第25話 子供は10人産みたいらしい

 トイレから戻った後も少しだけ3人で話した。

 茜のお母さんに気に入られたようで、また家に来てほしいと何度も言ってくれた。


「蒼太君、今日は顔を見せに来てくれてありがとう。あとは茜とゆっくり過ごしてね」


 お母さんは立ち上がり、俺にそう言った。


「いえ、こちらこそありがとうございます。それにこんな美味しい物を頂いて……」


「ふふっ、気にしないで」


 お母さんは口元に手を当てて、微笑む。


「じゃあ、茜。頑張りなさい」


「う、うん」


 お母さんは茜に一声掛けると、客室から出て行った。

 頑張る?何を頑張るんだろう……。


「ねえねえ、蒼太君!私の部屋でゆっくり喋ろうよ!」


 茜がそう言い、俺の袖を引っ張ってくる。


「うん、いいよ」


 俺は茜に付いていき、とある部屋の前に立つ。


「ここが私の部屋だよ!さぁ、入って入って!」


「お、お邪魔します」


 女の子の部屋に入るのが初めてなので緊張しながら中に入る。

 部屋の中にはクイーンサイズのベッドとソファーが置いてあり、とても甘い香りがする。


 俺達はソファーに横並びで座る。


「ん?」

 

 目の前にある机の上に小さいショーケースがあった。

 そのショーケースの中に、見覚えのある向日葵が描かれた黄色いハンカチが飾ってあった。


「このハンカチってたしか――」


「え!?な、何でもない!普通のハンカチだから!」


 茜は慌ててそのショーケースを棚の中にしまい、もう一度ソファーに座る。


「そのハンカチ大事にしていたんだ……。ごめんね、あの時口拭いちゃって」


「だから大事にして――って違う違う!本当に気にしないで!」


 茜は両手を勢いよく左右に振りながらそう言った。


 俺は部屋の中を見渡すと、本棚にある『小学校・卒業アルバム』と書いてある本を見つける。


「どうしたの?」


 茜は卒業アルバムをじっと見ている俺に声を掛け、こてんと首を傾げる。


「いや、卒業アルバムがあるなぁと思って……」


「よかったら見る?」


「え!?いいの?」


 なんか人の卒業アルバムって見たくなっちゃうんだよな~。


「うん!いいよ。ちょっと待ってて」


 茜は立ち上がり、卒業アルバムを取ってくる。


「ありがとう!」


 俺は卒業アルバムを開くと、今よりもまだ小さい茜が走っている写真を見つける。


「これ茜?」


「運動会の写真だね。私、走るの早かったからいつもアンカーだったんだよ!」


「子供の時の茜、すごい可愛いね!」


「本当?もし今、目の前に子供の私がいたら可愛がってくれる?」


 茜が頬を赤くしながら、上目遣いで俺を見る。


「うん、いっぱい可愛がるよ。こんな風に」


 俺は茜の頭を優しく撫でる。


「も、もし私に子供が出来たらどんな子が生まれるのかな?」


「茜の子だから、きっとすごく可愛い子になると思うよ」


 茜は可愛いからきっと子供も相当な美人になるに違いない。


「嬉しい…‥、蒼太君は子供好き?」


「うん。子供好きだよ」


「そっか……。じゃあいっぱい産んであげないとね……」


 茜は俯きながら、小さな声で呟く。


「だって、私が蒼太君を独り占めするんだもん。だから少なくとも5人は産んであげないと」


「え?」


 茜が早口で喋るので、所々聞き取れなかった。


「ううん……、それだけじゃ足りないかも。今の男女比は10対1だから、10人産む覚悟しないと……。だったら早めに結婚して子供産んであげなきゃ……」


「あ、茜?」


 茜はどこか一点を見つめ、何かに取り付かれたように喋る。

 そんな茜を見て、俺は顔を引きつらせる。


「はっ!ご、ごめんね、蒼太君!ちょっと考え事しちゃって……」


 いつもの茜に戻り、そう言いながら苦笑いを浮かべる。


「だ、大丈夫?なんか10人産むとか言ってたけど……」


「き、気のせいだよ!気のせい!あははは……」


「そ、そうだよね……、あははは……」


 俺達は気まずい空気を変えるために無理やり笑う。


 ◇


「もうこんな時間か」


 俺はスマホを見ると、18時を過ぎていた。

 茜と話すのが楽しすぎて、思っていたより長い時間話していたみたいだ。

 岬姉ちゃんから『何時ごろ帰ってきますか?』とチャットがきていた。


『今から帰るよ』とだけ返信して、スマホをポケットに入れる。


「もう帰るの?蒼太君……」


「うん、そろそろ帰らないと……」


 茜は眉を下げ、涙を浮かべながら俺を見る。

 俺はそんな茜の様子を見て、思わず頭を撫でてしまう。


「足りない……」


「え?」


 茜は頬を赤く染め、そう呟くと俺に向かって両手を広げる。


「ぎゅーして?」


 俺は胸に矢が刺さったような衝撃を受ける。

 か、可愛いすぎる……。


 俺も両手を広げると、茜は勢いよく俺に抱き着いてくる。

 茜は俺の体を強く抱きしめ、俺の胸に顔埋める。


「蒼太君……もっと強く……」


 茜の背中に両手を回し、強く抱きしめる。

 茜の柔らかい感触が全身から伝わってくる。


「また家に来てくれる?」


 茜は顔を埋めながら震えた声で言う。


「また来るよ」


「絶対?」


「絶対」


 そう言うと、茜は俺から離れて俺の目を見つめる。


「約束だよ?」


「約束するよ」


 ゴロゴロ……バーーーーーン!!


 その時、さっきまでの雰囲気を切り裂くような大きな音が部屋の外から聞こえた。


「きゃ!」


 茜が目を閉じて、一瞬体を縮めた。


「今の音はまさか……」


 俺達は部屋を出て、玄関に向かう。

 玄関のドアを開けると、外には大粒の雨が滝のように降っていた。


 バーーーーーン!!


 空が一瞬だけ光り、大砲のような音が鳴り響く。


「きゃ!」


 茜が俺の腕に抱き着いてくる。


「やっぱりさっきの音は雷の音か……。それにすごい雨だな」


「お嬢様、蒼太様」


 後ろから由里さんが歩いてきた。


「蒼太様、大丈夫です。私がしっかり送っていきますので」


「由里さん、よろしくお願いします」


 俺は由里さんに頭を下げる。


「はい、お任せください」


「た、大変です!」


 一人の使用人が汗をかきながら、小走りでこっちに来る。


「どうかしましたか?」


「そ、それが……。家にあった全ての車が故障して動かなくなってしまいました!」


 由里さんは大きく目を見開き、使用人に近づく。


「そ、それはどういう――」


「あら、困ったわね~」


 いつの間にかお母さんが横に立っていて、顔を傾けながら頬に手を当てる。


「お、奥様……」


 由里は何かを察したように呟き、後ずさる。


「こんな天気では歩いて帰れないわね」


 確かにこの大雨の中、歩いて帰るのは無理だ。


「そうですね……、あ!じゃあタクシー呼んでみますね」


 俺はスマホでタクシー会社に電話をかける。


『大変申し訳ございません。今日はの送迎は行っておりません』


「あっ、そうですか……、分かりました。タクシーも来れないみたいです」


「う~ん、困ったわね……。そうだ!蒼太君、今日は家に泊っていったらどうかしら?」


「「「えっ?」」」


 お母さんの提案に全員が口をポカーンと開け、固まってしまう。

 そして玄関ホールに雨の音だけが響いていた。

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