第八話 神器

 ギルドを出たアルたちは、エストの街を出て南に少し歩いた場所にある森まで来ていた。目覚めた家の方角とは真逆だが、まだ森が続いていたらしい。

「さーって、早速薬草探そうか……と言いたいところなんだけど……」

 言葉を止めて、辺りを見渡す。視界一面に映るのは、見事なまでのたくさんの立木と雑草だった。

 どれがお目当ての薬草なのか全く見分けられない。

「仕方ない、一つずつ調べるしかないか。こんな時のための完全鑑定魔法だしね。カノン、あまり遠くに行かないでね」

「わかった」

 そうして一本一本雑草を、完全鑑定魔法を使い見分けていく。魔法がしっかり効力を発揮できていたので、完全鑑定魔法で見ても見分けがつかないなんてことは一切なかった。

 順調に採取していき、数分後にはアル一人で二十本の採取を終えていた。

「カノンー」

 呼ぶとカノンはすぐにトテトテと駆け寄ってきた。可愛い。

「薬草いくつくらい採れた? 」

「三十個採れた」

 意外とたくさん採っていた。

 確かにアルと同じように完全鑑定魔法は使えるので、おかしいことではない。けれど、アルよりも十個も多いのは手際の良さの差だろうか。

「それなら、私のと合わせて五十個だね。手伝ってくれてありがとうカノン」

 お礼を言うと、カノンがずいっと身を寄せてくっついてきた。

「どうしたの? 」

 急なことで脳の処理が追い付かず、普通に問いかけてしまう。

「ん」

 カノンはそれだけしか答えてくれなかった。しばらくすると、くっついた状態で頭を揺らし始めた。

 まさかと思い頭を撫でてあげると、気持ちよさそうにカノンが身を捩った。

ああ!! かわいいなぁちくしょうっ!! と心の中で叫ぶが、口には出さない。絶対表情には出てるけれど。

 しかし、そんなことをずっとしているわけにもいかないので、カノンの頭から手を離すと、少し残念そうに眉を下げた。だが、それも一瞬でいつも通りのクールな表情に戻っていた。何この可愛いの権化。

「んんっ、それじゃあ次は討伐に行こうか。えーっと、ゴブリン五体の討伐だったよね」

「うん」

 お互いに依頼の内容を確認してから、アルが索敵魔法を使う。

 周辺一帯の森のマップが目の前に表示される。マップ上ではアルたちがいる森の奥の方に赤いアイコンがちらほら表示された。タップしてみると、案の定ゴブリンのアイコンだった。

