第26話 クロの気持ち

 ついに始まってしまった決勝戦。


 クロは激辛カレーをスプーンで掬い、そのまま口に入れる。


「キュゥ〜」


 バタッ!(後ろに倒れる音)


 あ、やっぱりダメっぽい。


「おおっと! クロ選手、倒れたぞ! これは寝ていても勝てるという挑発なのかー!?」


 MCのテンションアゲアゲな実況は決勝戦でも続いている。


「んなわけあるかー! 早くクロを医療室に運んでくれ!」


 俺はステージに向かって叫ぶが、テンションアゲアゲな実況と周りの観客の声で掻き消されてしまう。


「ここからじゃ無理よ! スタッフに話さないと!」


「そうだな。スタッフぅー!」


 某芸人風に呼んでみたが、声が掻き消されてしまうので、直接スタッフを見つけて事情を話した。


「というわけなんだ! 早くクロを医療室に運んでくれ!」


「残念ですが、それは無理です」


「無理ってどういうことだよ!」


「決勝戦は1対1の対決であり、この大会最大の見どころでもあります。今、中止にしたらテンションはサゲサゲ。スポンサーもしょぼーんしてしまいます。なので、このまま終わるまではステージ上にいてもらいます!」


「な……! そんなこと言っている場合か!」


 アイリも「気絶しているんだから対決もなにもないじゃない!」とスタッフに抗議する。


 しかし、スタッフは「大会ルールですので」と言って上に掛け合うこともしてくれない。


「くそ! なら強行突破や!」


 俺はステージに向かって走り出した。すぐにスタッフから「待て!」と止められて肩を掴まれたが、アイリがスタッフの足を引っ掛けて怯ませてくれた。


「よし! このままクロを救出するぞ!」


「あとで捕まったりするのかしら……」


 罪悪感を抱くアイリと共にクロが気絶しているステージへ向かう。


「む! お前ら止まれ! ここは決勝戦に進出した者のみが……」


「くらえ! 水ジャバジャバ!」


「くっ! 水の中に塩を入れてやがる! 調味料の持ち込みは禁止なのに……!」


 俺とアイリはどうにかステージに上がり、クロの元へ駆け寄った。


「な、な、なんとー! ステージに乱入者だーー!!」


 MC、そんなこと言っていないではよ決勝戦終わらせろ。


「クロ! 大丈夫か! 目を覚ましてくれ!」


 俺はクロを揺さぶるが、目は漫画のキャラクターみたいにバツのまま「キュゥ〜」と鳴きっぱなしだ。


「どうするのよ、これ! 漫画のキャラクターみたいに目がバツになっているし!」


 アイリも変わり果てたクロの姿を見て動揺している。


「クロ、すまない! 俺がこんなクソみたいな大会に参加させてしまったばかりに……」


「クソ言うな」


 MCがツッコミを入れてくる。


「家に帰ろう、クロ。せめて最後の夜ぐらいは三人で美味しいもの食べよう」


 俺は涙を流しながらクロを抱えると、ピクッと動いた。


「あ、タナケン……どうしたの……?」


 朧げな表情のクロは普段よりも小さな声を出して、俺の顔を見る。


「クロ! 良かった!」


「本当、心配したんだから!」


 俺とアイリはクロに抱きつき、彼女の無事を喜んだ。


「タナケン……アイリ……ぐるじい……」


 なにかクロの声が聞こえたような気もするが、とにかくよかった!


