仲間入り(1)


 数日後の午前。紡生つむきはお礼の品をもって、あわせ屋の門の前に立っていた。

 お世話になったから、お礼をしに来たのだ。とりあえず無難ぶなんな菓子折りを持参したが、これでよかっただろうか。

 いろいろと悩んだのだが、残念ながらあの男性の好みなど分からなかった。それどころか、名前すら知らない。たぶん、お互いに。


(だって、自己紹介とかする時間もなかったもんね)


 つまり、名も知らぬ人の前で大泣きしてしまった、ということになる。冷静になると、とても恥ずかしい。


(大学生なのに、これじゃあ子供みたい……)


 あの姿は、今思い出しても幼子のようだったと思う。絶対に引かれた。間違いなく、ドン引きだろう。

 けれど、恥ずかしいからとお礼もしないのはいただけない。

 紡生は意を決して、扉を開いた。


「「あ」」


 紡生が門をくぐるとすぐに、竹ぼうきで庭の掃除をしている男性と鉢合わせる。

 屋敷に入って呼び出す算段が、早くも崩れた瞬間だった。

 明らかに驚いた表情の男性は、固まったまま凝視してくる。紡生とて、突然のことで驚いたが、お互いに見つめ合ったまま固まっていても仕方がない。

 紡生は、勢いのまま口を開いた。


「あ、あーっと。こんにちは。小宮こみや紡生つむきと言います! あ、あの、お礼を持ってきました!」

「え、あ、は? お礼?」

「はい。あの、お菓子なんですけど、甘いものって大丈夫でしたか?」

「え、あ、あぁ。平気。ご丁寧に、どうも。……えっと。とりあえず、上がる?」

「あ、じゃあ、お言葉に甘えて」


 予想外の状況だったが、紡生よりもむしろ男性の方が狼狽うろたえていた。お菓子を受け取って屋敷に招いてもなお、頭の上に「?」が飛んだままだ。


 通されたのは、前回も上がらせてもらった、囲炉裏いろりの部屋。座布団を渡され、お茶とお茶請けを出されて、向かい合って座った。


「えっと、その節は大変お世話になりました。感謝しても、しきれません。本当に、ありがとうございました」


 紡生がお礼を告げると、ようやく男性は正気に戻ったらしい。ハッとした顔で口を開いた。


「いや、それよりも。あんた、どうやってここに……。ていうか、なんで入れた?」

「え? なんで、と言われても。鍵は開いていましたし。あれ、もしかして定休日とかでしたか?」

「いや、そういうわけじゃ……。というか普通の店じゃないし。呼ばれない限り、ここにはたどり着かないはずなんだけどな……」


 男性は頭をガシガシと掻きながら、ひとちた。何か不都合が会ったのだろうか。



「それはね!」


 確かに、相手の都合も考えずに来てしまった。もし迷惑なら、お暇した方が良いだろうか。と考え始めたとき、ふと鈴を転がすような声が聞こえてきた。

 目の前に座る男性の声じゃない。また別の、女の人の声だ。

 きょろきょろと辺りを見回すが、人の姿はない。では、一体どこから聞こえてきたのか。


「こっちこっち!」


 声は紡生のすぐ下から聞こえてきた。視線を向けると、何度か見かけた、がちょこんと座っていた。


「……? 猫ちゃん? あれ、でも声が」

「あたしよ!」


 紡生がきょろきょろすると、白猫は片方の前足をあげて、招き猫のようなポーズを決めてきた。ピンクの柔らかそうな肉球が見える。可愛らしい。……じゃなかった。今、何が起こった? 猫が……。


「……え? ねっねねね、猫がっっっ!」


 そこまで考えると紡生は驚きにのけぞった。あまりにも驚き過ぎて、そのまま一回転してしまう。


「「おおー」」

「⁉ えっ⁉ えっ⁉ なに、どういう」


 きれいな一回転に、男性と猫が歓声を上げるも、紡生はそれどころじゃない。

 どういうことだ。猫がしゃべった? 猫ってしゃべるんだっけ? もしかしてロボット? いやでも温かかったはず。

 そんな言葉ばかりが駆け巡り、答えはでない。


「落ち着いてー。猫がしゃべるのがそんなに不思議?」


 コクコクと高速で頷く。紡生の常識では、猫は人間の言葉をしゃべることはないはずだ。いや、猫語ねこごはあるとは思うし、猫と話せたら楽しいだろうなとは思っているけれども。