「ふぅ、良かった。わざわざ探し回ることにならなくて」

「うん。それじゃあ行こ? 」

「あっちょっと待ってカノン。少し試してみたいことがあったんだ」

 言ってアルは、創っておいた収納魔法で薬草をしまい、それと交換するように二本の剣と一つの鎧を取り出した。

 片方の剣は鞘も刀身も真っ黒で、鍔の部分に黒い薔薇が一輪花開いていた。

 もう片方の剣は一本目の剣とは真逆で鞘が真っ白だが、刀身は細く硝子のように透明で柄の部分が白い百合の形をしていた。

 鎧は、鎧というよりはドレスに近かった。赤い胸当てだけ金属製の鎧で出来ていて、他は真紅の布で形作られている。

 これらは全て、アルが神器創作スキルで造り上げた装備だった。目覚めた家でも確認したが、念のため完全鑑定魔法でもう一度確認してみる。



名前:黒薔薇くろばらけん 

作成者:ノアール・アルカンシエル 

クラス:神器

スキル

破壊者デストロイ

・物質界にあるもの全てを斬り刻む。

真夜まや

・対象に蔦を巻き付け拘束し、生命力が尽きるまで吸い尽くす。

※最大99人にまで同時使用可能。

破壊不可はかいふか

・この武器は決して破壊されない。

擬人化ぎじんか

・人の姿になれる。


名前:白百合しらゆりけん 

作成者:ノアール・アルカンシエル 

クラス:神器

スキル

霊体切断アストラルトーム

・物質界にないもの全てを斬り刻む。

純潔じゅんけつはな

・対象の魂を完全に消滅させる。

※一度に一人にまでしか使用不可。

破壊不可

・この武器は決して破壊されない。

擬人化

・人の姿になれる。


名前:姫彼岸花ネリネよろい 

作成者:ノアール・アルカンシエル 

クラス:神器

スキル

真実しんじつかがや

・この鎧を装備した者は、決して傷つくことはない。

破壊不可

・この武器は決して破壊されない。

擬人化

・人の姿になれる。



 ノリと勢いで造った装備だったが、改めて見るとユニークスキル並みにエグいスキルが大量についていた。

「ふ……ふふっ……また凄いの造っちゃったね私。もう、これくらいエグいのが普通になりつつあるよ。末期かな? 」

「うん、アル凄い。早く使ってみよ? 」

 カノンも完全鑑定魔法で装備の詳細を見ていたようで、キラキラした目で使用を促してくる。

「じゃあ使ってみよっか」

 深く深呼吸して、一度心を落ち着かせる。ゆっくりと口を動かす。

一式装備いっしきそうび

 呟くと、置いていた二本の剣と一つの鎧が淡い光を伴いながら消え、その次の瞬間、アルが着ていた服がどんどん赤を基調とした鎧ドレスになっていった。

 完全に姫彼岸花の鎧を纏ったら、背中でクロスするように右手側に黒薔薇の剣、左手側に白百合の剣が現れる。髪はいつの間にかポニーテールに括られていて、アルが完全なる戦闘モードに変化していた。

「うーん……剣とか振ったこと無いけど、剣術スキルもあるし……大丈夫かな」

 右手を後ろに回し、ゆっくりと鞘から黒薔薇の剣を抜く。陽の光を浴びて漆黒の刀身が鈍く光っている。

「か……か……かっこいいっ!!」

「そ、そう? ならよかった」

 カノンの目を見れば、似合っていると理解するのは簡単だった。ぴょんぴょん飛び跳ねてあらゆる角度からカノンが見つめてくる。

「カノン、ちょっと……流石に恥ずかしい……」

 ずっと見つめられて、いたたまれなくなり視線をそらしながら空いている片手で顔を隠す。

「……? カノン? 」

 と、カノンが動く気配が急に消えたので、そっと手を顔の前から動かす。

 目の前にいたのは石像と化したカノンだった。もちろん文字通りではなく、石像みたいに動かないで固まっているだけだ。

「カノン? 本当にどうしたの? おーい」

 呼びかけながらカノンの顔の前で手を振る。それでも起きないので一旦黒薔薇の剣を鞘に戻して、カノンの顔の目の前で手を叩く。

「はっ! わ、私今どうしてた? 」

「あっ、カノンやっと起きた。普通に固まってただけだけど、急にどうしたの? 」

「い、いや、多分どうもしないけど……なんか開いていいのかわからない扉を開いた気がする……」

「? 何それ? 」

「さあ? 」

 気を取り戻したカノンの反応がふわふわしていて要領を得ないけれど、意識は戻ってきたのを確認して胸を撫で下ろす。

「まぁいいや。それじゃあ試し振りしてみようかな。カノンは危ないから後ろに下がってて」

「わかった」

 カノンが頷き大人しく後ろに下がったことを確認して、再び黒薔薇の剣を引き抜く。

 そのまま剣を横に、一振り薙いだ。

 風を斬る鋭い音が耳を通り抜ける。

「すごくよくできた剣だね」

「うん、軽いしいい感じだよ」

 黒薔薇の剣を鞘に納め、後ろを振り向くともちろんカノンがいた。真面目な顔をしている。剣の感想もすごく真面目だったし、もともとそういう性格なんだろう。そんないつもの表情でさえ可愛い。