「ここはどこ……? あ、そうだ。クロは大食い大会に参加していたんだった」


 クロは俺とアイリの抱きつき攻撃から抜け出し、席へ戻ろうとする。


「お、おい! クロ、もういいんだ!」


 俺はクロを止めようとするが、クロはぶんぶんと首を横に振る。


「キャっ!」


 後ろからアイリの悲鳴が聞こえて、振り返るとスタッフ数人が俺に飛びかかっていた。


「ぐへぇ!」


 俺は情けない声を出しながら、スタッフに取り押さえられた。


「お前達! ようやく捕まえたぞ!」


 完全に押さえ込まれてしまい、抜け出せそうにない。アイリも捕まってしまったようで「ちょっと離しなさいよ!」と抵抗している声が聞こえる。


 俺は押さえつけられながらクロに呼びかける。


「もう食べなくていいんだ! 滞納金は払えないけど、これ以上戦っても……」


「イヤ!」


 俺の声を遮るようにクロは大きな声で否定する。


「タナケン達とお別れするなんてイヤ!」


 クロはそう言って席に座り、スプーンを口に入れた。


「キュゥ〜」とまた情けない声が聞こえたが、今度は気絶せずにスプーンを必死に握りしめて耐えている。


「クロ……! 無茶だ……!」


「私ね、タナケンとアイリともっと一緒にいたい!」


 クロは涙をポロポロこぼしながらスプーンを口に運ぶ。三口、四口と普段より遥かに遅いスピードで食べる。だけど、確実に一歩ずつ食べていく。


「これからも二人と一緒にタナケンハウスで暮らすの……だからクロは絶対負けられないの……」


「クロ……お前……」


 俺は涙ぐみながらクロが激辛カレーを食べ続ける光景を見守ることしかできなかった。


「ははは!! それは無理だな!!」


 突然、隣の席に座っていた大男が笑い出して俺達を見た。


「なんだと!? お前は誰だ!?」


「俺は前回チャンピオンのメッチャ=タベールだ。今回も俺様が優勝するんだ。お前達は準優勝賞品の消しゴムを持って帰ればいい!」


「貴様……! 決勝が激辛カレーでさえなければ、お前なんて瞬殺だったんだぞ!」


「なんだ? 負け犬の遠吠えか?」


 大男は俺達を挑発するように耳を傾けるポーズを見せてくる。


「大食い選手権は食べる量だけが全てじゃねぇ。苦手な食べ物を克服してこそ真の暴食王者になれるんだ!」


 そう言って大男は自身の身体からスキル玉を取り出した。


「そ、それは……!」


 ――味覚遮断スキル(レベル4)!!!!!


「くっ……! だから激辛カレーを食べても平気なのか」


「そうさ、大食い選手権では必須スキルとして有名だが、まさか決勝に味覚遮断スキルを持っていない初心者が上がってくるとはな。ははは、今年は楽勝だぜ!」


 大男はスキル玉を見せつけながら、モリモリと激辛カレーを食べていく。しかし、大男に変化が現れる。


「うっ……!? しまった! スキル玉にしていたから味覚が……!」


 どうやら味覚遮断スキルをスキル玉にしていたせいでスキルが発動せず、激辛カレーを思いっきり食べてしまったようだ。


「うぐーーーー!!!!」


 バタッ!


 大男はそのまま椅子ごと後ろに倒れて気絶した。


「よ、よし! これなら勝てるぞ! ってクロ……!?」


 クロの方を見ると、顔が真っ赤になっていて明らかに限界そうな顔をしていた。


「やっぱりダメだ! クロ、もう食べなくていい!」


 でもクロは首を横に振る。何回も、何十回も。


「クロが負けたらタナケンはホームレスになっちゃう! クロは必ず勝たなきゃいけないの!」


 クロはそのまま激辛カレーに食らいつくが、すぐに身体が震えて気絶しかけてしまう。


「無理だ……奇跡が起きない限り、食べきれるはずが……」


 そのときだった。


 クロの体が虹色に光り輝いた。


 それはスキルを習得した際に発光する光であり、しかもただの光ではない。


 俺はその光に見覚えがあった。クロと出会った日にスキルショップで見たあの光。


 光はどんどん強くなっていき、会場全体が光に包まれていく。


「な、なに!? なにが起きているの!?」


 アイリの声はなにが起きているのか理解できていない模様。しかし、俺は確信していた。


「アレは……間違いない! レベル5スキルだ!」


 奇跡が起きた。クロはこの土壇場でレベル5スキルを習得したようだ。


 もし、あれが味覚遮断スキルのレベル5なら巻き返せる!


 クロ……! お前の勝ちだ……!


 光がクロの体へ収束していき、完全に消えた。


 そして、そこにいたクロは――寝ている!!!!!


「え……クロ? おーい! クロ!」


「ぐーぐー(クロの寝息)」


「おい! 起きろ!」


「ぐーぐー(クロの寝息)」


 あ、これ……完全にアレですわ。


 ドカ食い気絶スキル(レベル5)ですわ、これ。


「両者、続行不能により! 食べた枚数が多いメッチャ=タベール選手の優勝だあああああ!!!!!」


「ええええ! ちょっと待てよ、MC! まだクロは」


「はい、準優勝賞品の消しゴムあげるんで帰ってください」


「待てーーーーー!!!!!!!」


 こうして俺達は会場から放り出された。


 ちなみにメッチャ=タベールは優勝したものの意識不明のままという……(´・ω・`)

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