「う~ん。でも、しゃべる猫って、何匹かはお話の題材になっているでしょう?」

「え。た、確かに……?」

「あたしもその部類の子だと思ってくれればいいのよ」

「え、ええー?」


 思い当たる話は何個かある。猫が先生と呼ばれていたり、猫がラーメン屋を営んでいたり。そう考えれば、しゃべる猫がいてもおかしくはない……、のかもしれない。


「少し落ち着いたかな? じゃあ改めて。あたしはアメ! 今日貴方をのは、紛れもなくあたしよ!」


 アメと名乗った白猫は、毛艶の良い胸を張った。表情もなんとなくドヤっとしている。


「やっぱりあんたか。何勝手なことしてくれてんだよ」


 どう反応していいのか分からずに固まっていると、男性が呆れたように声を上げた。

 いかにも不満げな表情で、アメを見下ろしている。けれどアメは動じた様子もなく、数を数える様に指(爪)を出した。


「だって~。こんな人材、見逃せないでしょ! 行動力もある。礼節れいせつもわきまえている。いかにも怪しいミケを、何度も尋ねてくる度胸どきょうも持ち合わせてる。それに何より、猫を思う気持ちは本物! あわせ屋には必要な人材じゃない!」

「だからってオレになんの相談もなく」

「だってミケ、連れてくる前に話したら、絶対拒否するじゃん」

「分かってんなら、やるなよ」


 ぎゃあぎゃあと言い合いをする二人(?)をよそに、紡生は言われた意味を考える。


 自分を呼んだ猫はしゃべる猫で、あわせ屋に必要な人材だと思われたから呼ばれた。だからここに入れた、とそういうことだろうか。


(いやいや、まさか)


 そもそも「あわせ屋」のことも詳しく知らないし、この人達のことも知らない。というか、しゃべる猫ってなんだ……?

 ミケ、と呼ばれていた男の人も猫としゃべれるし、「あわせ屋」になるには猫としゃべることが必須ひっすなのでは?

 自分には、そんな力などない。だから、どうしてそんな話が出てきたのか分からなかった。


「え、ええと。あの、わたし、猫と喋れたことなんて、ないですよ……?」


 そう告げると、四つの目が紡生を振り返った。


「必須じゃないから大丈ー夫! あたし達が特殊とくしゅなだけだから!」

「え、そうなんですか」


 どうやら猫としゃべれることが条件、というわけではなさそうだ。


「そうそう。あたしはほら、狛猫こまねこだからしゃべれるだけで。ほとんどの猫は、人語は話さないよ」

「そうなんだ……ん? 狛猫って、狛犬と同じ? 神社を守るっていう、あの……?」

「そうそう。神社を守護し、けがれをはらうっていう、あのこま化身けしん。それがあたし! 神様のお使いとも言えるわね」

「大変申し訳ありませんでした」

「って、ええ⁉」


 紡生は即座に土下座どげざの体勢になった。冷たい汗が、首筋を流れ落ちる。

 神様のお使いということは、神様のお仲間ということだ。ということはつまり……。


(わたし、神様をナデナデしていたって事じゃん‼)


 紡生の頭の中では、以前の自身の行動が思い起こされていた。アメの頭を撫で、腹を撫で、こねくり回した自覚は、残念ながらある。

 だって知らなかったから。普通の猫だと思っていたから。誰が考えるだろう。その猫が神様だなんて。いや、考える訳がない。


(終わった。わたし、完全に終わった……!)


 普通に考えて、恐れ多すぎる。そして不敬ふけいにもほどがあるだろう。もしかして、何か罰を与えるために呼んだのではなかろうか。

 紡生は小さくまとまりながら、がたがたと震えた。


「ちょ、まってまって。やめてよ、土下座なんて! あたし怒ってないよ? 罰を与えるつもりなんて、これっぽっちもないって!」

「ナデナデして、申し訳ございませんでした」

「あれはあたしが撫でてってやったからだし。落ち着こ? ね?」

「ごめんね、むぎ。楽しんでから逝くって言ったのに、すぐに逝くことになりそう」

「おおーい。話きいて~」


 ヒンヒンと泣く紡生と、あわあわと慰めるアメは、しばらく続いた。

 ちなみにミケと呼ばれた男は、半笑いで見ているだけだった。


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