 ほんの数秒カノンの顔を眺めていると、その表情はどんどん歪んでいき、冷や汗を垂らし、眠そうな目を見開いていた。

「カノン、どうか――」

 言いかけたところで、後ろから轟音が鳴り響いた。同時に砂埃が舞う。

「ケホッケホッ……な、何? 」

 カノンのあの表情はこの土煙の原因を目撃したからだろう。それを一瞬で理解したアルは、とにかく後ろを振り返る。

 視界に映ったのは、さっきまでの木々が生い茂った森――――ではなく、切り株だらけの開けた土地だった。

 ざっと見た感じでは、半円状に半径百メートルくらい先まで開けていた。

「………………は? へ? 」

 脳の許容量が遂にキャパオーバーして、間の抜けた声が出てしまった。

「なにこれ? どうなってるの? 」

「アルの言いたいこともわかるけど、多分……それ」

 言ってカノンはアルの背中にある黒薔薇の剣を指さしていた。

「斬られた形状、方向からしてさっきアルが剣を振るったのと一致してるから、多分それ」

「マジで言ってる? 黒薔薇の剣が、試し振りしただけで本気で振ってない触れてもいないのに、その直線状にあったからって、斬ったの? 」

「……そうとしか考えられない」

 カノンが言っていることは理に適っているし、多分正答だともアルは思う。けれど、その現実を受け入れるには少々時間が必要だった。

「そう……かぁ……。うーん……黒薔薇の剣やばいなぁ。……語彙力失っちゃったじゃん。もう神器は本当に必要だって時にだけ使うようにしよう。うん」

 カノンもアルの呟きを聞いて、同じことを思ったのか何度も頷いている。

「ま、まぁちょっと驚いたけど、魔物は物理で倒さなくても魔法を使えば倒せるだろうし、気を取り直して先進もうか」

「うん、そうしよ」

 気合を入れなおして、森の中もとい倒れた木々の隙間を歩いていく。しばらく進んだところである違和感に気づいた。

「あれ? マップから赤いアイコンが無くなってる? 」

 索敵魔法で表示されるマップから、確認したはずの場所に赤いアイコンが無くなっていたのだ。

「もしかしたら木がたくさん倒れて驚いて逃げたのかも? 」

「あー無くはなさそうだね。とりあえず進んでみよっか」

 再び歩を進め、黒薔薇の剣で斬った部分をそろそろ抜けるところまできて、今度は足に違和感を覚えた。下を見てみると、青黒い液体が地面に広がっていた。靴の裏に着いた青黒い液体を見て、どことなく不快感を覚える。

「なに、これ? 」

「これ……魔物の血、だと思う」

「えっ!? これが!? 」

 まさか魔物の血だとは思わなかった。確かに、前世で見たアニメに出てくる魔物の血の色が赤でないものもあったけれど、実際に見てみると、血というか少し粘り気のある汚水にしか見えなかった。血が赤いものだというイメージが強いからかもしれない。

