第22話 さまよう魂に祈りを
「もう何回もやっているのだ。今更どうこう思わない」
「そ、そうですか……」
セレニア様がムスッとしながらそっぽを向く。なんなら明日で十回目。ここまで回数をこなしていくと、単なる業務に過ぎないみたいだ。現に彼は慰霊祭の日にちすら忘れていた。
「まあ、なんとも思っていないというのは噓になるな……正直、参加するのは面倒だ。特にあやつらとは顔も合わせたくない」
「あやつらというのは……ひょっとして、国王方ですか?」
「それ以外誰がいる」
セレニア様の顔が怖くなる。聞けば、国王方と会うには一年で明日くらいしかないらしいが、それでもセレニア様は嫌悪感を表していた。
だが、彼の言うこともわかる。こうして生きているセレニア様──いや、ここでは本名のサイラス様と言わせてもらおう。サイラス様の慰霊祭を何食わぬ顔でできるのだ。正気を疑う。
「……あれ? ということは、もしかしてサムソン様も……?」
「当然。あれでも第一王子だからな」
「うっ」
そうか。そうだよな。普段部屋に引きこもっているセレニア様ですら参列されるのだ。第一王子が出ないはずがない。
ということは出くわす可能性もあるのか。考えるだけでお腹が痛くなる。いや、しかし、最近外交で忙しいと言っていたから、ひょっとしたら出かけているかも……って、ないか。
あーあ、会いたくないなあ……。
嫌な思いが全面に出てしまい、無意識のうちに暗い表情で深いため息が出てしまう。
そんな私を見て、セレニア様が眉をひそめた。
「お前……ひょっとしてあいつが嫌いか?」
「き、き、嫌いなんてとんでもない!」
と、慌てて否定してみたが、逆にセレニア様に腹の底から笑われた。
「そうか! あいつが嫌いか! よし、あいつに会ったらお前が会いたがっていたと話しておこう」
「それだけは絶対にやめてください! ……あ」
思わず本音が出てしまい、咄嗟に口を手で覆う。だが、そうしたところで時はすでに遅く、セレニア様をチラッと見ると、私を見てニヤニヤしていた。まずい、知られてはいけない人に苦手な人を知られてしまった気がする。ここは話題を変えようか。
「と、ところで、慰霊祭って何をやるのですか?」
「なんてことはない。ただ国民を城の前に集めさせ、群衆の前で祈りを捧げるだけだ。まあ、慰霊祭にかこつけて豪勢な飯が出るかもしれないが……俺には関係ない」
「なるほど……それで侍女は忙しい、と」
「そういうことだ」
この口ぶりだと、大した拘束時間でもなさそうだ。国を挙げての慰霊祭というから、もっと派手なことをやるのかと思っていたが……まあ、国民が生きるだけで精いっぱいの国だ。そんな余裕はないのだろう。「慰霊祭」という名ばかりの見てくれの行事なのかもしれない。
「そういえば、この国のお祈りってどんな感じですか?」
「どんな感じって……指を絡める以外あるのか?」
「私のところでは、こうして手を合わせて目を閉じるのです」
そう言ってその場で合掌してみる。だが、なんとなく気配を感じたのでうっすら目を開けてみると、セレニア様がぬっと私に顔を近づけていた。
「な! なんですか!」
思わず退くと、セレニア様にニンマリとされた。どうやら私は、また彼にからかわれたらしい。
「残念ながら、近衛騎士は祈らない。その間に暗殺など企てられる可能性もあるからな」
「あ、言われてみればそうですね。全員がお祈りしている時に襲われたら目も当てられませんもんね」
セレニア様の言葉に合点する。国の行事だからきちんとしなければいけないと思っていたが、私の杞憂だったらしい。
「でも、よかったです。こうして生きているセレニア様の冥福を祈ることにならなくて」
そう言って笑ってみせるとセレニア様は大きく目をみはらせた。別に驚かすようなことは言っていない。だから不思議そうに首を傾げてみると、セレニア様は「フッ」と小さくほころんだ。
「そう言ってくれる輩は、お前が初めてだ」
その顔は心の底から嬉しそうで、どことなく愁いを帯びていた。この時、私はようやく気がついた。慰霊祭について「何も思っていない」なんて嘘だ。でも彼は、そんな一抹の感情すらも抱くことを許されていない。なんて哀れな人なのだろう。
「セレニア様……」
あまりの痛ましさに思わず彼の名前をこぼしてしまう。だがセレニア様は応えることなく、スッと窓の外に視線をずらした。
「さまよう魂に祈りを捧げるとか、笑わせるよな」
セレニア様がぼそりと呟く。これは私に言っているのだろうか。それとも独り言なのだろうか。なんて返そうか迷っていると、セレニア様は続けざまに言葉を紡いだ。
「本当に祈りを捧げるべきなのは、俺なんかではないだろうに……」
その言葉になんとも悲しい気持ちになった。本来祈りを捧げるのは、「本物のセレニア様」だ。だが、こうして彼がセレニア様として生きている限り、彼女に祈りが捧げられることはないだろう。
「じゃあ……ちょっと早いけど、僕たちだけで彼女に祈りを捧げましょうか」
そう言ってみるとセレニア様は驚いたようにこちらを見てきたが、すぐに「そうだな」と指を絡めた。
朝の陽ざしに照らされながら、僕たちはふたりで「本物のセレニア様」に祈りを捧げた──僕ら以外に祈られることのない不憫な一国の姫君を憐れみながら。
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