらっと立ち寄ってたまたま手にしたジャンプなのかもしれませんが私はこの日この時間を狙って来ています。なので私に譲るべきです」


 若干だが漫画雑誌が三つ編み少女の方へ引き寄せられる。


「このコンビニは僕の家から近くて便利なんです。他にもコンビニがあるんですから他を当たってもらえませんか?」


 引き寄せられた漫画雑誌を門前は自分の方へと引き戻す。


「この時間帯に最新号のジャンプが置かれるのは私の知る限りここだけです。各コンビニに最新号のジャンプが並び始めるのは通常は早朝なのですからね。家が近いならまた早朝に出向いて下さい。私はそうもいきません」


 再び三つ編み少女の方へ漫画雑誌が、今度はグイッと強引に引き寄せられた。


 ここまで聞けばどうやらここのコンビニ事情を知っている人間のようで、情報を拡散させないためにも意図的にしらを切っていた門前だったがこうなれば取る手段は単純シンプルだった。


「僕は紙派なんです。そして最新号のジャンプを紙でいち早く読みたいからここにいるんです!」


 語気を強めて門前は漫画雑誌を両手で持ってグイッと引っ張り返して強行手段に入る。


「私だって紙派だからここにいるのですよ!ページを一枚、また一枚めくるその感覚、あなたに計り知れますか!?」


 対して三つ編み少女も両手で持ってグイッと、さらにグイッと引っ張った。


 ここに両者の最新号の漫画雑誌をめぐる対峙が始まった、と思いきや門前の漫画雑誌を持つ両手が力を緩めた。


「わかった!わかりましたからとりあえずこのジャンプをいち、にの、さんで雑誌コーナーに戻しましょう。もう少し話し合って、それでもお互いに納得がいかなければじゃんけんで決めましょう。それが最もフェアですよね?」


 三つ編み少女もうーんとそれに納得できるところもあってか漫画雑誌を持つその手に力を抜いた。


「いいでしょう。とりあえず戻すことに賛成です。いちにのさんですね」


「ありがとうございます。それでは、いち、にの、さ、」


 刹那、門前は三つ編み少女の手から強引に漫画雑誌を強奪ごうだつしてレジへ猛ダッシュをかけた。


 戦術的勝利を目指し、レジにて会計を済ませればもはや漫画雑誌は自分の物である。


 だがそうはいかない。


 駆け出す門前の足元を狙って三つ編み少女は足をかけた。


 その結果、ズサーッと盛大に前のめりに転倒した門前の手から漫画雑誌が離れた。


「「!!」」


 床に落ちた漫画雑誌を我が物にしようと手を伸ばしたのは両者同時。


「なるほど、あなたはとんだ卑怯者です。卑怯者に私はジャンプを譲れません!」


「何とでも言えばいいですよ、手段を選ばないことだって時にはするんです!まさに今とかですよ!」


 事態は互いの引っ張り合いに元通る。


「ふぬーっ!」


 もはや勝敗を決するのはパワーしかないと門前はふぬーのかけ声と共に自信を奮い立たせた。


「くぅ!引っ張らないでください卑怯者!手を話せ!このッ!」


 対して三つ編み少女は男女の力の差を技術テクで補う。


 門前が自身の元へ並行に引っ張る力の軸線じくせんを分散させるため、漫画雑誌をわざと上にあげてガラ空きとなった下半身はその片膝へ蹴りを加えてバランスを崩したり、全体重をかけて漫画雑誌を下へさげさせれば自然と下がる門前の頭部はひたいにめがけて頭突きをくらわせたりした。


 上に下にと、上、下、上、上、下と格闘ゲームのコンボ技のように三つ編み少女が蹴りと頭突きを繰り出すも門前は漫画雑誌を中々手放さない。


「ふぬーっ!!」




 絶対に負けられない戦いがここにあると意気込んで門前がさらに力を強めたところで話は初めに戻る。





「売り物を粗末にすなッ!」


 コンビニ店員さんの手刀が漫画雑誌めがけて振り下ろされ強引に二人の手から漫画雑誌が離れ落ちた。


 床に落ちた漫画雑誌を拾い上げてコンビニ店員さんは制服ユニフォームのポケットから十〇円玉を取り出して二人に問う。


「お客さん、表か裏か。これで決めて下さい。さもないと出禁にします」


 それを聞いた門前としては近所のコンビニを出入り禁止にされるわけにはいかない。


「裏!」


 三つ編み少女としてもそれは不都合だとそれに従った。


「表!」


 どちらとなるかコンビニ店員さんが黙って放ったコイントスは────。



 【2話へ続く】

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