「え? でも、ということは魔物が近くで倒れて……ってもしかして表示されなかったのって――」

「うん。多分、この倒木の下敷きになってる」

 さらにまさかの結果だった。アルが試し振りで薙いだ一撃で、結果的に魔物を倒すことに成功していた。

「これって魔物を倒したってことでいいんだよね? ここ一帯の魔物は私が見た時はゴブリンしかいなかったから、五体倒せてれば依頼完了になると思うんだけど」

「一度ギルドに戻って確認してもらってもいいと思う。依頼は受けたその日に完了しろって言われてるわけじゃないし」

「そっか。でも、やっぱりゴブリンかどうかはちゃんと確認してからギルドに戻ろっか」

 カノンが首肯したのを確認してから、周囲を捜索するとすぐにそれは見つかった。

「あった。これが……ゴブリン……」

 青黒い血溜まりの上で木に潰され動かない、おそらく死んでいるゴブリンを見つけた。

 緑色の肌をした、小鬼という表現が一番適切な感じの生き物だった。

「やっぱりゴブリンだったね」

「そうだね。それじゃギルドに戻ろっか」

「アル待って」

 アルが踵を返そうとしたところでカノンに引き留められた。何かと思い振り向くと、カノンがゴブリンに近寄っていく。

「ちょっとカノン! 何してるの!? 」

 死んでいると判断はしたけれど、もし生きていたりしたらカノンが危ない。

 咄嗟にカノンの右手を取って抱き寄せた。

「ふぇっア、アル? ど、どうしたの? 」

「どうしたのはこっちのセリフだよ! 何やってるのカノン! 近づいたら危ないでしょ! 」

「だ、大丈夫だよアル。落ち着いて」

「で、でも……」

 カノンに言われ、確かに冷静さを欠いていたかもと内心アルは思った。ちょっと過保護になりすぎたかもしれない。深呼吸して心を落ち着ける。

「それで、カノンは何をしようとしてたの? 」

「魔物の腹部にある魔石を取ろうとしてた」

「魔石? 」

 魔物を倒すとドロップするアイテムとして、前世のいろいろなゲームやアニメで登場していたアイテム。大体換金アイテムとか成長アイテムとして用いられるパターンが多かった。どうやらこの世界でもそのアイテムがあるらしい。

「うん。魔力回復薬とか医薬品、武具とかいろんなものに使えるから売ればお金になる。小さいと少額だけど、大きい魔石はすっごく高く売れるの」

「なるほど、そうだったんだ。……エルナさん、そんな大事なこと言わなかったよね? 知ってると思って言わなかったのかな? まぁいいや、そういうことなら回収しようか」

「うん」

「でも、腹部って内部だよね? カノン、どうやって魔石取り出そうとしたの? 」

「あ」

 どうやら魔石があることを知っていても、どう取り出すかは考えていなかったらしい。

「ふふっ、カノンは結構しっかりしてるけど抜けてるところもあるんだね。可愛いねぇ」

「も、もうっ! からかわないでアルっ! 」

「はーい。っと、そういえばそれならいいスキル創ってたんだ」

 ニヤニヤしながらそう言って、アルが手のひらを木の下敷きになっているゴブリンへ向ける。

「解体」

 唱えると、ゴブリンの身体が光ったと思ったら、いろんな部位が素材となって地面に並べられた。当然そこには黒光りする魔石も置いてあった。

「うん、これでいいかな。あ、そうだカノン」

「ん? どうしたのアル」

 解体を見たカノンが何も反応を示さないのは、この世界ではこれが普通なのだろうか。それともアルがする異常なことにもう慣れてしまったのだろうか。アルはその可能性に少しだけ不安を覚えてしまった。

