佐伯経範、自らの呪いを語るの事(その二)

佐伯経範さえきのつねのりはさらに自分の身体について説明する。


徐福じょふくによって授けられたその秘術は藤原秀郷ふじわらのひでさとの末子千種ちくさに施された。千種は文字通り不死身の身体となり、承平の乱でも将門軍を相手に無類の活躍を見せたのだという。


だがその力には代償があった。不死の力はのだと言う。すなわち、満月の夜にその力は最大になり、また新月の夜にはその力は完全に消える。


徐福の言葉によれば、その力は月より送られる魔力をその身体に取り込んで不死の肉体と化す、それ故に月の満ち欠けに影響されるのだとか。同時に月の光は術を受け継いだ人間に狂気をもたらした。強力な月の魔力を大量に吸収した人間の身体はその魔力に耐えきれず、ヒトとしての姿も理性も保てなくなるのだという。



「月の魔力が人間に狂気と不死の力を与える、と……?その力の代償があの……」


「そう、あの『虎』の姿こそが我が一族に課せられた不死と狂気の象徴ってことだ。かつて唐の隴西ろうさい県にいた李徴りちょうという学士が同じ様に虎の姿となってその身を隠したという伝説があるらしいけど、あるいはソイツも同じ呪いを受けたものだったのかもな」



経範は目をつむったまま頷く。その表情はその「呪い」に対する重荷への苦悩を見せるどころか、どこか誇らしげにも感じられた。



「猫じゃなかったのか……」



まだ言ってたのかこの男。金平もようやく経範の事情に理解が及んだようで、今はもう経範に対する敵意もしっかり忘れ去っている。



「また、『不死』ではあったが『不老』では無かった。その『不死』も普通に寿命には勝てなかった。歴代の当主は皆新月の夜に亡くなっている。つまるところ、この『不死』の術は不完全なものだったんだ。それでも我が一族はその月の呪いを受け継ぎながら那珂なか氏、佐伯氏などの豪族たちと結びつき、今日こんにちに至るまで『悪路王あくろおう』との決戦のその日に備えてきたってワケさ」


「そのあなた方がこうして動いた、という事はまこと『悪路王』が再びこの地を襲うと?」


「さあて、何が原因かは知れぬが、『悪路王』は間違いなく目覚めた。そして今再びこの常陸国ひたちのくにを襲撃するべくその身を潜めている。『山の佐伯』たちが言う通り、オレたちは備えねばならない」


「だいたいよお、来る来るって言うがよう、本当に来るのかよソイツは?なんか根拠でもあるのか?」


「知らん。だが『山の佐伯』がこうして行動に移したと言う事は何か意味があるんだろう。最近常陸国で何か異変はなかったか?あるいは周辺の地域でも構わないが」


「異変……異変といえば異変だらけな気もしますが」



頼義はここ二年ばかりの間に起こった様々な出来事を思い出しながらつぶやく。



「些細な事でもいい、特に鹿あたりで何か変わった事はなかったか」


「あ……」



頼義は思わず声を上げた。異変といえば香取神宮では先年大異変があったではないか。



忠常アイツかあ……」



金平も同じ事に思い当たった。二年前、上総介かずさのすけ平忠常たいらのただつねが周囲諸国を相手に起こした紛争は瞬く間に常陸、相模、上野、下野といった坂東一帯を巻き込む大騒動となり、その一環として常陸介ひたちのすけ源頼信みなもとのよりのぶと忠常とが下総国しもうさのくにの香取神宮の門前で決戦をすると言う事件が起こった。


忠常軍は頼信軍を迎え撃つためにあろう事か香取神宮の境内に陣を張り、それに抵抗した香取神宮の神職の者たちをことごとく斬り捨てたのだった。香取神宮の社内は血で穢された。そのために一時香取神宮はその霊力を著しく低下させてしまった。


今はとある仙人の助力を得て頼義自身がその穢れを浄化させるための儀式を行ったため、徐々にではあるがその霊的守護能力は回復しつつある。だがその隙をついて悪路王は再びこの地を襲おうと目論んでいるのだろうか。



「かあーっ、あの野郎最後の最後まで俺たちに嫌がらせしてきやがるなコンチクショウがよお!!」



金平は平忠常……千葉小次郎ちばのこじろうと名乗った「鬼」の若者の、豪放さと陰険さを同時に兼ね備えたかのような複雑怪奇な人物の容貌を思い出して顔をしかめた。



「あの時の騒動が此度こたびのこのような事態を起こす事になるとは……」



頼義も思わず呻く。その時には良かれと思い、その時にできる最善を尽くして行動をしたつもりであったが、一つの問題を解決するために取った行為がまた次の問題を引き起こす、その無限の連鎖を目の当たりにして彼女も気が遠くなりそうな思いがした。



