第2話

 悪い予感は的中した。


 放課後、いつものように帰宅部RTAをしていると、廊下を歩いている途中で後ろから同学年の女子に声をかけられた。黒ギャルだった。


 そのまま黒ギャルの言うとおりに屋上に連れてこられた優太朗は、今、屋上でその黒ギャルと向かい合って対峙している。


 彼女の名前は秋津あきつかなで。話したことはないけど知っている。たぶん学年中が知っている。陽キャというのは声がでかいし交遊関係が広いから、どこにいても知り合いと盛り上がっていて目立つ。


 加えて奏には華がある。日に焼けて健康的な褐色の肌に、金糸のように長く艶やかな金髪、モデルのように小さく整った顔は、人を惹き付ける。


 そんな彼女と向かい合った感想は、恐ろしいの一言だ。


 陰キャにとって金髪褐色ギャルというだけで天敵なのに、それに加えて射殺すように鋭い目つきに、どんな打撃も無効にするふくよかな胸部装甲、遠心力を乗せた蹴りを放てそうなすらりと長い脚。


 何より身長タッパがある。自称170cmの優太朗と同じか少し高いくらいなので、彼女の身長は170cmだろう。1対1で正々堂々と殴り合ったらボコボコにされるだろう。まったく勝てる気がしなかった。


 普通に過ごしていればまったく関わらない陰キャをなぜ呼び出したのか。なぜ睨んでくるのか。なぜさっきから黙っているのか。カツアゲか?


 優太朗の胸中に不安と恐怖が渦巻いて冷や汗を垂れ流していると、奏はようやく口を開いた。


「付き合ってよ」


「ど、どこに?」


 コンビニくらいなら大丈夫だけど、グッチやシャネルみたいなブランド店だと詰む。


「そういうんじゃないから。分かるでしょ」


 キッと睨まれてキュッと心臓が縮む。財布としてついてこいやぁ! という意味ではなかったらしい。


 ではどういう意味? 不純異性交遊? ありえない。陽キャが陰キャに惚れるなんてありえない。太陽が東から昇るくらい自明の理だ。


 だから勘違いなんかしない。彼女の頬が少し紅潮しているように見えるのは、傾き始めた太陽の日差しを強く浴びているからだと見抜ける。優太朗は空気を読める陰キャだ。


 じゃあ他に何があるだろう?


 優太朗が思い出したのは、今朝夢に見た小学生の時の黒歴史のことだった。


 今回も似たようなもんだろうと思った。友達と何らかの遊びをしていて負けた奏が罰ゲームで告白することになったのだろう。そしてその様子を友達は陰から見て嗤うのだろう。


「ど、どこを、好きに、なったんですか?」


「真面目で優しくて賢いところ」


 ほら、やっぱり! 罰ゲーム確定じゃん!


 優太朗は心の中で叫んだ。


 いるんだよなぁ、おとなしいだけで真面目で賢い奴だって決めつける奴。ただの臆病な自尊心と尊大な羞恥心を兼ね備えた家猫なだけだっつーの。だいたい気づこうよ。あなたと同じ学校に通ってる時点で馬鹿だって。


 優太朗が冷めた目で見てると、まだ疑われていると思ったのか、奏はデタラメなエピソードを追加してきた。


「あ、あと小2の時のさ、国語の音読の時に、アタシ漢字が分かんなくて皆に笑われたんだけど、中森だけ笑わなかったんだよね。それから気になるようになって」


 まったく記憶にない。そんな昔の些細なこと覚えてるわけない。絶対捏造だ。昔のことなんか覚えてるわけないっしょ。爆盛りしちゃえ! みたいなノリだ、絶対。


 それにもし本当だったとしてもまったく心絆されない。だって絶対に心配なんかしてないから。覚えてないけど言いきれる。自分が同じ立場になったらって、共感性羞恥大爆発させて、戦々恐々としてただけだ絶対。


 でも優太朗と小中の時に一緒だったことを覚えてる記憶力とクラスが同じになった学年を卒業アルバムから調べてくる熱意は感心に値する。いや、もっと違うことに力を入れろよって話だが。


「それで?」


 なかなか返事をしない優太朗にしびれを切らしたのか、奏は苛つきを隠せていない声音で催促してきた。


 眉間に寄る皺も深くなっていた。まさか私の告白を断るわけないよなァ? という圧力を感じた。もう引き延ばせないらしい。


 フゥと息を吐く。


 仲間内の罰ゲームで告白してきて人の純情を弄ぶような奴に対する返事なんか一つしかない。


 腹をくくって返事をする。


「よろしくお願いします……!!」


 だってしょうがないじゃん。小学生の時みたいに怒って手を出したら当然いじめられるし、手を出さなくても普通に断っただけで「ノリ悪っ」「生意気」とか言われていじめられるんだもん。


 優太朗は心の中で言い訳する。


 それなら一時嗤われて馬鹿にされるけど、それで満足してお帰りいただいたほうがいい。覚悟はできてる。さあ、来い。


 目を瞑って相手の反応を待っていると、


「ま!?」


 よく分からない音が聞こえてきた。


 ま?


 どういう意味だろうと顔を上げてみると、彼女の顔が弾けていた。そんな表現がぴったりくるほど目と口が大きく開いていた。


「ままま!?」


 ままま?


「うれちぃ~!」


 奏は顔に両手を添えて、心底嬉しそうにはにかんだ。嘘告白をしてからかってくる奴とは思えないほど、かわいくて無垢な笑みだった。


 ニコニコ笑っている。


 ニコニコ笑っている。


 その先は? 優太朗の視線に気づいた奏はえーと、と視線を彷徨わせた後でこちらを向いて言った。


「じゃねっ」


 小さく手を振って気まずそうに微笑んだ彼女は、優太朗の横を通り過ぎて、小走りで去っていった。


 あれ、ネタバラシは? 校舎内に続く扉とか物陰とかからお友達がぞろぞろ出てきて”ドッキリでした”パネルを掲げて見せてくれるんじゃないの? ネタバラシしないタイプのドッキリなの? 放置プレイなの?


 優太朗は呆気に取られてしばらく呆然としていた。どれだけ待っても何も起きないので、扉を開けて校舎の中を覗く。


 しかし人が潜んでいる気配はない。


 よく分からないが、どうやら無事に乗りきったようだ。ずっと張っていた緊張の糸を解く。


 フゥと安堵の息を吐いて帰路についた。


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