第26話

 この日の夕食時、ライオネル様は珍しく騎士服を着たままだった。

 朝食時はすぐ仕事に向かえるようにといつも騎士服を着ているけど、夕食時は夜勤の時以外はいつもはトラウザーズとシャツというようなシンプルな服装に着替えてから夕食を食べに来る。


 そもそもライオネル様は立場的に有事の際以外はあまり夜勤をすることはないらしい。

 私がこの屋敷に来てから一度しか夕食時に騎士服を着ているところを見たことがなかった。今日で二回目。


 前回、ライオネル様が夜勤だった時は、「遅くなってすまない」と言って騎士服のまま食堂にやってきた。

 ライオネル様がいないと私は一人で食事をする事になるため、気を遣って無理に仕事を抜け出したのかと思い、無理はしなくていいと伝えたことがあった。

 その時に、夜勤について聞いた。


 夜勤というのは基本的に見回りや見張りが主な仕事なので、ほとんど何事もなく時間だけが過ぎていく。

 何も起こらないと思っているとどうしても気持ちがダレてしまいやすくなるため、騎士の気を引き締めるのが目的で不定期にライオネル様も夜勤をしていると前に聞いた。

 上官がいるだけで気が引き締まるので、騎士たちにはライオネル様が夜勤をする日は伝えられていないという。


 だから、今日も夜勤の日なのかと思ったら、そうではないらしい。

 午前中に伝令を受け取った関係で仕事がまだ少し残っているので、今日は夕食後にまた騎士団の方に戻って仕事をするらしい。


「それなら、私のことは気にせず食べ終えたらお仕事にお戻りください」


 ライオネル様はいつも、食べるのが遅い私のペースに食事のスピードを合わせてくれる。けれど、ライオネル様だけならもっと食べるスピードが速いのを知っている。

 少しでも早く仕事を終わらせられるようにと言ったのに、「分かった」と言うだけで、いつもと同じように食事のスピードを合わせてくれた。


 心なしか口数も少ない気がして、何か話があるのかと思った。

 だけど、切り出してくる様子もないので、気のせいだったのだろう。


 私はいつものように会話を楽しむことにした。


「そうだ!ライオネル様、今日はドレスの仮縫いで仕立て屋に行ったのですが、その帰りに教会に寄ってきました。その、わたし、たちの、結婚式は、あの教会で挙げるのですよね?」

「その予定だが、何か問題でもあったか?」

「いえ、とんでもない!むしろ絶対にあの教会がいいと思ったくらいです。私、あんなに素敵な教会は初めて見ました!」



 ≡≡≡≡≡


 マリアベルは頬を染め、教会の美しさにいかに感動したか伝えてくれる。


 この街ラーベンの教会は、俺から見ても確かに美しいと思う。

 湖の側に建つ教会は壁も屋根も全て真っ白で美しい外観をしているが、聖堂の中も素晴らしい。


 祭壇の両脇に大きなパイプオルガンが置かれ、祭壇の奥の壁は中央の一部がガラス張りになっていて、湖と森が見えるようになっているのだ。

 天井の上の方にあるステンドグラスも美しく、時間帯によっては色とりどりの光が聖堂内に差し込む。


「そんなに気に入ってくれたなら良かった」

「はい!王都の荘厳な大聖堂よりも私は好きです。あまり大きくないけれど、それも良いと思います。あんな素敵な教会で結婚式を挙げられるだなんて、夢見たいです!あっドレスも素敵な仕上がりになりそうですよ」


 それからもいかにラーベンの教会が素敵だったか、好みだったかを語ってくれた。


 可愛い。

 嬉しそうに話す姿も、喜んで頬が上気している様子も愛らしい。


(……あ、そうか。頭を撫でたくなるのはこんな時だな。――庇護欲か?)


 そんな姿をずっと見ていたいが、これから話すことでこの表情を陰らせてしまうかと思うと、俺はなかなか話を切り出せなかった。



「……え?夜会に?私も、ですか?」

「あぁ。陛下からの親書に出席するよう書いてあった」

「陛下からの……。そうですか。外交問題は大丈夫なんでしょうか?私が行くことで王女様のご機嫌を損ねないか心配ですね」


 結局なかなか切り出せず、デザートを食べているときに今日の親書に書かれていたことをマリアベルに伝えた。

 意図が読めないとは思ったようだが、王都や夜会へ行くことはそれ程嫌がっているように見えなくて、少しホッとした。


「夜会は来月だ。その、夜会に出席する予定ではなかったから、急だが大丈夫だろうか?」

「夜会へ着て行くドレスは公爵家から持参したドレスで間に合います。あまり目立つ事がないよう、地味なドレスを選ぼうと思います」

「そうだな。それが良いだろう」


 マリアベルならどんなドレスでも着こなして華やかに見えそうだが、目立つことは避けられるなら極力避けた方が無難だろう。

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