(この先、仮令たといこの問題が片付いたとしても、これがきっかけとなってまた次の問題が生まれ、またその次の問題が生まれと、いつまでも果て無く私の目の前にが続いて行くのだろうか……)



京の都で単衣ひとえを脱ぎ捨て、男物の狩衣かりぎぬを着て太刀を手に取ったあの時にすでに覚悟は決めたはずだ。はずだった。その決意が今、一瞬だけ頼義の心の中で揺らいだ。だが……



「となれば、悪路王はすぐにでもこの常陸国を攻めにやって来るやも知れませぬ。なぜこの国を悪路王がそれほどまでに執拗に狙うのかはわかりませぬが、来るともなれば迎え撃ってこれを撃退せねばなりません。それは筑波大領として、帝の臣民として、また常陸国の民の一人として断じて逃げるわけには参らぬ!」



頼義は力強く宣言する。その決意に満ちた表情を見て金平もまたニヤリといつもの不敵な笑みを見せた。



「へえ、口だけはご立派だな源氏の御曹司。だったら話は早い、アンタんとこの親父さんのツテでも何でも使ってあの『悪路王』を止めて見せるんだな」


「何を他人事のようにおっしゃる。貴殿のような地元豪族の、殊に『山の佐伯』のお力添えがあるならば頼もしい限りです。是非ともご同行願いたい。あ、これはお願いではなくて筑波郡官僚としての命令です」


「は?何言ってんだよお前!?なんでオレがお前の下について使いっ走りなんざしなくっちゃならねえんだよ!」


「だって貴方強そうだし荒事もお手のものなんでしょう?かっこいいですよね、男らしい」


「お、おう、そりゃあ腕っぷしにはちょっと自信あるけどよ……」



頼義のあからさまなに経範がわずかに反応を見せる。この辺りはいかな武辺者とはいえまだ歳若な経験不足から来るが垣間見える。



「いや待って待って待って。危うく言いくるめられそうになったけどそんな甘言には乗らないぞ。どうせお前らは地元の人間なんざいいように使い潰して用済みになったらロクな報酬も与えずに投げ捨てるんだ。お前らはいつだってそうだ!」



思いの外食い下がる。頼義が礼を尽くして尽力を願いでても頑として首を縦に振らない。



「もういいだろ、ほっとこうぜこんなガキ」



二人の押し問答に飽きてきたのか、金平が大あくびを噛み殺しながら口を挟んだ。



「こんなヒョロっちいチビすけ一人加わったところで何の役にも立たねえよ。せいぜい水汲みのお使いがいいとこだ」


「あ?」



金平の横槍に虎の少年が振り向きザマに睨みつける。



「オレの姿にビビって力負けした木偶の坊が何言ってやがる?調子こいてるとヤっちまうぞコラ」


「あー?マタタビかいで酔っ払った猫ちゃんがなんか言ったかコラ、そんなにお強いってえんならどっちが先に『アクロオー』をぶちのめすか賭けるかあーん?」



顔を真っ赤にして憤る経範を向こうに涼しい顔で金平が煽る煽る。



「上等だテメエ、オレが『悪路王』をぶっ倒すところを目をかっぽじって見てやがれよこのヤロウ!そん時は吠え面かくなよ」


「だとよ。ということはその勇姿を拝むためにもコイツには目の届くところにいてもらわねえとなあ」



金平が悪い顔をして頼義に締めの言葉を投げる。



「ん?あれ?」



この辺りは流石に百戦錬磨の頼義や金平には及ばなかったようで、どうやら売り言葉に買い言葉で「鬼狩り紅蓮隊」に協力することを余儀なくされてしまったようだ。


頼義も金平の言葉に嬉しそうに微笑む。当の経範は「山の佐伯」を当てにされても困ると言わんばかりに複雑な顔を見せていたが。



「チッ、わかった、わかったよ協力すりゃいいんだろ協力すりゃ。ったく、あのクソ陰陽師の言った通りになりやがった」



佐伯経範が一人呟いた。その言葉を聞いて頼義が反応する。



「陰陽師?」


「おう、ここに来る前に、京から来たとある高貴な陰陽師のお方とやらの助言をいただいたのだ。『その手の問題であるならば是非とも常陸介のご子息を頼られよ。いいようにこき使われるだろうが力にはなるだろう』ってな」


「その陰陽師どののお名は……?」



頼義はなぜか嫌な予感がして経範に聞いてみた。



「なんでも、陰陽博士の安倍晴明アベノセーメーとか言ってたぞ」

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