第4話
陰陽連の支部を出て1時間、俺達はとある神社──墓地というのが正しい表現だろうが──にやって来ていた。
「水沢課長、ここが話に聞く
「そうだが、加藤君は当主殿と話す時はその口調を改めるように」
俺は
「それにしても、たかが情報要請に水沢課長が
「ばっ、お前、知らないのか!?それに、そんな事を相手の敷地で言ったりするんじゃない!」
訂正しよう、連れてこなかった方が良かったかもしれん。俺が口下手で、空気が固くなりすぎないようにと連れてきたが、まさか、氏神家の事を知らないし、調べても来なかったとは。それも急に決まった案件である以上、仕方のないことではあるのだが、それが原因で悪印象を持たれないように気を付けなければ……。
「氏神家はな、この日本を守っているといっても過言ではない一族だ。その起源は1000年前の平安時代から続き、現代にいたるまで一切その在り方を変えることなくこの国のために尽くしてきた一族なんだ」
「1000年?そりゃまた胡散臭い話っすねえ……この辺だと、藤原や九条ならともかく、そんなに影響力も持たない一族がそんなに長く存続しているはずがないっすよ」
「意見は話を最後まで聞いてからにしろ」
この加藤という男、実は尊敬する課長が使い走りにされてムカついているのだが、残念ながら水沢という男は周りの事はよく見てるのに自分の事には中々気付かない男であった。後は、努力によって、かなりの若手でこの地位まで上り詰めたのに、家が凄いというだけで一目置かれていると考えて嫉妬しているという事もあるかもしれない。
普段は知りもしない相手にこうして悪感情を持ったりしない奴なんだが、何かあったのだろうか。
それでも、氏神家の事を知ればそんな事も考えないだろう。陰陽連の上層部や名家はほとんどが氏神家に対して敬意をもって接し、余計な陰謀や揉め事、派閥争いには関わらせないようにしていると聞くくらいだ。普段はあんなに権力争いに夢中なのに、氏神家に関わることだけは団結しているなんて逆に恐ろしいくらいだ。もしくは、単純に日本という国が崩壊しないようにそうしているだけかもしれないが。
「お前は死体喰らいを知っているな?」
「そりゃまあ。あれっすよね、妖怪を殺した後に死体に蛆虫のごとく沸いて、妖怪の死体を分解して低級妖怪になる奴っすよね。でも、所詮は最下位の妖怪が何を取り込んだところで低級が関の山、大したことない雑魚っすね」
「では、それが大妖怪の死体を、大妖怪が喰らったら?」
「そんなの、もう特級クラスの悪夢じゃないっすか」
「そうだ。そして、そうならないように、大妖怪の死体を守っているのが氏神家だ」
「え?」
「今でも一般人ですら名前を知っている酒呑童子や九尾の狐といった妖怪や、近年の信仰の形が変わっていくことでお隠れになられた神々やその眷属、神獣の遺体、それらは全てどうなったと思う?」
「そりゃあ、各地に封印されてるんじゃ……」
「その全て、それどころかありとあらゆるモノがこの地には眠っているのだ。それを1000年守り通してきたのが氏神家だ。何が起きようと、どのようなモノが襲ってこようが、氏神家はその全てから守り抜いた。1000年あれば、多少は歪み、正しくない道を歩む者が現れたり、莫大な権力を得ようとする者が現れる。だが、氏神家は一度もそう言った者が現れることなく存続してきた。確かに、この情報は普通なら知り得ないかもしれないが、情報管理部であるならば危険なものがどこにあるのかを把握しておくべきだったな。そうしていれば、この程度の情報なら容易く手に入ったはずだぞ」
氏神家は一度も役目を忘れることなく果たしてきた。だからこそ、安心して眠りにつく為に、陰陽師の中でも特に力を持つ一族はここに眠りにつくこともあった。
それらも全て、長い歴史の中で培われてきた信頼の証だ。そうして正しき道を進み続けた先祖を知り、また己も正しくあろうとする。そう続いて来た事がどれだけ難しいのか、俺では到底計り知れない。
「そんなに凄い家なんすね……」
「なんだ、まだ納得いってなさそうだな」
「いえ、もう大丈夫っす」
その顔には、先程まで残っていた不貞腐れたような雰囲気は消えており、少し眉はひそめているものの、飲み込もうとしている様子だった。
