遠い国の返事

@Kyomini

第1話 第一部 どこかの国へ

私は分厚いプラスティックのボトルに入れられた「手紙」。そして私を書いた人が私を海に流しました。その人は私が波間を漂うのをじっと見送ってくれました。私の相棒はボトルさん。ボトルさんがくるっと回って私を書いて流した人の方に向きました。ぼんやりとその人が見えました。私にどこに行ってほしいのかしら?私にはわかりません。けれどそれから私の長い長い旅が始まりました。

 

私は手紙。 波の上を ぷかぷかふわりふわりと漂ったり 海の中を ぐぐぐっともぐったり。 渦がいっぱい巻いている処を通ってくるくるくるくるって 回ってしまって目が回りそうになってしまった時もありました。

「ボトルさん、しっかりして。大丈夫だよ。がんばろうね。」

 私は私を入れているボトルさんを励ましたりしながら進んでいきました。


しばらく行くと、二、三匹で泳いで居るとても綺麗な赤色をした魚に出会いました。

「こんにちは」

と声をかけると

「こんにちは。あなたはメールボトルね。どの辺りから流れてきたの?」

 「分からないけど、海に流されてからまだそんなに長く漂ってはいないと思うの。」

「だったら、大きな渦があった?」

「はい、巻き込まれそうになって目が回りました。」

「だいたい分かったわ。あなたがどの辺りから流されたか。そしてこれから長い旅をするのでしょ。気をつけて行きなさいね。」

「ねえ、あなたたちは赤くてとっても綺麗。何というお魚さんですか?」

「私たちは鯛よ。この辺りに棲んでいるの。もっと違う海域にも仲間達は沢山いるけど、あの渦。あの渦で鍛えられて私たちはとっても美味しいの。だから人間達が喜ぶの。」

私はびっくりしました。人間に食べられてこの鯛さんたちは嬉しいのかしら?不思議に思ったので聞いてみました。

「そう、もちろん長く生きてはいたいわ。でもね、鯛って人間のお祝いの時に喜んで食べられるの。哀しい時には食べないわ。必ず何か幸せなことがあった時に食べられるの。それって嬉しいじゃない!だから私たちはこうやって泳いでいるけど、もし人間に捕まったらその時は、『ああ、喜びを一緒にお祝いできるのね』って思って、なんというかなぁ・・お役に立てて・・・・私たち生まれてきて良かったって思うの。」

私は感心してしまいました。鯛さんたち偉いなって。私も自分のお仕事を必ずやり遂げなくちゃと思いました。鯛さんたちと別れてかなり長く漂いました。


たくさんの小さな魚の群れにも出会いました。

「 あなた達は誰?」

と聞くと

「僕たちはイワシだよ。いっつもみんなで泳いで居るんだ。この辺り。あまり海岸からは離れないよ。何故かって・・ああ、聞かれていないね、でも話すよ、海岸から離れるとフヨフヨがあんまりいなくなるんだ。それに大きな魚も多いしね。食われてしまう。まあ、海岸の近くにいたらそれはそれで人間に捕まってしまうんだけどね。」

 イワシさんは結構おしゃべりでした。フヨフヨってなんだろうと思ったけど話が長くなりそうだから私は聞きませんでした。

「 君はどこへ行くの?」

  そう聞かれたけれど 私は自分がどこへ行くのか知りません。

「わからない・・・どこに行くのかしら?」

 そう答えるとイワシさんたちは、つまらないって感じでさっさと泳いで行ってしまいました。

 私たちは何日も何日も漂っていました。波に流されていたと言ってもいいでしょう。いったいどのぐらい流れていたのでしょう。もう日にちも分からなくなってしまいました。 最初は暖かい海だったのに だんだんと冷たくなってきました。 そしてとうとう 寒く寒く なってきました。


 私はこのまま凍ってしまうのかな? と、ちょっと怖くなりました。 凍ってしまったらこのボトルはパンと割れてしまうんじゃないかしら? パンと破れてしまったら 私が飛び出て私は紙でできているから水で濡れたらボロボロになって、もうどこへも行けなくなります。せっかく生まれてきたのに何もしないうちに終わってしまうなんて。

「すごく寒いね、冷たいね。割れないで我慢してね!」

 私はボトルさんのことがとても心配でした。ボトルさんがぶるぶるっと震えながら、それでも冷たい水の中で必死でこらえているのがわかりました。


 ブルブル震えながら漂っていると 大きな大きな黒い影が見えました。 一体何だろう と思ってよく見ると それはとっても大きな生き物でした。 そして優しい目をしていました。その大きな生き物は私に気がついてくれました。