「えっと……回収する魔石なんだけど、今回は換金しなくていい? 」

「え、なんで? 」

「いや、ただちょっと何かに使えないかなって。ほら、さっきカノンもいろんなことに使えるって言ってたでしょ? 」

「それは、確かにそうだね。わかった」

 カノンの了承を得たあと、辺りにも下敷きになっているゴブリンを九体見つけ、それらの魔石をしっかり回収して、収納魔法でしまった。

「よし、これで完了だね。戻ろうかカノン」

「うん。あ、でも待って、アルに言っておきたいことがあるんだけど」

「えっなに? 」

「収納魔法は他人の前で使わない方がいいよ。その魔法、今は使える人いないから。それを見たら大事件になっちゃう」

「ええ!? 」

 まさかの情報だった。収納魔法は便利だと前世から思っていて使えたらいいなとずっと考えていた魔法だったのに、まさかのこの世界では普通使えない魔法だときた。

 でも、確かに大事件になるのは避けたい。

「ありがとうカノン。人前では使わないようにするよ。となると薬草は納品しないといけないから、バッグでも創ってそっちにしまおうか」

 創造魔法を使いバッグを創り出し、収納魔法から取り出した薬草二十本をバッグに入れた。黒いショルダーバッグをカノンに持ってもらう。

「ふ、ふふ、カノンの可愛さがまた増してしまった……まじ天使か……」

 完全にサイズの合っていない大きめの白衣を羽織った姿にショルダーバックをかけると、さらに幼さが増している。可愛い。光輪と純白の羽の幻覚まで見え――

「アル、何してるの? 早く行こ? 」

「あ、待ってー」

 悶えている間にカノンが帰路に着こうとしていたので、慌ててカノンの元まで走る。

 追いついて、カノンの手を取った。

「それじゃあ帰ろうか」


          ◇◇◇


 ギルドに戻ったアルたちは何故か朝よりも注目を浴びていた。

 全く心当たりがなく首を傾げる。

「なんか見られてるね」

「……そうだね」

 いつもと変わらないはずなのに、なんとなくカノンの反応が素っ気なく見えた。

「なんでだろう? 」

「さあ」

 やっぱり素っ気ない。アルは何かしてしまったかと思ったけれど、何も思い当たらないので、今はそっとしておくことにした。とにかく、ギルドカウンターまで移動する。

「エルナさん、依頼完了の報告がしたいんですけど……」

「はいっ少々お待……えっと、アルさん――その格好はどうしたん、です、か……? 」

「えっ……」

 エルナさんに目をぱちくりされながらそう言われて、下を向くと真紅の鎧ドレスを着ていた。慌てて後ろに手を動かすと案の定二本の剣もそこにあった。さらには髪も括られたまま。

 そう、アルは戦闘モードのまま帰ってきたのだった。

「なっ! カ、カノン! なんで言ってくれなかったの!? 」

「それはもちろん――かっこいいアル、もっと眺めていたかったから、つい」

 結構理不尽な責任転嫁をされたにもかかわらず、そんなこと気にしていないように、頬に手を当てニヤニヤしながらカノンが言う。

 さっきまでの素っ気ない態度はどこに――

「あ……はぁ、そういうことか……」

 今のカノンのにやけ顔を見れば大体察しがついた。

「カノン、にやけるの我慢してまでこの姿をそんなに見ていたかったの? 」

「アルの派手な格好初めて見たから新鮮で、つい」

「……すぅーーーーはああぁぁぁぁ………。そっか、うん。――エルナさん、これは気にしないでくださいお願いします」

「あっはい」

 カノンの生気の満ちたツヤツヤぶりとアルの生気が抜けたゲッソリぶりを見て答えたエルナさんの声から、これ以上は本当に聞かない方がいい、という気遣いが滲み出ていた。

「――では、依頼達成の確認でしたね。最初の依頼で普通あの内容なら少なくとも二日はかかるのですが……まぁいいです、それではお二人とも冒険者カードと薬草二十本をお預かりしますね」

 さっきまで行っていた作業を終えたエルナさんに冒険者カードとバッグに入った薬草を渡す。

またイリュエの石板を使って何かをしているようだった。

 覗き込んでみると、カードの上で光る文字が宙に浮かんでいた。

「うぇっ、あれどうなってるんだろう……」

 しばらくすると、浮かんでいた光る文字が消え、エルナさんがカードを取り上げた。

「はい、ありがとうございます。依頼達成を確認しました。冒険者カードはお返ししますね」

 冒険者カードを受け取ると、エルナさんがしゃがんでカウンターの下でゴソゴソと物色し始める。

 何してるんだろうと眺めていると、すぐに立ち上がった。

「お待たせ致しました。こちらが今回の報酬になります」

 報酬を用意していたらしい。銀貨一枚と大銅貨一枚を手渡してきた。

「あれ? 少し報酬多くないですか? 」

 アルは眉をひそめた。報酬は合計で大銅貨十枚、つまり銀貨一枚だったはずだ。大銅貨一枚増えている。多くなる分には嬉しいけれど、理由もわからず増えても怪しいだけだ。

「それはですね、ゴブリンを五体多く討伐されていたからですよ。依頼を受けていなくても、依頼よりは報酬が下がりますがちゃんと倒した分だけ追加報酬がもらえるんです」

「なるほど、結構良心的だね。それなら次からは手間じゃなければ何かいたら倒しておこうかな。……って、それよりも、何でエルナさんが倒した数わかるんですか? やっぱりあのイリュエの石板で? 」

