第22話 やばいと思ったらすぐ撤退!

 二階層目をつつがなく越え、三階に到達。

 この奥にある審査員役の教官のところに辿り着けば、『迷宮ダンジョン研修』は終わりだ。

 『迷宮ダンジョンコン』の選抜を特に目指していない俺達は、最奥に辿りつけさえすれば単位的には問題ない。


「ここまで順調だな。気を抜かずに慎重に行こう」

「うん、がんばろう! それにしても、やっぱりタキ君ってすごいよね」

「最初はけったいな得物振り回す変わりもんやと思ったけど、やっぱタキの投石紐スリング射撃はえげつないで」


 仲間たちの称賛にあいまいな苦笑でもって応える。

 そう、俺というやつは少しばかり二階で張り切りすぎてしまったのだ。


 父から魔王軍のこと聞いてしまったからだろうか、俺はここのところ投石紐スリングの技術を積極的に訓練し直していた。

 そのおかげか、俺の投石紐スリング技術は随分と向上したように思う。

 威力も精度も上がった手ごたえがあるし、『購買部』に頼んで専用のスリング弾も作ってもらった。

 今回の『迷宮ダンジョン研修』は、そんな俺が実際に動けるかどうか試すに、丁度いい機会だったのだ。


「──ただいま。ちょっと、相談」


 先行警戒に出ていたメアリー先輩が、薄暗い通路の先から戻ってきた。

 少し、険しい表情だ。


「どうしたんだ? メアリー」

「えっと、これはボクの勘なんだけど……ちょっと、ヘン」

「ヘン?」


 簡単に俺の心を読むくらいに感覚の鋭いメアリー先輩の勘だ。

 これを無視することはできない。


「疑似魔物モンスターの気配が、ない。普通は、審査教官の前に、『ボス』いるはず……なの」

「前のパーティがやっつけたままとか?」

「それはないわ。進入パーティごとにルートが違うもの」


 アリス曰く。

 緊張した迷宮ダンジョン攻略中に、学生同士で同士討ちのような事故が起こらないようにパーティごとに違うルートが振り分けられるとのこと。

 つまり、複数の疑似迷宮ダンジョンがあって、一つのルートには一つのパーティのみが入り、前パーティの脱出を確認してから罠や疑似魔物を再設置して、それから次パーティが進入……というシステムになっているらしい。

 要は、このルートにいるのは俺達だけということだ。


「どう、する? 判断はリーダーの、タキがする、です」

「参ったな。経験がないから判断がつきにくい」


 この雰囲気自体が『罠』という可能性もある。

 ここで引き返して「正しい判断をしたので単位認定!」という可能性もあるし、単に「奥までいかなかったので認定できず!」ってなるかもしれない。


「みんなはどう思う?」

「ボクの知る限り、こういう事例は、去年は、なかった」

「わたしも迷宮ダンジョン研修は初めてだもの、わからないわ。でも、奥まで確認してからの方がいいんじゃないかしら?」

「わいもアリスに賛成や。びびって帰りましたなんぞ、冒険者の意味があれへん」


 アリスとバルクにうなずいて、メアリー先輩に向き直る。


「奥まで行こう。キナ臭いにしても、それが何かは確認はしておきたいし」

「わかった。ルートは、確認、してある」

「本当にやばかったら、すぐに撤退。それでいいな?」


 俺の言葉に、三人がうなずく。

 メアリー先輩の勘に引っかかって、何もないということはないはず。

 だが、それが何なのか確認しないまま撤退というのは、俺もなんとなく納得しがたい。


「ついてきて。こっち」


 メアリー先輩の背に続いて、注意深く周囲を見ながら歩く。

 何が起きてるのかわからない以上、警戒は必要だ。


「──……!」


 あるヵ所で、ピタリとメアリー先輩が止まる。

 続いて、バルクも何か思い当たったような顔で周囲を視線で伺った。


「どうした?」

「血の臭いや」


 少し焦った風のバルクから発せられた言葉に、俺も緊張を高める。

 この疑似迷宮ダンジョンの、このルートにいる存在で、血を流すのは俺達と……最奥で待つ審査教官だけ。


 つまり、だ。

 審査教官に何かあって、二人の鼻に届くほどの血を流しているという事である。

 そして、その原因があるということでもある。


 持病の癪で吐血とかならいいけど(よくはないが)、危害を加えた下手人がいる可能性もある。

 疑似魔物モンスターの暴走か、あるいは侵入者か。


 ……さて、どうする?


 鼻のいいメアリー先輩とバルクが血の匂いを察してる以上、『何か』あったのは確かだ。

 その『何か』が危険なモノであった場合、俺達だって無事ですまない可能性がある。


「タキ君?」

「……すまない。ちょっと判断に迷ってる。今すぐ行けば、審査教官を助けられるかもしれないけど、ここで帰らないとみんなを危険に晒す可能性もある」

「【震え胡桃】を割りましょう。それで、踏み込む……で、どう?」


 アリスの提案に、腰に下げた【震え胡桃】の存在を思い出す。

 迷宮内で身動きとれなくなったりしたときに、周囲に知らせる魔法道具アーティファクトだ。

 今回はリタイア用として生徒全員が持っていて、使用すれば地上のアケティ教官他の救助職員に知らせることができる。


「もし、本物の魔物モンスターが侵入してるとして、四人で時間稼ぎをすればいいしね」

「アリスに賛成や。わいらならいける」

「血の匂いが濃い、手遅れに、なるかも」


 すぐに判断をしなくては。

 俺はいま、『メルクリウス』のリーダーなのだから。


「俺の胡桃を割るよ。それで、奥を確認しに行こう」


 腰の胡桃をむしって床に落とし、踏み砕く。

 仲間達の【震え胡桃】がぶるぶると震えたのを確認してから、俺は通路の先を見据えた。


「安全第一。やばいと思ったらすぐ撤退。魔物モンスターだったら攻撃は最大火力で」

「了解。魔光剣に魔力を通しておくわ」

「足止めはまかしとけ。ドワーフのしぶとさ思い知らせたる」

「ボクも、がんばる」


 各々でうなずき合い、俺達は進む。

 向かう通路の奥からは、俺でもわかる違和感が徐々に増してきていた。


「──ッ!」


 部屋の前までたどり着いたとき、そこには二人の人影があった。

 一人は、審査教官をしていたと思しき見知った顔のピルポ先生。


 そしてもう一人は、そのピルポ先生を踏みつける全身真っ赤な肌をした悪魔のような容貌の何者か。

 そいつは、ゆっくりとこちらに振り向き……口角を上げた。


「──……ふむ、君達は学生かね?」


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