5話、きっと心は通じ合っている
前々から一緒に登下校をしているので退院する前と後で何も変わってはいないと思いたいが、なぜ手を繋ごうとするんでしょうか。
お嬢さん、前はそんな積極的に手を繋ごうとする癖なんてなかったでしょうに。
いや、違うか….…。
口には出さないけどまだ外が怖いのかもしれない。
あんな大事故を目の前で目撃してしまったのだ。
トラウマになっていても仕方がない。
何となく手が震えているような気もするし、気まずそうに顔を俯かせているのもトラウマにも似た不安に対して、手を繋いで誤魔化そうとする自分を恥じているからなのかもしれない。
そう思うとこれには何も言えなくなる。
あえて触れずに彼女の不安が消えるまでされるがままにしておこう。
手を繋いだ状態で無言のまま学校への道のりを歩くが、その間も警戒は怠らない。
些細な音から殺意のピタゴラスイッチが始まるということを幾度となく経験しているからだ。
カキーンという野球部のバッティング練習の音。
なんとなく嫌な予感に駆られ、彼女の手を引いて抱き寄せれば、当然のように頭上から落ちてくる野球の硬球である。
抱き寄せていなければ間違いなく頭部直撃だったであろう。
しかしまあ、世界さんの殺意がこの程度で終わるわけがない。
世界さんの殺意は隙を生じぬ2段構え。
それを知ってるので油断はない。
地面にぶつかった硬球はバウンドし、近くに落ちていた細長い鉄筋へと向かう。
あ、これいつものパターンだと思考よりも先に腕が動く。
手にしたカバンを抱き寄せた彼女の前へ盾のようにして構えれば、そこには厚さ10mm程度の鉄筋が鞄に突き刺さって停止していた。
教科書なかったら確実にカバン突きぬけて死んでたやつだこれと、ゾッとして冷や汗が止まらない。
『+1ポイントされます』
また脳内に直接叩きつけるような謎の電波……もとい、世界の声が聞こえてくる。
不安になるので、さっさと事故を防ぐたびに聞こえてくるこのポイントの意味を教えてほしい。
最近、難易度が高くなってるように思えてならない。
昨日は会ってないとはいえ、果彌と離れていた時間は48時間も経っていない。
それなのにこの難易度はどういうことだろうか。
世界の声が言ったことと、検証の結果では離れていた時間に応じて因果の強さが変わるはずだ。
しかし、今回は明らかにこれまでとは違って規模が大きい。
3日離れていた時に起きたメスよりも殺意が大きいのは気のせいなのか。
もっと検証をするべきなのだろうが、比較対象となる実例が少なすぎてどうにもならない。
もしかすると、世界という人ではない因果という大きい視点で見れば今回よりもメスが飛来してきた事件の方が殺意が大きかったのだろうか。
これも今後確認しておくべきだなと頭に入れておく。
しかし、今日もまたシャレになっていない。
いつものことだが、自分のことながらどうして防げたのか分からないというのも大きな問題の一つである。
今回も奇跡の防衛でしかなく、このような事故が頻発すればわずかでも反射行動が遅れた時点でゲームオーバーになりかねない。
だが、それ以上に気になっていることがある。
果たして、自分は以前からこんなにも反射的に動けるほどの身体能力を持っていたのだろうかということだ。
もしや、事故に遭ったことで反射神経が上がったのだろうかと疑いを持ってしまうほど奇跡を起こしすぎている。
大怪我を負ったことでリミッターでも外れてしまったのだとしたらそれはそれで自分の体が心配であるが、これもまたどこかで検証をする必要はありそうだと思うが、今はそれを考えるタイミングではない。
「ぁわわ……ぅあ、ぁれなな……」
腕の中で余りの理解不明な状況に血の気が引いた表情で驚きに呂律が回らないといった様子で震えている。
「大丈夫だから」
震えながらギュッと腕を掴んで動揺を隠せない彼女を抱きしめる。
「今回は怪我もないし、怖くない怖くない」