 報酬が増える理由は分かった。しかし、エルナさんがカードを見ただけでアルたちが倒したモンスターの数が分かるのは、カードに記載されていない限り普通あり得ない。それに、渡すときにカードを見たけれど、前見た時と何ら変化は無かった。なら、怪しいのはやはり、エルナさんが動かしていた石板しかない。

「はい、そうですよ。さっきアルさんも興味深そうに見られていましたよね」

「うぐっ、バレてた」

 考察はあっていたけれど、覗いてたのまでバレていた。

「あの浮き出た光る文字に、アルさんたちが討伐したモンスターの情報が書かれていたんです」

「あー、良く見えなかったけどそんなこと書かれてたんだ。なるほどねー。あの石板有能すぎるなぁ」

 すると、左の袖が引っ張られた。見ると、カノンが眠そうに目をこすりながら掴んでいる。

「あー、今日はっていうか今日も確かにいろいろあったもんね。そろそろ帰ろうか」

「もうお帰りになられますか? 」

「んー……あ、エルナさんに最後聞きたいことがあるんですけどいいですか? 」

 少し考えてからアルはそう切り出した。

「聞きたいことですか? 」

「はい。――お金のことなんですけど、私の故郷では大銀貨までしか使われていなくて、いろいろ教えてもらいたいんです」

 もちろん嘘である。大銀貨なんてあることも知らない。けれど、大銅貨があるならば大銀貨もあると予想して、いたって普通だと言わんばかりにポーカーフェイスを保ちながら聞く。

「そうですね、アルさんの故郷……吸血鬼の故郷ですか。確か田舎だと言ってましたよね。吸血鬼がお金を使うのかわかりませんが、アルさんは銅貨を持っていましたし……わかりました。それならご説明します」

「ありがとうございます、エルナさん」

 正直本当に助かった。これからこの世界で生きていくためには、お金が必要不可欠になるのは確実だし、そのお金の価値を知らなければ無駄なものを高値で買ってしまったりしてしまうかもしれない。無知は何よりも恐ろしい。

「それでは実物があった方が分かりやすいですよね。少し待っていてください」

 エルナさんはそう残してギルドの裏手に行ってしまった。

「どうしたんだろうね……って、あー耐えられなかったかぁ」

 カノンが手を繋いで立ったまま寝てしまっていた。

「ふふ、器用なことで――っと。うん、全然軽い」

 カノンの腕を首に回すようにして抱きかかえてあげた。すーすー寝息を立てて寝ている。疲れているにしては随分と穏やかな寝顔だった。

「お待たせしました」

 ようやくエルナさんが裏手から戻ってきた。その手にはいくつかのキラキラ光った丸いものが握られていた。

「あ、カノンさん寝てしまいましたね。では手短にざっくりと」

「すみません。よろしくお願いします」

「はい。ではこちらが現在、ここソレーユ王国で使われている貨幣になります」

 エルナさんが手に持ったものを一枚一枚カウンターに並べていく。一番左とその右側に並ぶ二つには見覚えがあった。

「左から、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨になります」

 この七種類の硬貨がこの世界の貨幣になるらしい。白金貨が眩しいくらいに物凄くキラキラしていた。

「銅貨十枚で大銅貨一枚、大銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で大銀貨一枚、大銀貨百枚で金貨一枚、金貨百枚で大金貨一枚、大金貨百枚で白金貨一枚という換算になります」

