僕らの夢との逃避行

蒼風春寛

プロローグ

 僕―夢咲優斗が知る限りでは、僕たちが生きるこの世界に約30年前、『夢・』という新しい力が生まれた。


 ただ一概に夢と言っても、「何言ってんだこいつ」と言われて怪訝な目を向けられるだけだろう。しかし、本当に夢なんだ。夢という、自らの強い願望を叶えられる圧倒的な力が、形を成して現実世界に出現し始めた。


 それなら、もし仮に夢の力があるんだったら、暴動とか、国の崩壊とかが起きるんじゃないかって思うじゃないか。それを防ぐために、この国には『特務課夢喰い』という、夢の力を得た者達―『夢中症候群』の暴動を鎮圧する政府の部門がある。


『特務課夢喰い』なんて、明らかに無さそうな感じがする課だが、実際公式ホームページもあるぐらいなのだからしょうがない。この組織は、毒を以て毒を制すとでも考えているのか、夢喰いと言いながらも『夢中症候群』の人が九割以上だそうだ。


 一般人が無理に入るようなところではないし、政府としても『夢中症候群』どうしでバチバチやらせておいて、火の粉が飛んでこないようにしておきたいのだろう。

 それでもやはり、現実からかけ離れている戦闘に憧れて、安易な気持ちで入隊しようと思う奴が絶えないらしい。最近僕も入隊したが、戦闘への憧れでここを目指すなら、柔道や剣道の道に入った方が良い。


 生半可な気持ちで挑むと、ほぼ確実に悲惨な末路を辿る。


 具体的に言うと、あっけなく死ぬ。


 わざわざ政府が『夢中症候群』とご立派な名前まで付けたのだから、その脅威の力に気づくのがまあ自然だが、我が隊の隊長のようにみんなの思い描く典型的なヒーロー英雄像を外側に着ているような強い人に憧れ、そんな脅威は霞んでしまうのだ。


 人間は、霞んで見えないモノよりも、光り輝くモノの方に先に行く。実に単純なルートだ。


 もちろん、願望が叶う夢の力があるように、願望が叶わなくなる時に目覚める(夢なのに目覚めるというのもおかしな話だが)悪夢の力もある。なんだか悪夢の力というと何だかこの世の全てを壊してやる的な感じはするが、それでも幸せに暮らしている奴は掃いて捨てる程いる。


 その幸せが、周りにとって必ずしも幸せだとは明言しないでおこう。


 夢の力やら悪夢の力やらと言ってきたが、それに関係なく、ヒーロー像を外側に着こんでいる人もいれば、内側まで完璧なヴィラン悪役として完成している人もいる。


 ここまで長々と(そんなことも無いか、というかむしろ短いか)語ってきた僕だが、こんな僕が生まれてすらいない時の出来事を今更読者の方々に語り出したのにはもちろん理由がある。


 そもそも、読者がいるっていう想像をしている時点で、僕の頭の中はこれまで起きてきた衝撃的事件のせいで相当参っているのかもしれない。早いうちに連載でもするか。事実にした方が心が楽になるだろう。多分、きっと。


『特務課夢喰い』に僕に、果たしてそんな平穏な時間が残されているのかは甚だ不思議ではあるが。


 何故なら、まず自慢したいからだ。後述はするんだと思うが、僕はそこそこに壮絶な過去を持っている。そんな僕が、今こんな生活をしている事を凄いと言って欲しい。

 果たしてそんな承認欲求や自己顕示欲が僕に残っているのかは置いておいて、そう思っている部分が少しあるのかもしれない。


 まあ、こっちが本命だと自分では思うんだけど、僕は夢の力なんかと関りは全くないような人生で終わるんだと思っていた。


 勿論、知人や友人にそんな奴が出来る可能性も無くはないが、そんな事は元々ぼっちでコミュ障だと自覚している僕には尚の事無いだろうなと思っていた。


 この物語は、絶対有り得ないとかいうフラグを主人公らしく最初に建てて、それを見事に回収して、華麗に解決して見せた僕の物語、と嘘でも言いたいところだった。無理だったけどね、てへぺろ。


 今も、僕をどこかで見守っているかもしれない。目が焼けるようで、それでいて呑み込まれてしまうような紅の彼・女・がいる。


 彼女は、僕の事をとても思ってくれている。その間に恋愛的な意味は無い(そもそも同一存在だし)が、その思ってくれている気持ちだけは、元引きニートに残っている良識に則って、裏切りたくない


 最後に、最初に僕が建て回収したつもりだった死亡フラグは、彼女と同じ真紅に染まり、体育館を舐め上げる炎を受けて激しく煌きらめく剣によって叩き折られた。


 もっとわかりやすく、万人受けするように僕の主観を取り除いて言うと、


 彼女は、猛火に巻かれる体育館の中で、基盤が焼け落ちて、僕を鉄板焼きにするべく迫る鉄柱を僕の背中から登場した。そして、どこから取り出したのか鉄の塊のような剣を大上段から振り下ろして、鉄柱を見事に粉砕し、両断してしまったという事である。


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