今までは何があったかを上手く誤魔化してこれたが、今回は完全に見られてしまったから誤魔化せそうもない。
だからといって、因果がお前を殺しにきているとか言ったところで頭がおかしい人認定である。
あの超常現象の光景と世界の声を聞いていなければ自分も絶対に信じていないと断言できた。
「なんか最近すごい良くないことばかり起きてる気がするんだけど……」
ほとんど泣く寸前の声だった。
どうやら漠然とした不安は覚えていたようであり、言葉に表せない何かはストレスなのだろう。
真実を教えるべきか、最後まで隠し通すか。
脳内でシミュレーションをしてみる。
『あなたは今後もこういう謎の事故が死ぬまで起き続けていつ死ぬかわかりません』と言われた場合……仮に信じてくれたとしても、それはそれで俺なら自殺したくなる。
いつどこから何が飛んでくるか分からず、常に殺意にさらされる生活を想像したら地獄でしかない。
そんな状況になって、それでも生きようと思える人はそう多くはないだろう。
人の精神が弱いことなんて自分が誰よりも知っている。
彼女に縋ることで生きている自分のように人は人が思うほど強くないのだ。
一人で乗り越えて進める人間などひと握りであり、果彌もまた年相応の少女でしかなく、ひと握りの死をものともしない強い精神を持ち合わせているわけではない。
「いや、むしろ本当に死ぬような目にあったとしても死んでないんだから、これ逆に運が良くね?」
信じてもらえるかどうかを抜きにして、今は真実を話すべきではないと判断して話題を変えることにする。
秘技、逆転の発想を促してみよう。
なんかそれっぽいこと言って思考を切り替えさせる。
「た、たしかにそうかも!」
チョロい。
こんな簡単に誘導されてしまうと将来不安になるが、今はそれが助かるので良しとしよう。
「だろ?
現に今のでなんも怪我してないし、鉄筋飛んできて無傷って運よすぎだよな」
教科書さんたちはお亡くなりになったけど、彼らの尊い犠牲に敬意を表しておこう。
あとで買い直さなきゃなと内心でため息をつく。
「そっか、そっか、そうだよね!
うんうん、最近前よりくっつくこともできるやうになったし……だからその……」
ゴニョゴニョと尻すぼみに声が小さくなって何かを言っているが、どうにか誤魔化せたのでよしとする。
「あ、あのさ、なんで私のこと守ってくれるのかなー……って、気になってるから教えてくれたらなー……なんて」
抱き合った状態で上目遣いでモジモジと身を捩らせながら問われる。
心なしか瞳は潤み、頬がわずかに紅潮していた。
「俺にとってお前が一番大切な人だからだよ」
隠すことではないので素直に答えれば、彼女は見上げていた顔を胸にうずめ、うめき声を上げながらバンバンと肩あたりを何度も叩く。
いきなりなんやねんと突っ込むのは野暮なことだと過去の経験的に知っている。
ここはされるがままにしておくことにする。
「じゃあさ、私のこと……好き…………なの?」
胸に顔を埋めたままのせいか、聞こえるかどうかギリギリくらいの小声だった。
「ああ、好きだよ」
これもまた隠すことも、言い淀むことでもなく、今更何をというくらいの気持ちで微笑みすら浮かべて告げる。
「わ、私もー……好き……だょ」
ちらりとこちらを見たと思えば、すぐに顔を隠してわきゃーと何事かを呟きながら興奮している。
彼女がなぜ興奮しているかわからないが、初めて好きと言ってもらえてこちらも嬉しかったので気持ちはわからなくはない。
気心の知れた友達とはいえ、お互いを好きだと素直に言える友人関係は本当に良いと思う。
「気持ちが通じ合えるってのはうれしいものだな……」
こみ上げてくる喜びに言葉をこぼす。
もしかしたら俺と彼女は今日親友へと関係が上がったのかもしれない。
この友情をいつまでも大切にしたい。
今は心の内から湧き上がるこの喜びを噛み締めていようと思うのだった。
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