「なるほど」

 銀貨を一枚稼ぐのにゴブリン十体の討伐。白金貨一枚銀貨に換算して十億枚ほど。ゴブリンを百億体倒さなくちゃいけない。途方も無さすぎる。

「ざっくりとした説明になってしまいましたが、これで大丈夫ですか? 聞きたいこととかは? 」

「いえ、大丈夫です。ちょっと触ってみてもいいですか? 」

「? はい、いいですよ。どうぞ」

 許可を得たのでそれぞれ手に取ってみる。価値が大きくなるほどだんだん重くなっていく。

 十分に観察した後、手に取った硬貨をエルナさんに返した。

「ありがとうございますエルナさん。本当に助かりました。これから頑張って依頼こなして家を買えるくらいは貯めて見せます! 」

「ふふ、では期待していますね」

「はい! 今日はありがとうございました。また来ますね」

「はい、お疲れ様です。またのお越しをお持ちしてますね」

 エルナさんが微笑んで小さく手を振ってくれる。

 軽くお辞儀をして、カノンを抱っこしたままアルはギルドを出た。

「にしても、今日一番の収穫かな。うまくいってよかった」

 一人歩いてアルは虚空から一枚の硬貨を取り出す。その硬貨は街灯に照らされてキラキラ輝いていた。

「白金貨まで全部一枚ずつ複製できたから、絶対にお金が足りないなんてことは無くなるかな。何かトラブルに巻き込まれたりしてお金が必要になったらめんどくさいしね。まぁでも、食費とかはもちろん自分たちで稼いだものを使うけれどね。あくまで念の為ってことで」

 そう呟いて手に持った硬貨を放り投げると、虚空に吸い込まれるように消えた。


          ◇◇◇


「装備解除」

 宿の部屋に着いて、ベッドにカノンを寝かせてからずっと着ていた神器を脱いで机に置いた。

 改めて、完全鑑定魔法を使って神器の詳細を見てみる。

「黒薔薇の剣……破壊者……」

 前世も含め、アルが人生で初めて振るった剣。薙いだ方向百メートル内にあるもの全てを軽く振っただけで斬ってしまう剣。物凄い威力だった。思い出しただけで身震いしてしまう。おそらく、白百合の剣や姫彼岸花の鎧も似たような化け物能力なんだろう。正直、使う時が来ないことを切に願う。

「そういえば、神器に擬人化のスキルを付けてみたんだよね。武器が擬人化するのはお約束だけど、どんな子が出てくるのかな? 」

 昼間に振るった時のことを思い出して、神器が少し怖かったけれど、人になると思うとなんだかワクワクしてきた。

「それじゃあやってみようか」

 机の上に置いた神器に向けて右手を翳す。

「擬人化」

 唱えると、神器が光った。眩しくて思わず目を瞑る。

 目が慣れてようやく瞼を上げると、机の上から神器が無くなっていた。その代わりに、机を挟んだ向こう側に三人の少女が立っていた。

「お母様! 」

「ママ! 」

「ママ様! 」

 少女三人と目が合った途端、三者三様に声を上げて抱き着いてくる。

 急に抱き着かれて尻もちをついてしまった。結構大きな音が鳴ったけれど――

「ん……んぅ……? アル? 」

 カノンが目をこすりながらのそっと起き上がった。起きたカノンと目が合った。

「あ」

 カノンがほっぺを膨らませてそっぽを向いてしまった。

「カノンこれは――」

「知らない」

「えっとね――」

「知らない」

 そっぽを向いたまま同じ返事を繰り返すだけのマシーンになってしまった。完全に聞く耳を持ってくれない。

――なんだろう、この彼女に浮気現場を見られたような感覚は……そんなことしてないのに、したこともないのに、悪いことをしたような感覚だよ。でも、このままじゃ埒が明かないな――

 ひとまず、カノンのことは後で弁明するとして、この三人のことを聞かないといけない。

 右側に抱きついた少女は、アルのことをお母様と呼んでいた。吸い込まれるような漆黒の髪に白い肌、しかし印象的なのはその目だ。彼女の眼は、右目が黄色、左目が紫色のオッドアイだった。

