第27話 亡き王子と王妃様
「こ、こちらこそ、お初にお目にかかります。ル、ルーナ王妃」
ドキドキしながらひざまずくと、ルーナ王妃は「顔を上げて」と言ってくれた。
「謝らなければいけないのは私のほう──今だって、こんな姿でごめんなさい」
「え、あ、いや……滅相もございません」
逆に頭を下げてくるルーナ王妃にたじたじになる。王子にも国民にも無関心な国の王妃様だから、さぞかし癖のある人だと思っていたが、今のところびっくりするくらいまともそうな人だ。セレニア様のこともあるからルーナ王妃の存在もまやかしだと思っていたのだが、この感じだと本当に病床に伏せていたらしい。
「ところで──どう? セレニアに就くのは大変でしょう?」
「は、はい! ……あ」
いきなり話を振られたものだから、思わず返事をしてしまった。これでは「セレニア様に就くのが大変」と答えてしまったようなものだ。実際大変なのだけれども、王妃──実の母親に言う言葉ではなかった。
嫌な顔されるかと思ったが、ルーナ王妃は焦る私の顔を見てクスクスと笑う。
「正直でよろしい。そういうところ、素敵だと思うわ」
「あ、ありがとうございます……?」
どうやらこの言葉は皮肉ではなさそうだ。だが、その朗らかな笑みもすぐに消え、悲しそうな表情へと変わる。
「……大変だろうけど、悪く思わないであげて。あの子はあの事件が遭ってから外に出られなくなってしまったの」
「あの事件?」
引っかかる言葉に眉をひそめるが、ルーナ王妃は私の疑問符に答えなかった。
「もう、サイラスが亡くなって十年も経つのね……」
独り言ちるように呟きながら、ルーナ王妃は窓の外を眺める。その儚げな表情は、亡き息子・サイラス様を偲んでいるようで、見ているだけで切なくなった──サイラス様は、生きているというのに。
「慰霊祭……参列できなくて残念だったけど、吹奏楽団の綺麗な音色はここまで届いていたわ。無事に終わったのでしょう?」
「……はい。とてもしめやかに、おこなわれていました」
そう返すと、ルーナ王妃は「そう」と言いながら窓に映る青い空を仰いだ。その顔もなんとも切なそうだった。
「可哀想なサイラス……あんな事件に巻き込まれなければ、今頃立派な王子になっていたはずなのに……セレニアとも、とっても仲がよかったのよ」
「そう……なんですね」
相槌は打ってみるが、正直それをするだけでいっぱいいっぱいだった。
ルーナ王妃のこれらの発言は演技なのだろうか。先ほどから本当にサイラス様が亡くなったように振る舞われる。本物のサイラス様はご存命だ。サイラス様の存在を隠しているから芝居を打っているのか。だが、それにしては表情ひとつひとつに偽りを感じない。
──違う。ひょっとしてこれは、本当にサイラス様のことを……。
そう思った途端、頬に雫が伝った。それが涙だと気づいた時、ルーナ王妃も「あら」と少し驚いていた。
「……もしかして、サイラスのことを思ってくれた?」
「は、はい……」
鼻をすすりながら、咄嗟に手の甲で涙を拭く。そんな私の様子を、ルーナ王妃は頬をほころばせながらじっと見つめていた。
「申し訳ございません……王妃の前なのに、みっともないところをお見せして……」
「ううん、いいの……ありがとう。あなたのような子に泣いてもらって、サイラスもきっと喜んでいるわ」
そう言ってルーナ王妃は泣いてしまった私を責めることなく、優しく微笑んでくれた。けれども、微笑む彼女の目は涙でうるんでいる。その哀調を帯びた笑顔が胸が張り裂けそうになるくらい苦しくて、また泣きそうになってしまった。
彼女がどうしてそう思い違えているのかはわからない。十年に何が遭ったのかもわからない。だが、こんな偽りの慰霊祭がおこなわれているかは理由がわかった。多分、すべて彼女のためだ。彼女を騙すために、みんな
だめだ。ここにいると泣きたくなってしまう。この空気に耐えられない。
「あの……私、そろそろ戻りますね」
声を震わせながらそう言うと、ルーナ王妃は「そうね」とまた微笑んだ。
「セレニアがあなたを待っているものね。ごめんね、引きとめて」
「いいえ……少しでもお話できて、光栄でした」
私はひざまずいて頭を下げ、静かにルーナ王妃の部屋を出た。
服の裾で涙を拭きながら、早足でセレニア様の部屋へ向かう。今はただ、一刻でも早くセレニア様に会いたい。そして彼の顔を見て、少しでも心を和らげたい。でないと私は、この悲しみに押しつぶされてしまう。
城内で巡回している騎士たちに驚かれても、彼らのことなど見向きもしなかった。
部屋の前にたどり着いて、早いテンポで六回ノックする。扉を開けたのはハースト様だった。私の泣き顔を見て目をみはったが、何も聞かずに私と護衛を交代してくれた。
ハースト様と入れ違いで部屋に入ると、ベッドの上に座っていたセレニア様がドレスの裾を持って駆け足で私のほうまでやってきた。
「随分と遅かったではないか。あと少しでサムソンに苦情を入れるところだっ──」
私の前に立ったところで、私の顔が濡れていることに気づいたらしい。セレニア様はギョッとしながら私の両肩を掴んだ。
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