大切な人を庇って死ぬのが夢なのに世界がそれを許さない件

サークル出雲

1話、大切な人を庇って死ぬのが夢なのに世界がそれを許さない

俺には大切な人がいる。


それは何者も追い越せないほどに大きく、人生そのものと言っていいほどにかけがえのないものだ。

両親と彼女のどちらかの命を選べと言われたら俺は迷わず彼女を選ぶだろう。


薄情と呼ばれようとどうでもいい。

俺の存在価値はあの日に決まってしまったのだ。


「難しい顔しちゃってるけど、また変なこと考えてるでしょ?」

ぼんやりと彼女の横顔を眺めていたら不審に思われたらしい。


「お前は相変わらず可愛いなって思ってただけだよ」

誤魔化すようにいつもの常套句を口にする。


「はぁ、また心にもないことを言って誤魔化そうとしてるでしょ」

さすがに言われ慣れてしまったのか、当初は顔を赤くしていたこの言葉も通用しなくなってしまったようであった。


だが、心にもないとは心外である。

俺は心の底から彼女……ちなみ果彌かやという少女を美しいと思っている。

外見だけじゃなく、心も全てが美しくも愛らしい。


「あのさ、たまに心の声が独り言で漏れ出すのやめてほしいんだけど……」

「おっと、すまない」


どうやら心の声が一部漏れ出ていたらしく、顔をわずかに赤くして苦い顔をしている彼女に謝罪する。


悪癖ではあるが、彼女の容姿を賛美する際に心の声が漏れ出てしまう時があるらしい。

そのせいで俺が彼女のことが好きであるとか、付き合っていると思われているそうだが、見当違いも甚だしい。


俺は彼女を恋愛対象として見ていない。

表現が難しいところだが、あえていうなら崇拝、畏敬の念を抱いているだけである。


ついでに言うと彼女では勃たない。

性の対象として見るのはあまりにも不敬。

解釈違いなのである。


いうなれば、女神の肖像画に劣情を抱かないのと同じことにすぎない。

彼女のことは好意というそれを超越して、あらゆる害意から守りたいだけなのだ。


それこそ命をかけて守りたいほどに。

彼女が幸せになるならそれでいい。

彼女を幸せにしてくれるなら自分である必要がない。


あの日、俺は彼女に救われた。

俺の命は彼女がいなければ存在しなかった。

ゆえに俺の命は彼女のためにある。


そう、俺の夢は……彼女のために死ぬ。

ただそれだけのために生きているというクソデカクソ重感情を隠しながら日々彼女につきまとっている。


我ながらこの感情の重さには嫌悪感すら覚えるほどだが、行動を制限できても心までは制限できない。


幸いなことに、仲の良い友人関係は築けている自信はあるため、この重さまではバレてはいない。

ゆえに、このまま友人関係を維持しつつそばにいて守り続ければいい。


「キミがいつもそういうこというから、みんなが誤解して……そのさ、あの……彼氏ができないとか言われることあるし……」

ゴニョゴニョと歯切れの悪い言葉であるが、彼女の言いたいことはわかった。


「俺が近くにいると男が寄ってこないって言うことか?」

「うー……ん、まあ、そういう意見もあるというかなんというか?」


モジモジと気まずそうにしてる姿も可愛い……いや、そうじゃない。

どうやら俺のせいで彼女の幸せを邪魔しているという由々しき事態が起きているらしい。


「そうか、すまない。

それであれば学校では近づくのはやめよう。

でも、何かあればすぐに連絡してほしい」


一緒にいる回数が減るということはそれだけ危険から守る難易度が上がるということを意味しているが、それでも彼女の幸せが第一である。


「くぅ……ぐぬ、なんでそうなるかなぁ」

ギリギリと歯軋りをするかのように表情を歪めているのを見てどうやら何か間違えたようだと察するが、何を間違えたかも分からないとはいえフォローだけはしておこう。


「俺はお前の幸せだけを願ってる。

だから、俺のことなんて気にせず彼氏を作るといい。

もし相手がクソ野郎だったときは俺がどうにかしてやるからさ」


完璧なフォローだと笑顔も浮かべておく。

彼女は優しいから俺なんかのことを気にして恋愛をすることに気後れしていたのかもしれない。


たしかに異性が常に一緒にいたら気を遣ってしまうだろう。

これに気づかなかったとは、本当に悪いことをしてしまった。


「カッチーン!

バーカ!バーカ!アホ!ニブクソタラシ野郎のバーカ!

こっちがどんな気持ちで……バーカ!」


もう知らんと言わんばかりに罵倒して走り去ろうとしていくその後ろ姿と近づくエンジン音にぞくりと、悪寒が走った。


まずい。

何かがまずい。

走れ。


思考より先に身体が動く。

彼女に追いつき、服を掴み、強引に後ろに引き倒す。


身体の勢いは止まらない。

勢いをつけすぎた。

引き倒した反動で足がもつれそうになる。


何かが迫る。

横から来るエンジン音。


あ、これは死んだ。


神様からの最後の贈り物なのか、思考が緩やかになったわずかな時間。

視線を彼女に向けたら尻もちをついて呆然とこちらを見ていた。


ああ、無事だった。

それならいいや。

見えてるかわからないけど、彼女に向けて笑顔を向けた。


そして、心の中で告げる。

"ありがとう"


ブレーキ音とぐしゃりと自分の身体から響く破砕音。

ゴロゴロと視界が何度も周り、ようやく止まる。


体が動かせない。

何も聞こえない。

痛すぎてもう痛覚がおかしくなっているのがわかる。


これは見なくてもわかる。

多分死ぬ。


でも、俺の夢は叶った。

彼女のために死にたいという夢は叶った。


満足だ。

ありがとう神様。

俺は幸せだった。


『因果の破壊を確認いたしました』

意識が薄れそうになるとき、脳内に無機質な声が響く。


『本来死ぬはずであった存在の因果を覆し、因果を破壊した貴方には情報と偉大なる功績を讃え2ポイントが与えられます』

声はこちらの状態などお構いなく、意味不明な言葉を続ける。


もはや言葉など届かない状態だというのに、脳ではなく意識そのものに、まるで魂に直接叩きつけられるかのような拒否すら許されない声だった。


『あなたが助けた少女には未だ死の因果は残されております。

あなたが助けなければ少女は死にます』


ふざけんな。

身体に力が戻る。


彼女の死が決まっていた?

そのままならまた死ぬ運命にあるだって?

俺が助けなければ死ぬ。

だから運命を覆せと、このクソッタレな声は告げている。


嗚呼、世界よ。

世界が彼女を殺すというのであれば俺が全部覆してやる。


『あなたの選択を楽しみにしています』

目を開ければ赤く染まった視界の中で彼女が泣きながら何かを叫んで呼びかけている。


「お前は俺が守るから」

意識が繋ぎとめられない……。

目の前が赤く染まり、今にもブラックアウトしそうになる。

だが、俺は死なない。


これは俺が彼女を幸せにするための物語じゃない。

彼女が幸せになるための物語だ。


俺は薄れゆく意識の中で因果への反逆を誓った。

その決意を嘲笑うかのように、どこかから不快な笑い声が聞こえた気がした。

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