ヤンデレのカノジョに、なぜか執着されています

棺あいこ

ヤンデレのカノジョに、なぜか執着されています

1 失恋した人

 男ならたまに……同じクラスの可愛い女の子より、十代の高校生と全然違う雰囲気を出す先生のことを見てしまう。いつも生徒たちに笑ってくれるし、優しい声で名前を呼んでくれるから。うちのクラスで先生のことを好きにならない男は多分……いないと思う。それほど、先生は俺たちにとってアイドルみたいな存在だった。


 彼女の名前は神崎怜奈かんざきれいな、今年二十三歳になる新人教師だ。

 若すぎる先生を初めて見たクラスの男たちは、すぐ大声を出しながら先生のことを歓迎していた。そして、その中には「俺、先生に告白してぇ!」とか、ふざけたことを言うやつもたくさんいる。


 てか、美人の教師が生徒と付き合うなんて……それは小説の話だぞ。

 そんなことできるわけない。でも、俺の周りに一人いる。そんなくだらない妄想をする友達がな……。


伊吹いぶき……」

「ん」

「やっぱり、生徒と教師が付き合うのは無理だよな? 怜奈先生、めっちゃ可愛いから、大人になるまで待ってくださいとか言いたい! この気持ちを早く伝えたくて居ても立っても居られないんだよ。俺」

「本気で言ってるのか、晴人はると。まあ、先生が若いからそんなことを考えてるかもしれないけど、生徒と教師は……ちょっと」

「俺が大人になったら問題ねぇだろ!」

「お前が大人になる前に、先生に彼氏ができたら?」

「そんなこと言うな! 俺は先生のことが好きだ!」


 結城晴人ゆうきはると。先生のことが好きすぎて、しょっちゅう俺に相談をするバカだ。

 他に可愛い女の子もたくさんいるのに、なんで先生なんだ。マジで分からない。

 そして、いつも先生の話ばっかりだから……面倒臭い。これも青春……かな。


「ふふふっ、私のこと好きになってくれてありがと。結城くん」

「え、えー! れ、怜奈先生! いつの間に!」

「あら、びっくりさせるつもりはなかったけど……。ごめんね」

「い、いいえ! きょ、今日も美しいっす! 先生!」

「あはははっ、いきなり?」

「は、はい!」


 教科書を抱えている先生がくすくすと笑っていた。

 近いところで見ると、晴人のやつが好きになるのも無理ではない。身長も低いし、顔も可愛いし、男の保護本能をくすぐるような気がして……、みんな神崎先生を狙っている。大きい瞳と透明感のある白い肌、そして黒くて長いその髪の毛に校内の男たちがすぐ一目惚れしてしまう。


 もし、先生が制服を着たら女子高生に見えるかもしれない。

 と、先生の前で照れてる晴人が以前俺にそう言ってくれた。


「あの、俺! 絶対、怜奈先生のこと幸せにしますから!」

「あら……、ごめんね。私、彼氏いるから…………」

「えええええ! 先生〜!」


 当たり前だろ、晴人。なんで、がっかりするんだ。

 むしろ、いない方がおかしいと思うけど……。


「えっと……。確かに、一ノ瀬伊吹いちのせいぶきくんだよね?」

「はい。先生」

「結城くん、がっかりしたみたいだからそばで慰めてあげて。ふふっ」

「晴人はこのまま放置すればすぐ元気になります。気にしなくてもいいですよ」

「へえ、そうなんだ」

「えっ! ちょっと慰めてくれぇ! 伊吹!」

「うるせぇ」


 でも、たまに晴人のやつが羨ましくなる時もある。

 俺と違ってさりげなく「好き」とか言える人だから……。俺はお母さんが亡くなった後……、ずっと一人暮らしをしながらバイトをしてたから、心に全然余裕がない。学校にいる時は友達といられるからあまり気にしないけど……、その後はバイトばかりだからな。


 ずっと、そんな風に生きてきた。


「おいおい、伊吹。今日はうちでゲームしよう。新しいゲーム買ったからさ」

「ごめん。今日バイトあるから」

「マジか……、お前。毎日バイトやってんのか?」

「うん。一人暮らししてるからさ」

「ええ……。仕方ねぇな」


 ……


「お疲れ様です!」


 放課後はコンビニでバイト、そして帰るのはいつも夜の十時頃。

 この生活にはすっかり慣れたけど、たまに……たまには晴人とゆっくりゲームしたいなとそう思ってしまう。

 俺も一応高校生だからさ。


「ねえ……! なんで? なんで……? 捨てないで! 私のこと捨てないで! 好きだから……!」

「しつけぇな! いい加減にしろ!」

「なんで……? なんで? 私は……」


 その時、あるカップルが駅の前で口喧嘩をしていた。

 彼氏の手首を掴む彼女と、そんな彼女に大声を出す彼氏。なんだろう。

 こうなったら、出れないじゃん。


「終わりだ。もうお前と付き合うのは無理だから、連絡するな! 見るだけでうんざりする……」

「…………」


 そう言ってから駅の中に入る男、その場に残された彼女は何も言わずずっと泣いていた。


「……っ!」

「…………」


 そして、ちょうど駅から出てきた俺と目が合ってしまう。

 声をかけてもいいのか……?

 でも、泣いている彼女を無視するのもあれだし……。仕方がなく、持っているハンカチを彼女に渡した。


「あの……、よかったらこれ使ってください」

「あっ、す、すみません……。ありがとうございます……」


 声も手もすごく震えている。

 失恋したから当然か。

 団子頭をしてメガネをかけた彼女の第一印象はけっこう可愛かったけど、なぜ彼氏に振られたのか俺には分からない。可哀想に涙を流している彼女を見ると、俺も苦しくなるから早くその場を離れたかった。


 俺にできるのは何もないから。


「では……、気をつけて帰ってください!」


 すると、手首を掴まれてしまう。


「あの……!」

「はい……?」

「私たち、どっかで……会ったこと……」

「な、ないです! すみません……! 俺、早く帰らないといけないんで!」

「…………」


 それ以上関わったら面倒臭いことが起こるかもしれない。だから、すぐ逃げた。

 でも、一つだけ。気になることがあるっていうか。

 なぜそんなことを覚えたのかは分からないけど、彼女のあごに……ほくろがあるのを覚えてしまった。


 どっかで……会ったことありそうな。

 多分……、同じ学校に通ってる人だろう。


 今更そんなことを考えても無駄だから、忘れることにした。

 家に帰って、早く寝たい。


「一ノ瀬……伊吹くん……」


 彼女はじっと伊吹の後ろ姿を見ていた。

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