「 君は メールボトルだね。 メールボトルは どこかに行かなくちゃいけないんだよね。でもこの海では 君は凍えてしまうよ。よく今まで無事でいられたね。そのボトルはとても強いのだろうね。さあ、 私の口の中にいなさい。 飲み込んだりしないから心配しなくていい。 私の口の中はとっても大きくて広いから君がいても邪魔にならないよ 。」

 そう言って私をパクッと口の中に入れてくれました。私もボトルさんもほっと一安心しました。


 「助けてくれてありがとう。 あなたの口の中は本当に広くてとっても暖かい。この歯と歯の間にいていいかしら?」

「構わないよ 。どこでもいいよ。君の居たいところに居てくれたらいいよ。」

 そう言ってくれました。

「 あなたは誰?」

「私はくじら。 たぶんくじらの仲間の中で一番大きなマッコウクジラ。」

「大きなお魚さんなのですね。びっくりしました。今まで漂ってきてたくさんのお魚さん達に会いましたが、あなたみたいに大きなお魚さんは初めてです。」

「私は魚では無い。だからと言って鳥じゃない。極端に言うならば人間と同じ仲間だよ。

海の中には魚では無い生き物もたくさんいるのだよ。人間が私にPHR07と言う名前をつけた。」

「人間と同じ仲間?そして人間があなたに名前をつけたのですか?」

 人間と同じ仲間と言う意味がわかりませんでした。でもそれを聞いて私に理解できるのかどうか自信がなかったので尋ねることをやめました。

「そう、これは私たちを守ってくれる為の名前なんだよ。めちゃくちゃに捕まえてしまって私たちの仲間がうんと減ってしまわないように。人間が守ってくれる。だから私も何かお返しができたらいいなとずっと考えていた。君は人間が書いた手紙。どこかにたどり着かなくてはならないメールボトル。こんな冷たい海でかちんかちんに凍ってしまったらもうどこにも行けなくなる。君を助けてあげることができて、ほんの少し人間にお返しができたかもしれない。

 君は私が出会った19番目のメールボトルだからメールボトル19と名前をつけてあげよう。」


「くじらさんありがとう。 私を書いた人が私を海に流したの。 私はどこかに流れつかなくちゃいけないの。 ここで凍えてボロボロになってしまうわけにはいかなかったの。とても助かりました。ここはどこ?」

 「ここは地球の随分北の方なんだよ。北極海と言う海。だからこんなに水が冷たいんだ。君はねきっと南の方から流れてきてオホーツク海を通ってベーリング海に入ってそこから北極海に流れて来たんだと思うよ。よくもまあ、こんな複雑なルートを通ったことだ。よくここまで頑張ったね。

海には海流というものがあってね。ただ水がいっぱいで波が起こっているだけじゃないんだ。そこここで、流れがあって、海の水はその流れに沿って動いている。君は北へ行く海流に乗ってしまったんだな。もし君が東へ流れていったらこんなに寒くは無く、人のたくさんいる国にもっと簡単にたどり着けたかもしれない。」

「そうなんですか?私は何も知らなくて。今まで海岸も見えたけれど、人がいるような海岸はなかったです。」

「うん、あまりに寒い地方だから人は住んで居たとしても、海岸の方には町などないだろうしね。

私はこれから長い旅をして北海という所に行って、それから少し南に下がっていく。 南に下がったらもう少し暖かくなるからそれまでは私の口の中にいたらいいよ。」

  くじらさんはそう言ってくれました。私は『このくじらさんはとっても物知りだな』と思いました。くじらさんという生き物は北の方に棲んでいるのでしょうか?この冷たさもなんともないみたいだし。それを尋ねてみました。このくじらさんには何でも聞いて良いような気がしたからです。


 「いや、そうではない。クジラの仲間にも北のほうは嫌で南の方を泳いで居る種類もいるんだ。みんな自分の居場所があってね。一番気持ちがいい処を住処としている。マッコウクジラはほとんど北の方に住んで居る。ああ。そうだ。こんな歌が・・・私が子供のころ流行っていてね。マッコウクジラたちがよく歌っていた。

♫ マッコウクジラのガンちゃん。渡り鳥のおじさんにぃ♫ 南の話を聞いたぁ、ショック!氷の張らない海やぁいつでも笑顔の太陽!・・・・あ、すまん、思わず歌ってしまった。ゴホンゴホン」(NHKみんなの歌より)