 左側に抱き着いた少女は、ママと呼んでいた。右側の子と瓜二つの顔をしているけれど、その髪は先端がまるで透明に見えるほど透き通った白髪で、その目は右目が紫色、左目が黄色と、右側の少女とは対称的なオッドアイだった。

 三人目の正面に抱き着いた少女は、ママ様と呼んでいた。苛烈に輝く赤色の髪、それとは対照に優しい桃色の瞳。左右の少女より背の低い彼女は妹のように見えた。

 三人の顔を順番に眺め、その色合いを見て、さっき机の上から消えたものを思い出した。

「もしかして、あなたたちが神器なの? 」

「え? 」

 アルの言葉に、そっぽを向いていたカノンが反応した。この三人の少女が、昼間にアルが装備していた神器だと聞いて、さすがに驚きを隠せなかったんだろう。

 予想通り、アルに抱き着いた三人の少女たちは肯定を示すように首を縦に振った。

「そうだよ! 私がママの造った白百合の剣! 」

 左腕から離れて立ち上がった少女が、腰に手を当て胸を張るようにして自慢げに言い放った。言っていることが本当なら、彼女は白百合の剣なのだろう。

「なら、あなたが黒薔薇の剣? 」

 アルが問うと、右側に抱き着いた少女も離れて立ち上がり、胸に手を当てて頷いた。

「ええ、そうですよ。そしてこの子が姫彼岸花の鎧です」

 自身が黒薔薇の剣だと肯定した少女が、正面に抱き着いた少女を手で示す。

 今度は正面に抱き着いた少女が立ち上がり、スカートの裾を摘まんで見事にお辞儀をして見せた。まるで、どこかの貴族令嬢のようだ。

「ほえー……ほんとに人になっちゃった……」

「それは、まぁ、お母様がそのように造られましたから」

「だよね」

 自分で造ったのだから当然ではあるけれど、実際に目にしてみると、やっぱり現実感が無く自分の目を疑ってしまう。

「そういえばあなたたち、人化した時の名前とかは無いの? 武器の状態の時と変わらない? 」

「うん」

「……なら、呼び名を考えよう」

 あんまりあっさりと三人が頷くのでアルが提案すると、三人は少し驚いたような顔をしたが、すぐにその表情を笑みに変えた。

「なら……ママ様に考えて欲しい……な? 」

「あ! それいいね。ママ、私のも考えて! 」

「そ、それなら私のもお願いします」

「ええ……私こういう大事なの一人で背負えないタイプなんだけど……カノンはどう? 」

 すぐにはいいのが思いつかず、ベッドの上でぼーっとこっちを見ていたカノンに振ってみる。

「えっ!? わ、私? う、うーん……シンプルに、元の名前から一部を取るとか? 」

「それだ!! 流石はカノン! 天使だ! あ、いや、間違えた、天才だ! 」

 カノンの言う通り元の名前から一部抜粋するとして、取る部分を考える。

「うーん……そうだなぁ――――それじゃあ、黒薔薇の剣はクロ、白薔薇の剣はシロ、姫彼岸花の鎧はヒメ……でどうかな? さすがに安直かな? 」

「ううん、そんなこと無いよ。ありがとうママ! 」

「うん、ありがとうママ様」

「ありがとうござます、お母様」

 三人は嬉しそうに名前を呼びあい始めた。それだけ気に入ってくれたのだろう。

 ホッと息を吐いて胸を撫で下ろす。とにかく喜んでくれて一安心だ。

「シロ、クロ、ヒメ、あなたたちも今日から私の家族だよっ」

 言って三人を一緒に抱きしめる。三人も抱きしめ返してくれる。

 と、ベッドの上でむくれているカノンが見えた。

「ほら、カノンも」

 カノンにも目でこっちに来るよう促すと、ゆっくり歩いて後ろから腕を回してきた。どんな顔をしているのか見えないのが残念だ。

「みんなこれからずーっと、一緒だよ! 」

 アルの言葉に、みんなは満面の笑顔で返してくれた。

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