「それに、俺も総長の言葉を聞いてなかったわけじゃありませんから。確かに不満はあったっすけど、仕事はしっかりこなすっす」
説明したお陰か、さっきまではやりたくない仕事を適当に終わらせようとしていると感じていたのだが、今の彼は少なくとも興味のある仕事に対して真剣に取り組もうという意思を感じた。
「では、時間も丁度だし向かうとするか」
「はいっす!」
出発前に総長に軽く聞いたのだが、どのような人物なのだろうか。確かこんな事を言っていたような『17歳で学業と家業を両立していて、良い子だからくれぐれも粗相のないようにな……ただ、良い子なんだが、なんつうかな……
回想していた時、目的の人物が現れ、そこで一度止めて挨拶に入る。
「陰陽連の方でしょうか?」
「はい、私は陰陽連、情報管理部課長の水沢正輝と申します。こちらは私の補佐の加藤です」
「情報管理部課長補佐の加藤重信です、よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも、私は当代の氏神家当主、氏神岬です。よろしくお願いします」
その少女はどうぞと告げて中へ案内してくれた。
氏神家は偉大な一族であることから、さぞや立派な屋敷なのだろうと思っていたが、至って普通の屋敷であった。一般的に見れば十分広いのかもしれないが、この規模は古くからの名家の多い陰陽師界隈ではかなり小規模な方だろう。
「すみません、お恥ずかしながら掃除中でして、片付けが終わっていなくて……道中見苦しいかと思いますが、ご容赦ください」
「いえ、我々こそ、そんな忙しい中時間をとっていただきありがとうございます」
本当に、つい先程まで掃除をしていたのか、廊下の奥にはバケツに雑巾が掛かっているし、障子も幾つか外されているのが見える。
話を聞くだけではしっかり者のイメージがあったのだが、少し抜けている所もあるのだと知れた気がして、少し安心した。
「ありがとうございます。では、早速お話を聞いてもよろしいでしょうか?」
それから、求められていた情報の説明に入ったのだが、その内容はとある事件で取り逃がしていたことが発覚した鈴の付喪神が氏神家に依頼をしに来たので、詳細を得たいという事だった。
その事件は、そもそも鈴に付いた妖怪だったはずなのに、鈴の付喪神であったり、退治したと報告されていたが、失敗を隠すための嘘の報告がされていたりと散々だったが、その鈴がどういった経緯でそこにあったかは判明していたので、その辺りの情報を共有した。
その事件までの鈴に関する情報こそあれど、逃げた後の事はあまり判明していないのだが、それだけでも構わないという事だった。むしろ、聞きたかったのは其処だったようにも感じた。
「なるほど、とても助かりました。知りたかった情報が聞けて満足です」
「それなら何よりです。ですが、発見当時から既に3年は経っていますし、その間にどのような力を身に着けているかもわかりません。安全のためにも陰陽連から護衛を派遣して貰うのはどうでしょうか?」
そもそも、この件は子供の手に負えるような事態でもないと思ったからこそ、もっと助けになると伝えたかったのだが、俺はこの提案をしたことを色んな意味で後悔する羽目になった。
「いえ、それは大丈夫です。長々と説明ありがとうございました。出口まで案内しますね」
それまで、何の問題もなく、聡明な子供なのだろうと考えていたのだが、その質問をした瞬間、何か違和感を感じた。そう、何かが違うような感覚が。隣の加藤は気にならなかったらしく、帰り支度を始めていた。
そう、何かが……そういえば、総長は最後に言っていた。
『なんつうかな……人間として大切な何かが欠けてるような気がしてな』
それを思い出した瞬間から、冷や汗が止まらなくて、けれどどこか納得している自分もいた。
普通にしか見えない、その目には何が見えているのか。俺は何が地雷に引っかかったのか、何を間違えてしまったのか、それが分からないことが何よりも怖かった。
そのまま、逃げるように外に出て、敷地の出口に着いたその瞬間……
「陰陽連が
第二の試練が訪れた。
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