第9話 「……それだけ?」 「です」

「あれが吸血山羊バンパイアゴート?」

「はい、です。動物を殺して、血を吸う、魔物モンスター


 木の陰に隠れて魔物の姿を確認した俺は、少しばかりげんなりする。

 山羊ゴートと名がつくのだから、それなりにヤギっぽいと思っていたんだが、どうもあれは少し違う気がする。

 全長は1メートル半ほど。

 全身が鱗に覆われていて、後肢は太く、鋭い爪が生えた前肢は細長い。

 大きくてぎょろりとした目はカエルみたいで、口には鋭く細い牙が並んでいた。


 ……これはあれだ、昔にテレビで見た『チュパカブラ』に似ている。


「あれのどこが山羊ゴートなんだ?」

「鳴き声が、似てる、です」

「……それだけ?」

「です」


 ファンタジー世界の住民は少しばかり分類が大雑把ではなかろうか。

 少なくとも突撃羊チャージシープのような、見慣れた動物っぽさを期待していた俺には、ショックが大きすぎる。


「どうする? タキ君」

「俺が投石紐スリングで先制するから、二人で追撃をお願いできるかな」

「わかったわ。バルクもそれでいいよね?」


 そうアリスに問われたバルクだが、返事はない。


「バルク?」

「……」


 振り返ると、ガタイの大きい級友は、青い顔をして細かに震えていた。


「わいはいけるわいはいける……こわない、こわないぞ、ぜんぜんこわないぞ」


 トラウマになってんじゃねぇか!

 出発時の威勢はどうしたんだ!


「バルク、大丈夫か?」

「ハッ……? びびらすなや、大将。ワイはいつでも準備万端や」

「そ、そうか。ならいいんだけど」


 些か不安は残るが、目にハイライトが戻ったので大丈夫だろう。


「それじゃ、いく……ぞ?」


 投石紐スリングに石を準備したところで、予想外のことが起きた。

 吸血山羊バンパイアゴートの背中に、どこからか飛来した矢が一本、ぷすりと刺さったのだ。


「な……?」


 絶句している間に、別ルートから冒険者──いや、『冒険者科』生徒が躍り出て、吸血山羊バンパイアゴートに迫っていく。

 ……見覚えのある顔だ。


「ゲルシュ先輩?」

「へ? あの人、何だってここに!?」

「モヤシ野郎にできてオレにできねぇはずねぇンだよ!」


 俺とアリスが顔を見合わせる中、こちらに気付いていないらしいゲルシュ先輩は剣を抜いて吸血山羊バンパイアゴートに突進する。

 まさか、そんな理由で魔物モンスターに突っ込んでいくなんて。

 しかし、だ。これでうまいことあの化物を片付けてくれれば、俺も仲間も危険に晒されずに済む。

 ゲルシュ先輩も、実績ができてwin-winでは?


「ぬ、あ……おおお? くそっ」


 俺の期待とは裏腹に、どうもゲルシュ先輩は劣勢だ。

 投石紐で狙撃しようにも、ああも動き回れては狙いが定まらない。

 最悪、ゲルシュ先輩に当たってしまう可能性もある。


「これはアカンな。あの人、死ぬわ。死んでしまうわ……これは恐怖やない、それは確かや」


 若干PTSDを再発させたらしいバルクが、半笑いになっている。

 素人の俺からしても、ゲルシュ先輩はまるで吸血山羊バンパイアゴートに対応できていない。

 このままでは、きっとひどいことになるだろう。


「タキ、どうする、です?」

「どうする? タキ君。このままじゃゲルシュ先輩死んじゃう」


 あまり仲のいい間柄ではないとはいえ、このまま逝かれると些か目覚めが悪い。

 それに、依頼は『生徒に被害が出ないように魔物モンスターを排除する』だったはずだ。

 このままでゲルシュ先輩が死にでもしたら、俺の信用問題にだってなる。


 ああ、くそったれ。

 俺はただの高校生だってのに!


「行くしかない。せめて、注意を逸らしてゲルシュ先輩が逃げる隙を作らないと依頼失敗だ!」

「冒険者らしくなってきたね、タキ君」

「俺は、一般高校生なんだぞ!」


 大声でぼやきながら、小さく投石紐を回して石ころを発射する。

 すでにゲルシュ先輩は尻餅をついてしまっていて、この距離であればも味方誤射フレンドリーファイアの危険性も低い。


「メェェエェッ!」


 俺の放った石ころが、振り上げられた吸血山羊バンパイアゴートの右腕に直撃し、吹き飛ばす。

 さて、俺の投石紐射撃がはここまで高威力だっただろうか?

 まぁ、いまはいい。ゲルシュ先輩への致命の一撃を阻止できたという結果があれば十分だ。


「お、お前ら!?」

「ゲルシュ先輩は退避してください!」


 そう声を張り上げて、吸血山羊バンパイアゴートの注意を引く。

 多数の敵対者が現れたとなれば、このチュパカブラもどきとてゲルシュ先輩一人にかまってはいられまい。


「タキ、すごい、です」

「でしょ! タキ君の投石はハンパじゃないんだから!」


 驚くメアリー先輩と、何故か得意げなアリス。

 そんな二人を追い抜いて、バルクが突進していく。


「オオオオッ! わいは! お前なんぞ! こわ……ないッ!」


 きっと、よっぽど恐ろしい思いをしたのだろうバルクが、トラウマを振り払うようにして斧を振り上げる。

 吸血山羊バンパイアゴートはその気迫に押されたのか、飛び退ってバルクと数メートル離れて対峙した。


「メェェッ!! メェェェエエッ!!」

「なんも怖ないぞッ! 今度こそ、今度こそ、ワイが……!」

「一人で先走らないでよね」


 水晶ナイフに魔力を込めたアリスが、バルクに並んで小剣ショートソードを抜く。

 その背後、中衛に位置する場所ではメアリー先輩がクナイを構えていた。


 暫定リーダー俺が最後列というのは、些か情けない気もするが。

 位置的には20メートル圏内。

 いつでも吸血山羊バンパイアゴートの頭を狙えるポジションだ。


 片腕を吹き飛ばされた吸血山羊バンパイアゴートが長い舌を揺らしながら、俺達を見定めるように首を巡らせる。

 はぁ……しかし、なんて気味の悪い生き物だ。

 まさか、チュパカブラが実在しているなんて、いくらファンタジーだってやり過ぎじゃないか?


「バルク、仕掛けるよ!」

「わーっとる!」


 前衛二人が、左右に分かれて挟撃の構えに入る。

 そのすきに、俺は開いた射線向かって……投石紐から『とっておき』の弾丸を放つ。

 それは、アリスとバルクの動きに気を取られた吸血山羊バンパイアゴートの頭部を鮮やかに貫き、引き裂いた。

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