くじらさんはそう言って少し照れているようで、ちょっと可愛いなと思いました。

「・・・オホン、しかしだな。いくらマッコウクジラと言っても全部が全部北が好きだと言うわけでは無い。個々で違いがあるんだよ。中には南が好きだと言うマッコウクジラもいる。そういうものを変わっているなぁとか変なやつだななんて考えてはいけない。それぞれの個性の違いを受け入れ合うのが大切なことなのだ。

 私は北海まで行ってそこから少し南に下がると言っただろう。南の海の好きな友達に会いに行くんだよ。私は少しぐらい南に行ってもなんてことはないが、南に住んで居るものが北に来ると凍えて死んでしまうこともあるからな。だから私の方から会いに行く。」

ああ、そうなんだ・・・と私は思いました。北に棲む生き物の方が強いのかもしれない。確かにこんな氷の海ではほとんどの生き物は生きられないだろうし・・・

 「あなたの邪魔にならないのだったら、北海に着くまで 口の中にいさせてくださいね。 今外に出るのは とっても怖い。」

  私はそうお願いしてボトルさんにも

「良かったね。ここ暖かいね。優しいくじらさんに出会えて良かったね」

と言いました。ボトルさんもほっとしたように見えました。旅は長いです。マッコウクジラさんはいろいろなお話をしてくれました。私は生まれたての赤ん坊のようなものだからどんな話もびっくりしたり感心したりとても勉強になりました。


 「暑い地方には熱帯魚というのが居るらしい。私はまだ会ったことはない。君も南に行くことは無いだろうから多分会えないと思うが。色とりどりでとてもカラフル、綺麗な魚たちだそうだ。人間はそれらを家で飼う。家族の一員として家で飼ってその綺麗な色や形を楽しむらしい。」

「食べないのですか?」

 「うん。家族の一員だから食べるための魚では無い。まあ、熱帯魚には少々失礼かもしれないが食べても美味しくないらしい。だが北の魚は違う。だいたい地味な色をして家で飼われるなんてことはまずないなぁ・・・・だがうまい!非常にうまい。荒海に棲んでいる魚たちは厳しい自然の中で生きるから、鍛えられて身が引き締まる。だからうまいんだよ。人間達はそんな魚を食べるのが大好きだ。」

「あ、私、旅を始めてすぐぐらいに赤い色の綺麗な鯛さん達にあいました。自分達は渦のある海で住んでいるからとても美味しいのだと自分で言っていましたよ。」

「ああ、鯛は私も知っている。鯛は結構あちこちの海で生きられる魚だから何度も会ったことがある。君が出会ったのは渦のある海域で棲んでいたのか・・だったらうん、非常にうまいだろうなぁ・・・」

おや?マッコウクジラさんは鯛さんを食べたいのかな?と私は思いました。鯛さんは誰にでも食べられたくなるぐらい美味しいのだろうなぁ・・・と思ったのです。

 あれこれ話を聞いてとても楽しく旅を続けていましたが、私やボトルさんは寒い海で疲れ切っていたのでそのうちうとうとし始め、それに気がついたくじらさんが眠っていなさいと言ってくれました。

 私たちは温かいくじらさんの口の中で久しぶりにぐっすりと眠りました。


突然くじらさんが大きな口を開けました。 その途端にとっても冷たい水が一気に口の中に入ってきました。 ボトルさんは流されてしまわないように くじらさんの歯と歯の間に一生懸命挟まって 我慢しました。 こんな大量の水に流されてしまったら大変。それになんと冷たいことでしょう。くじらさんが今は北極海だよと言ったけれども、 くじらさんに助けてもらわなければ、こんな冷たい水の中で私達の旅は誰に拾われることもなく終わってしまったかもしれない。 本当にくじらさんの口の中に入れてもらえてよかった。私はそう思いました。


 くじらさんは口の中に入った海水を全部ピューと吐き出すと私たちに ごめんごめんと謝りました。

「 驚いただろう。冷たかっただろう。 本当にごめんね。 いやね、仲間がいたんだよ。 広い海だから仲間に会える事ってあまりないんだ。 それで嬉しくなって話をしてしまった。 話をしたから水が入ってきてしまった。 大丈夫かい?」

