第14話
「おお! ホムラに、フランシス爺さんじゃないか! 久しいなぁ!」
マンボの工事現場から駆けつけたジャンは、作業で泥がついた手をズボンでさっと拭い、二人に手を伸ばした。
「久しいな、ジャン。その節は本当に世話になった」
固く握手をしたままホムラは、小さく頭を下げる。
「やめてくれよ、ホムラ。辺鄙なネールにとっちゃあ、勇者様のパーティーを迎えられたことは最高の誉れなんだ。今も、アイラや……シグルには山ほどの希望をもらっている」
「またしてもシグル……か」
その名を口遊み、ホムラは愉悦に笑った。
「何かおかしいかの? のう、ホムラ姫?」
「ああ。『死狂』というのは、我が国の武神の名なのだよ。単なる思いつきか、はたまた余程の覚悟か……。で、アイラ。噂の奴はどこにいるのだ? それらしき魔力を感じないが?」
「ふっふーん! 二人とも驚かないでよー……。シグルはなんと、ドワーフのグリム達と一緒に穴を掘っているんだよ!」
自慢げに、アイラは小さな胸を張る。
「なんとっ! あの男が泥にまみれておるとな……!?」
「馬鹿なッ! 信じられん……。奴は頬に一滴泥がつくだけでハンカチを何枚も使っていた男だぞ!?」
ホムラとフランシスは顔を見合わせ、目をぱちくりとさせている。
「驚いたでしょー? えへへっ、私もその一人なんだけどね!」
シグルの事を語るアイラの笑顔が、いつもより数段輝いている。それを見たホムラとフランシスは口端を緩め、同時に大きく頷いた。
「ほっほう。そういうことか」
「……どうやら、そうらしいな」
「どういうこと? ねえ、どういうことなのー?」
にやつきながらゆっくり首を上下する二人の正面でアイラは一人、はてなと首を傾げていた。
「あの男はのぅ、アイラ嬢。其方に百度目の求婚を断られてから、悩みに悩んでおったのじゃよ。折角の花火も上の空。公爵令嬢達からのダンスの誘いもどこ吹く風。珍しく足をもつれさせる程での。此度の一連の行動、きゃつなりに勇気を振り絞ったことなのじゃろう」
「救世の勇者が振り絞る勇気、か。近くに向ける事が、案外一番難しいのかも知れないな」
「……? もー! 二人で勝手に話を進めないでよぅ! 私、ついていけないよ」
「はっは! アイラにも追い追い……いや、すぐに分かるさ」
むくれるアイラの頬を突くホムラは、肩を動かして笑っていた。
「むぅー……考えてもわからないことはもういっか。ねえねえ、二人はいつまでネールにいられるの?」
取り残されて悔しいアイラは、スパッと切り替える。彼女が右も左もわからない異世界でうまくやっていけた秘訣だ。
「アイラ嬢の邪魔でなければ、稲刈りの頃までおろうと思っておったのじゃが……よいかの? ひとたび魔塔に帰れば弟子の質問攻めに遭うことは必至じゃて、帰る前にどこかで羽を休めようと思っておったところでのぅ。正に渡りに船。アイラ嬢の領地に居るとなれば、誰も文句は言わんて」
「私もだ。父上や母上からは婚姻だとか見合いだとかクソだとか、返事をするのも面倒な手紙ばかりが届く。私はいっそ、どこかに武者修行にでもと考えていたんだ」
そっぽを向き、ホムラは唇を尖らせた。
ホムラが両親の話をするときは、子どもっぽい一面が見えて可愛らしく、アイラはその話をよく振った。
「ほんとっ!? 私は大歓迎だよ!」
「ありがたいの。……じゃが、タダという訳にはいかんのじゃろう?」
「ど、どうして分かっちゃうのかなー……?」
「自覚しろ。お前はわかりやすいんだ。いつも顔にでかでかと書いてあ、る、ん、だ、よ!」
ホムラは腰をかがめて顔を近づけ、アイラの額を人差し指でぐいっと押した。
「むぅー……! じゃあ隠さない! 二人にはね、うってつけの仕事が用意してあるんだっ!」
「仕事……とな? アイラ嬢の頼みとあれば、いかような事にでも仕えようとも。して、儂らは何をすれば良いのじゃ?」
「それはね……魔法と剣の指導! ネールから交易都市ロウニャに出て行った若者達を呼び戻すんだよ!」
「ほっほ! それは愉快! ……・適材適所、今考えたにしては出来すぎじゃの。さてはお主、我らが来ることを想定しておったな?」
「ま、まま、まままさか! ソンナコトナイヨー!?」
何故か片言になったアイラの眼は、ふよふよと泳いでいる。
「冒険都市ロウニャ? それに、若手の指導……だと? 何が何だかさっぱりわからん。私にも分かるように話せ、アイラ」
「うん。シグルなんかに憧れたネールの若い人がたくさん、冒険者を目指して交易都市ロウニャに行っちゃったんだって」
「ほう。それは災難だ」
「でしょ? だからこそ、二人に剣と魔法を教えてもらえるなら、絶対に帰って来ると思うの! そのために支援の食糧は多めに依頼――……」
調子よく話すアイラの瞳を、ホムラはジト目でにらみつけていた。
「はっ! うそうそ、今の無し!」
「ほっほ。やはりそうか。お主、エルドを寄越したときには既に、村の状況を読んでおったのじゃな?」
「……正確には、もう少し前かな。涸れた川と村の空き家を見たときには、あれこれ考えておいたんだ」
「全く。お主の洞察には恐れ入るわい」
「フランシス爺には負けるけどねー。どうせ私がホウリックを選んだ時点で、長期休暇の予定を立ててたんでしょ?」
「さあ、どうだかの?」
フランシスはそっぽを向き、雅に口笛を鳴らす。
「狐と狸の化かし合いはその辺にしておいてくれ、頭が痛い。……その依頼、私も請けるとしよう。剣技など、減るものではないからな。それに、人に教えることで一流になれると聞いたこともある。これも修行だと思えば、むしろ望む所だ」
「そう言ってくれると思った! ありがと、ホムラ姐さん、フランシス爺! 二人とも大好きっ!!」
背伸びしたアイラは、両腕で二人の肩を抱いて引き寄せた。
「のう、アイラ嬢。この愛情をちいと、エルドにもわけてやってはくれんか?」
「えー……なんかヤダ」
「アイラの取り分が減るが、フランシスはそれでいいのか?」
「うぅむ……確かにそれは困るのぉ……」
「私って一体どういうポジションなの?」
「……さてさて。それでは早速、交易都市ロウニャの冒険者ギルドに手紙を飛ばすとしようかの。訓練への招待状を添えて、な」
フランシスが指笛を吹くと、小さなゲートを抜け、飼い慣らされた伝書梟がその肩にとまった。
魔王城手前の峡谷で捕まえた紫の羽が美しい彼女は、亜空間ゲートを潜って目的地へ一瞬で到着する、特別な伝書梟だ。
程なくして、英雄三人のサインが入った招待状がロウニャの冒険者ギルドに届いた。
……が、あまりの事態に手紙を受け取った受付嬢が卒倒してしまい、内容が伝えられたのはその数日後であったという。
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