影道仙女、不老不死の仙薬を語るの事

?丹ってなあ何だ?」



聞いた事のない言葉に坂田金平さかたのきんぴらが首をかしげる。



「アレのことです」



そう言って影道仙ほんどうせんは頼義たちの後ろを指差す。そこには鹿島神宮の表参道にそびえる大鳥居が建っていた。



「鳥居?」


「正確には鳥居に塗られている『色』です。あの赤、神社仏閣や内裏などによく使われる赤い塗料、あれが『丹』です。正確には『辰砂しんしゃ』という顔料ですが、あれこそがさいの国の人徐福が我が国において探し求めていた『不老不死の仙薬』の原料です」


「はあ?」



影道仙の言葉に思わず三人とも間抜けな声を上げる。辰砂が印鑑を押す時に使う朱肉の色材という事ぐらいなら頼義も知っている。こんなありふれたものが「不老不死の仙薬」の原料であり、それを求めてわざわざ遠い大陸から命がけで海を渡って来るものなのだろうか。



「丹とは何か?正確には『硫化水銀』という金属のことを指します。この金属は実に太古の昔から多くの用途に利用されて現在にまで至っています。最も知られているのはご覧のような赤の顔料としての用途ですが、他にも金メッキを蒸着させるための触媒として使用される事も多い」



そう言いながら彼女は懐から何かキラキラと反射するものを取り出した。水晶か玻璃はりか、それとも雲母きらの薄板ででもできているのか、氷のように透明な素材のそれを自分の耳にかけると、影道仙は顔の前に透き通った仮面を被ったような姿になった。



「失礼。これは『眼鏡めがね』と言って、目の悪い人の視力を補正するための医療器具です。もっぱら私はファッションとして使用しているだけですが。ああこの時代には存在しない異物オーパーツですのでお気になさらず」



そう言われても見慣れない小道具を目の前にちらつかされて気にならない訳がない。以前「鬼狩り紅蓮隊」に所属していた同じく陰陽師であった卜部季春うらべのすえはるも不思議な道具を駆使し、また方術士の専門用語のような聞きなれない単語を連呼するため会話には苦労したものだったが、彼女もまた季春と同じように見知らぬ道具を使いこなし、独自の言葉遣いで頼義たちを煙に巻くのであった。



(どうにも慣れないなあ。この陰陽師という方々は……)



どちらかというと姫育ちの割には幼いうちから外へ飛び出し、広い世界を見知っていた頼義でも、彼女たち方術士の振る舞いはやはり異質に感じるようである。



「さらにはこの『硫化水銀』は薬としても用いられました。その方面の最奥、最先端、究極の到達点が『金丹』あるいは『仙丹』などと呼ばれる仙薬です。『抱朴子ほうぼくし』いわく、丹を極限にまで磨き上げた『九転の丹』を三日服用し続ければたちまち不老不死の仙人の域に達するという。徐福はその『九転の丹』を作るための最高品質の丹を求めてこの国を探索して回ったのです」


一同は影道仙の長口上に沈黙する。徐福の目的は「丹」の採掘だったと、地中深く眠る「硫化水銀」という宝を求めて東へ、東へとさまよっていたのだろうか。



「我が国が『丹』の産出国であった事は『魏志倭人伝』にも『其山有丹ソノヤマニハニアリ』と丹が産出される事が記述されている事から、大陸でも古くから知られた事だったのでしょう。それを求めて徐福は海を渡りこの地にたどり着いた。ここが『蓬莱山ほうらいさん』だと信じて。ついでに言うと我が国で丹、つまり硫化水銀を多く産出する所は肥後熊本、豊後大分、阿波、そして……紀伊熊野などが有名です。ものの見事に徐福の辿った経路と重なりますね」


「那賀……」



佐伯経範さえきのつねのりが低く呻いた。経範の一族は常陸国の土着の豪族の多くを取り込み、その名を受け継いできた。「佐伯氏」を名乗る以前の氏族の名は「氏」だったという。



「だが徐福は自分の満足のいく『丹』を探し当てる事ができず、紀州を出てさらに東へ向かった。そして駿河国で富士山を枕に横死した。と言うのが言い伝えに聞く徐福の最後です。では徐福は駿河の国で『金丹』の精製に成功したのでしょうか?否、彼はそこでも完全な『金丹』は作れなかった。徐福はも完全なる丹を求めてさらに東に向かったのです。それは……」


「待て待て待てまて、ちょっと待てよコラ。おかしいじゃねえか、徐福は駿河で死んだんだろ?なんで死んだヤツがノコノコとまた東を目指すんだよ!?」


「知りませんよそんな事」



金平に口を挟まれて話を中断せざるを得なくなった影道仙は口を尖らせながら「何言ってるんだこのバカは」とでも言うような顔で金平に言い返した。



「知るかって、お前なんのために説明してんだよ!?」


わたくしだってその場にいたわけではないのですから、全ては推測にすぎません。ただ私の場合はあらゆる文献、伝説、遺構を照らし合わせてより精度の高い推測を立てていると言う事です。少なくとも貴殿のようなとちの実程度の脳みそしか持ち合わせていないような御仁の立てる推測に比べればはるかに真実に近づいている事でしょう」


「なーにーおー!?」



金平の頭から湯気が立っている。わかりやすいほどに簡単に激昂する金平を前にしても影道仙は涼しい顔で説明を続ける。



「まあ実際徐福の痕跡は富士を最後にほとんど東には存在しません。ならば考えられる説は二つ。徐福の旅はそこで終わったか、あるいは……徐福の遺志を受け継いだ別の誰かがさらに完全な『金丹』を求めて東へ向かったか、です」


「……?徐福の遺志と、その時にまで研究されていた『不老不死』の術を受け継いだ者がいるということか?」


「そうです佐伯経範。例えば貴殿の一族に伝わる『山月の人虎』の呪いを付与した『徐福』を名乗った仙人のように、ね」


「!?」



佐伯経範が絶句する。自分の一族に伝わる秘法をなぜこの少女が知っているのかはともかく、先祖である藤原秀郷ふじわらのひでさとが出会い、その『呪い』を受け継いだ『徐福』はいったい何者だったのか!?考えてみれば何百年も昔の人物が現れてそうですかと信じる道理も無い。あるいは「徐福」の名を受け継いだ一族が秀郷と接触を試みたと考える方が自然ではある。経範の背中に冷たい汗が流れた。



「その『後継者』についても実はあらかた見当はついています。徐福の後を受け継ぎ、同じく不老不死の仙術を極めんとした者、それは……」



言いかけた影道仙が口を開けたまま黙り込んだ。



「それは?」



つられて三人が口を揃えて聞いた。



「……そんな、ちょっとお!!仕事が早すぎですよお師匠様あ!!まだこっちは全然準備なんかできてないのにい!!」



いきなり目を丸くして影道仙が叫び出した。金平は彼女が叫びながら見つめている方へ目をやる。地平のはるか向こうに鹿島灘が陽の光を浴びてキラキラと輝いている。その水平線に


無数の船団がこちらをめがけてかいを進ませる姿が見えた。

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