 「驚いたけど大丈夫です。くじらさんお友達に会ったんですね。 それは嬉しいですね。 お話ししたいですよね。 私は友達がいませんが きっとたどり着いたところでいいお友達ができると信じています。」

「海はとても広い、地球は大きいんだよ。自分だけで泳いでいるのは気軽でいいんだがやっぱり寂しい時もある。だから知り合いに会えてつい。申し訳なかった。」

 くじらさんはそう言って謝ってくれたけど、私だってボトルさんとだけで流れているとやっぱり寂しいもの。くじらさんが友達に会えて嬉しかった気持ちはよく分かります。私にもいつもお話できる友達ができるといいなぁ思ったのでした。


そうして旅を続けれているうちに 真っ白な大地が見え始めました。

「 あれはアイスランドだよ 。そして向こうに見えるのがグリーンランドだよ。 もうすぐだよ 。もうすぐ北海にたどり着くよ。」

  くじらさんが教えてくれました。


 北海に辿り着くのは嬉しいけれど 仲良くなったくじらさんとお別れするのは寂しかったのです。 それでもここまで連れて来てもらったんですもの。 くじらさんに感謝感謝。


 やがて北海に着きました。 あちこちに入り江が見えています。 この辺は島が多いのでしょうか? それとも土地はずっと繋がっているのでしょうか? 私には分かりませんでした。


 「さあメールボトル19、北海に着いた 。ここで君とはお別れだよ。 ここから先は 海流に乗って流れていけば バルト海というところにたどり着くよ。

 バルト海の周辺にはとても素晴らしい国々がたくさんあるんだ。 その中のどこかに辿り着くといいよ。きっと君は素敵なお友達に巡り合えるよ。」

そうくじらさんが教えてくれました。


「くじらさんありがとう。くじらさんのこと絶対に忘れません。 またどこかで会えたらいいけど。ずっとずっと一緒にいたいけど 私はどこかに辿りつかなくちゃならないからこれでお別れします。 本当にありがとう。くじらさんも元気でね。」


 マッコウクジラさんは思いっきり高く高く潮を吹き上げました。それは私たちへのエールでした。黒い巨体がすごくかっこいいなぁと私は思いました。


 くじらさんと別れた私たちは 流れに乗ってまたぷかぷかふわふわと海を漂って行きました。 しばらく行くとまたまたたくさんの魚の群れがやってきました。


「あなたはだあれ?」

「 私は手紙。 メールボトルって言うの。」

 「あーそれだったら 人のいるところにたどり着かなくちゃいけないわね。 私たちはニシンの群れよ。この辺にはたくさんの国があるの。 でも海岸にたどり着いても誰もいないところもいっぱいあるのよ。 人のいるところにたどり着かなくちゃね。私たちが良い所にあなたを連れて行ってあげる。人間は私たちを捕まえるのが好き。だって私たちって美味しいらしいからね。でも私たちは人間の住んでいる近くまで行くのよ。」

「どうして食べられるってわかって居るのに、人間の住む近くまで行くのですか?」

「結構冒険なのだけどね。海岸の近くには私たちの大好きなフヨフヨがたくさんいるの。それを食べるために行くのよ。」

 私は最初に会ったイワシさん達がフヨフヨの事を言っていたのを思い出しました。

「あのぉ、フヨフヨって何ですか?前に会ったイワシさん達もそう言っていました。」

「私たちはフヨフヨって言っているけど、ちゃんとした名前はプランクトン。すごく小さくてフヨフヨ漂って居るからそう言っているの。そうそう、プランクトンではないけれど小さい小さいエビもいるの。それらも美味しいのよ。

 エビってすごく大きいのもいて、私たちなんかよりよりずっと大きいのもいるの。だけど反対にむちゃくちゃ小さいのもいてね。小さいのはものすごく寒い海でも平気なの。すっごく美味しいのよ。」

私は思いました。魚さん達は魚やそのほかの海の生き物を食べて生活しているのだ。その魚さん達を人間が捕まえて食料にしている。人間は誰にも食べられないの?一番強いの?浮かんだ疑問はなかなか消えませんでした。でも今は自分の使命を果たすことが先決。

「ニシンさん達ありがとう。よろしくお願いします。」

 私たちはニシンさん達に守られてどんどんと進んでいきました。 そしてとうとう一つの海岸でニシンさんが言いました。

「 ここがいいと思うわ。 ここは素晴らしい国 。きっとあなたはいい人に拾われると思う。 だからここの海岸であなたを見つけてくれる人を待っていてね。」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る