現れたのは

 学園からの帰り道は片道一時間。

 膨大な敷地を確保するために王都から少し離れた場所にあり、王城まではかなりの距離がある。

 そんな路程。

 唯一経由する荒野の途中。

 綺麗な白髪と端麗な顔立ちをした第二王女であるマーサは、馬車の中で盛大な舌打ちを見せていた。


(あーっ、もう最悪っ! 久しぶりにサーくんに会えるってドキドキワクワクしてたっていうのにぃー!)


 揺れる馬車、外から聞こえる怒声と悲鳴。

 学園から帰宅するまでの路程を、自分達を護る騎士達が外では戦っている。


(まさか、こんな時に盗賊が来るなんて……ッ!)


 とはいえ、十中八九ただの盗賊ではないだろう。

 王族を乗せた馬車を襲撃するなど愚の骨頂。恐らく襲っているゴロツキのはず。

 ただ、誰がなんの目的かどうかが問題で―――


「マ、マーサさん……」


 腕の中で体を丸め、怯える少女。

 艶やかな金髪と小柄で愛嬌のある顔立ちは小動物を連想させる。

 そんな少女———公爵家令嬢であるクラリス・フランは涙目を浮かべてマーサを見上げた。


「ごめんね、私が王城に招待したばっかりに」

「い、いえっ! そんなことは……きゃっ!」


 馬車が揺れ、クラリスの悲鳴が一瞬耳に届く。

 自分か、はたまたクラリスか。このどちらを狙った襲撃かは分からないが、面倒になったのは事実。


(うちの護衛はそんなに弱くない……)


 しかし、襲われ始めてから小一時間ほどが経過している。

 それなのに倒せず、未だに戦闘が長引いているのは間違いなく相手が手練れの騎士でも対処が難しい人間なのだろう。

 マーサは、まだ外の様子を確認できていない。

 しっかりと護衛の騎士がカーテンを閉め、顔を出さないよう言われたから。

 相手が何人なのか? どれほどの強敵なのか? 目視ができないからこそ、不安は募る。

 かといって下手に馬車から顔を出せば、自分の位置を確たるものにさせてしまう。

 もちろん、もう王城へ救援要請は送っているだろうが―――


(ほんと、これからどうすればいい……ッ!?)


 自分は王族。

 命に優劣をつけたくはないが、ここで自分が命でも落とせば戦ってくれた騎士達に顔向けできない。

 ……いや、目下はクラリスだ。

 自分が王城に招待したばかりに、このような目に遭ってしまっている。

 だからこそ、自分の命よりもクラリスの命を優先させなければ。


(外に出て、この場から離れる?)


 ダメだ、外に出て追いかけられてしまえば女の足で逃げられるとは思えない。

 それどころか守る対象が移動し、騎士達の意識が逸れて戦況が変わってしまうかもしれない。


(って考えると、本当に何もできないなぁ)


 クラリスの体を抱き締め、マーサは震える体を抑える。

 結局、自分は何もできない。

 このまま盗賊が倒されることを願———


『っしゃぁ! 最後の一人、撃破ァ!』


 そう思っていた時、外からそんな声が聞こえてきた。

 楽しそうな、嬉しそうな。自分達からしてみれば絶望させるには充分な、声。

 マーサは咄嗟に馬車から出ようと、クラリスの手を引いた。

 しかし、伸ばした手は空を切り、自分の代わりに扉が開かれる。


『みぃーつっけたー♪』

「ッ!?」


 一人の、相貌の荒い男。

 その男が、血塗られたナイフを持って馬車の中へと乗り込んでくる。


『いやぁー、別嬪さんじゃねぇか! 嬉しいなぁ、こんな女の子をいただきますとかさー』


 マーサは咄嗟に距離を取る。

 男の背後からようやく見えた景色は……見慣れた甲冑を着た騎士達が倒れている光景だった。

 それがマーサの恐怖をさらに引き上げる。


「あ、あなた達は何者なの……?」


 時間稼ぎ。

 もう、自分ができることなどこれしかない。

 震える口を開いて、恐る恐る尋ねた。

 すると、男は笑みを浮かべて人差し指を唇に当てた。


『ひ、み、つ♪ 別に殺すわけじゃねぇんだ、依頼人の情報が漏れたら俺の首が飛んでしまうよ』

「……金なら、私の方がいっぱい出すよ」

『ばっかじゃねぇの!? こんなシチュエーションで今更手のひらを返せるかよ! 何せ、んだ! 娼館に行くより、絶対にこっちだろうがよォ!』


 目の前のご馳走に喜ぶ肉食獣。

 であれば、自分はさしずめ四肢をもがれた獲物だろうか? 平気で他人を傷つけ、嬉々として捕食せんとするクズ。

 恐怖が、徐々に苛立ちへと変わっていく。


『にしても、嬢ちゃんも災難だったなァ』


 男が頬を掻き、マーサに向かって口にする。


『そこの嬢ちゃんのせいで一緒に狙われちまったじゃねぇか。もし死ぬんだったら、恨み言は俺達じゃなくてそこの可愛い子ちゃんにしとけよ~?』

「ッ!?」


 今度はクラリスの背中が跳ねた。

 自分のせいだと、余計な情報が開示されてしまったが故に。

 自責の念が恐怖と共にクラリスを襲い始め、先程以上に体が震え始める。


『……まぁ、時間もねぇし、さっさと連れて行くか』


 そう言って、男はマーサ達へ手を伸ばした。

 徐々に迫る、不幸への片道切符。

 マーサは目を瞑り、クラリスの体を守るように抱き締める。


(誰か……)


 祈るのは、誰にも届かないであろう言葉。


……ッ!)


 そして———



「やっと追いついたぞ」



 馬車の天井が、崩れ落ちた。



『はァ!?』


 突然のことに、男は驚く。

 クラリスも、マーサも、同じように不意に起きた現状に目を丸くしてしまった。

 上がる土煙。パラパラと落ちてくる木屑。

 何より―――


「さぁさぁ、ろうではないか! 心が痛まない相手クズとの対峙、私を存分に楽しませてくれたまえッッッ!!!」


 上から降ってきたのは、獰猛に笑う見慣れた白髪の小さな男の子だったのだから。

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