森秋

雨世界

1 ……あなたは、私の憧れでした。

 森秋


 ……あなたは、私の憧れでした。


 こちらを見て、微笑んでいる美しい少女の絵。


 その一枚の絵を見たとき、私の魂は震えた。

 なにかが、とても強い『なにか』が、私の心を捉えて離さなかった。

 これほど強烈に、なにかに心を惹かれる経験をしたことは、本当に久しぶりのことだった。

 ……『森秋』。

 絵の下に、そう題名が書いてあった。そのさらに下には、この絵を描いた人の名前と年齢が書いてあった。

 森秋。……十六歳。

 ……この人、私と、同い年だ。

 その年齢を確認して、私は衝撃を受けた。自分と同い年の人で、これほど他人に(この場合は私自身だけど)強い影響を与える『なにか』を生み出すことができる人が、この世界にはちゃんといるのだ。

 私の心臓はずっと、どきどきとしていた。

 なんだか、今すぐにでも、この絵の前から立ち去りたいと思った。

 ……でも、どうしても足を動かすことができなかった。かすかに震えている自分の両足を動かすことができなかったのだ。

 私の目はじっと、その絵だけを見つめていた。

 耳には、もうなんの音も聞こえてこない。

 遠くに行ってしまった友人たちの声も、周囲に存在するはずの、人々のざわめきも、なにもかもが聞こえなかった。

 私は無音の世界の中にいた。(それはつまり、自分だけの世界だ)

 私の意識は、その絵の中に隠されている、自分をこれほど強く惹きつける力の正体を探ろうとして、必死に考えを続けている。……でも、どうしても、その答えにたどり着くことがうまくできなかった。

 私は震えている手をそっと、思わず無意識にその小さな絵画に向けて、伸ばそうとして、はっとして、その手を必死に、少し慌てた様子で、引っ込める。

 危なく、その絵画に無断で自分手で触れようとしてしまった。(もちろん、絵には触れないでください。と言う注意書きがちゃんと展示会の会場の中には書いてあった)

「もしかして、あなた、その絵、気にってくれたのかな?」

 そんな声が聞こえて、私はようやく、(自分だけの世界から)元の世界に戻ってくることができた。

 私が声のしたほうを振り向くと、そこには一人の私とは違う高校の制服をきた、絵の中にいる少女とまったくおんなじ顔をした少女が立っていた。(見ていた絵から少女が飛び出してきたのではないかと思ってびっくりした)

「私、秋。森秋っていうんだ。ほら、そこに名前が書いているでしょ? この絵を描いたのは私なんだよ」

 と言って自分の顔を指差して、秋はにっこりと私に笑いかけた。

 それが、私と秋の初めての出会いだった。

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