第20話 その行動の意図はなんですか
「……もうじきセレニア様の食事が終わる。俺は疲れた。交代しろ」
「はい……行って参ります」
ハースト様に頭を下げるが、彼は見向きもせずに居室の中に入っていった。
「交代しろ」と言われるまでもなく、次の護衛は私だ。だが、今の状態で間髪入れずにセレニア様に会うことになるとは……けれども、四の五の言っていられないから、諦めてセレニア様の部屋へと向かった。
ノックを六回。私が入室する合図だ。すると、部屋の中からバタバタする音が聞こえてきた。扉を開けたのはエミールさんだった。
「ああ……セナ様……よかった」
エミールさんが安堵した顔で私の両肩にそっと手を置いた。どうやら私が倒れたことは彼女にも伝わっていたらしい。
彼女に引かれるように部屋に入ると、セレニア様が驚いたように目をみはらせていた。
だが、彼はすぐに恐ろしいくらい厳粛な顔になる。ひしひしと感じるピリピリとした空気。だが、当然か。敵を前にして一太刀も浴びせずに気絶するなんて失態を犯したのだから、怒らない訳がない。
そんな彼とは裏腹に、エミールさんは優しかった。
「痛みは? 怪我はその腕だけですか?」
「はい……ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いえ……とにかく無事のようで安心しました。包帯は、勤務の前に私が交換しますので遠慮なくお申し付けください」
「はい……お手数おかけします」
頭を下げると、エミールさんは優しく微笑みながら私にお辞儀し返した。何も言わないが、その笑顔が彼女からの激励なような気がする。でも、上手く返すことができなくて、うつむいたまま何もできなかった。
そうしている間も、エミールさんは持ち場に戻ってセレニア様の夕食の片づけをしていた。
手際よくテキパキと食器を下げ、あっという間に退散の準備を整える。
「それでは、私はこれで……セナ様、あとはよろしくお願いします」
「……お疲れ様でした」
深々と頭を下げたエミールさんが部屋を出ていく。その間もセレニア様は無言だ。空気が、途轍もなく重い。
ちらりとセレニア様を見ると、相変わらず怖い顔をしていた。
「おい」
セレニア様が低い声で私を呼ぶ。ひとまず「はい」と返すが、気が重い。
「……こっちに来い」
「それは、どうしてでもですか?」
「どうしてでも、だ。いいから早く」
語気を強めるセレニア様。お互いの性別がバレた時だって、こんな威圧的な感じではなかったのに、今日のセレニア様はひと際気が立っている。
「……かしこまりました」
おずおずとした気持ちを隠しながらセレニア様に近づく。すると、セレニア様は徐に立ちあがり、私の正面に佇んだ。
「え?」
何が起きたかわからなかった。いつの間にか私の体にセレニア様の腕が回っている。と思ったら、今度は彼に無言で抱きしめられたのだ。
強引に『壁ドン』をされたことはある。『あごクイ』なんて日常茶飯事だ。それなのに、今のセレニア様は普段の押しの強さはまるでない。優しく、私のことを包み込むように抱きしめていた。
「セレニア様?」
名前を呼んでも、彼からの返事はない。ただ、その声に応えるよう、私を抱きしめる腕の力が強くなった。
いったいどれくらい時間が経っただろうか。セレニア様の予期せぬ行動に固まっていると、やがて彼は私を抱きしめていた腕をほどいた。
「……傷は痛むのか?」
「あ、いえ……いや、ちょっとだけ。ですが、勤務に支障はありません」
「そうか。あまり無理をするなよ。俺はもう寝る」
「え? え??」
さっきの行動の意図は? 何も言わないの?
そう思ったところでセレニア様はベッドのほうに踵を返し、本当にベッドの上に横たわってしまった。
「セ、セレニア様? セレニア様ってば~」
呼んだところで彼からの返事はない。だが、こんなに早く寝る訳ないから、絶対に狸寝入りしている。
気まずい! 本当に気まずい! いつもの『壁ドン』や『あごクイ』は私をからかっているだけなのはわかるのに、今の抱擁はなんなのだ!
と、心が荒ぶる半面、いつの間にか先ほどまでの憂鬱が吹っ飛んでいた。ほんの数分前まで、セレニア様に「会わせる顔がない」とか思っていたのにだ。どんな形でも、彼のおかげで気持ちが和らいだのは事実だった。
「セレニア様……ありがとうございます」
背中を向けるセレニア様に、静かに頭を下げる。すると、寝ているはずの彼が小さくため息をついた。
「……お前が無事でよかった」
消え入りそうな声で、セレニア様がぽつりとつぶやく。そのつぶやきはしかと私に届いており、思わず笑みをこぼした。
──そういうところですよ、セレニア様。私が、あなたを誤魔化してでもそばにいたい理由は。
そう思ったところで、腕の傷と胸が同時にチクリと痛んだ。
王女を護れない騎士など、存在価値はない。彼のそばにいられる理由はない。私がそれを一番わかっているというのに、どうして私は彼のそばにいることを心の底から焦がれてしまうのだろうか。
そんなことを思いながら、私は小さくため息をついた。
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