影道仙、少女の正体を推察するの事(その三)

丹生都比売にうつひめ……だと?」



影道仙ほんどうせんの言葉に頼義の耳が反応した。正確に言えば頼義の中にいるが。



「そうですよ『八幡神』さま。貴方にも所縁ゆかりの深いあの『』ですよ、わたくしの予想通りなら、ね」



影道仙が意味深な含み笑いを浮かべながら頼義に語りかける。頼義の閉じた目がいま再びゆっくりとその瞼を開け、彼女の中に眠る「八幡神」がその姿を現して行く。



「ふふん、『私』は別に己の素性を隠し立てしているわけでは無いがな。まあ概ねお前の想像している通りであろうよ。よく勉強しておる。陰陽師などの元に置いておくにはちと惜しい人材よな」



そう言って「八幡神」は影道仙の頭を撫でる。どうやら「彼」はこの陰陽師の少女をいたく気に入ったらしい。



「おい、いつから聞いてやがったんだテメエ」



金平があからさまに不機嫌な声で「八幡神」に詰問する。頼義が「八幡神」を顕現させる時はいつもこうなってしまう。金平はまだ彼女の中にいる「神」の存在を受け入れられていない。



「いつからも何も、『私』は頼義わたしなのだからいつだって聞いておるさ。お前がひとりでセン……」


「だから俺の話はいい!!なんでまたしゃしゃり出て来やがったんだよこの野郎!?出るなら出るでさっさとあの『悪路王あくろおう』とやらをぶっ倒しに行こうぜ!!」


「いやだよーん」


「なっ……!?て、テメエ!!」



金平はとっさに頼義の襟を掴みかかる。頼義の……中身は「八幡神」という古代の神霊の現し身だと分かってはいても、彼女のその顔でこのようにふざけた態度を取られるのが金平にはたまらなく不快だった。



「前にも言うたであろう。『私』のこの力は邪悪な異界を拠り所とするモノにのみその力を発揮すると。純粋な大地の霊気の結晶たるあの者には手出しなぞできぬわ」


「そんなこと言ってんじゃ……あ、今なんつった?同じ……なんだって?」


「今言った言葉も聞き取れんのかお前は。この娘とあの巨人はよ」


「……なん、だと?なんだよそりゃあ!?」



急に怒鳴り声をあげる金平に驚いて懐にいたがびっくりして大声で泣き出した。これには金平だけでなく「八幡神」も慌てふためいてしまい、神の威厳もどこへ行ったか金平と一緒になって必死に泣き喚く幼女をあやした。



「ふう……いやはや、赤子を育てるというのはまこと大変な事よな。男どもはもっと世の母親様たちに感謝の意を感じるべきだわい」



ようやくが落ち着きを取り戻したところで「八幡神」はため息をつきながら言う。「神」を称するわりにはこういうところは妙に人間臭い。その辺りがどうにも金平がどうにもこの「八幡神」に対してを禁じ得えない点だった。



「さて、なるほど、そういう事であったか。肥前佐賀、紀伊熊野、駿河富士、そしてここ常陸筑波か。徐福だけでは無い、あのも一枚噛んでいるということか、そうだな方士どのよ」



「八幡神」が何やら我が意を得たり、といったふうに影道仙の方へ目をやる。影道仙も黙ってその問いに頷いて答えた。



「おい、何二人だけでわかったような雰囲気になってやがるんだよコラ、俺にもわかるように説明しろやコラ、さっきの質問にも答えてねえぞコラ!」


「ガラが悪いなあ金ちゃんは。ちゃんと順番に説明してあげるからもうちょっと待っててくださいよう。いやしかしあのお方を『クソ坊主』呼ばわりするハチマンさまもたいがいだけど。いいでしょう金ちゃんのために最初から話してあげましょう。長いですよ覚悟してください」



影道仙は二本の指で「眼鏡」をくいっと押し上げる。「眼鏡」に日光が反射してキラリと彼女の顔を照らした。



「まずは金平に『龍脈』とは何かという所から説明する必要がありますね。いいですか金平、この日本という国の大地は四つの霊力の流れによって構成されています。仮に『玄武』『朱雀』『青龍』『白虎』と呼びましょう。この四つの力が互いに押し合いながら地底の奥深くへ滝壺のように流れ落ちて行く。我が国の国土はこの四つの川が集まった滝壺の上に乗っかった船のような物だと想像してください」



そう言われて金平は頭の中で四つの川が流れ落ちる上に浮かぶ船を思い浮かぶ。それがどうしてこの国の大地になるのかさっぱりわからない。



「ああうん、まあ、あまり金ちゃんには難しい事は期待していませんそのまま聞いていてください」


「なんだとコラ」


「先を続けます。その四つの霊力の流れがひしめき合うちょうどそのが『龍脈』と呼ばれる地帯です。詳しく説明するならば、肥前から始まり、豊後を抜け、四国北部を通り畿内へ入り、そのまま本州を東下して富士山にぶつかり、富士山を北に迂回して上野かみつけ下野しもつけ、常陸を通ってここ鹿島灘へ抜ける、という一本の長い霊力の線です。日本全土を描いた地図があれば説明しやすいのですが」



そう言いながら影道仙は手元にあった反故紙ほごがみの裏に携帯用の矢立から筆を取り出して大雑把な地図を描く。その即席の全国図の上に横一文字に太い線を引いていった。



「これが『龍脈』です。では『中央構造線フォッサ・マグナ』などと呼ばれていました。この線こそが我が国の最も霊力の強い聖域パワースポットなのです」



金平は地図に書かれた、日本を貫く一匹の「龍」の姿をまじまじと見つめた。

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