続いて経範、徐福について語るの事

「へえ?この国がその『蓬莱山ほうらいさん』ってえ仙人の秘境だったってことかよ?」



金平は頼義の話を聞いて胡散臭そうな目をする。もしそうだとしたらこの国は仙人の住まう楽園だったという事になる。少なくとも金平はこの国がそんな理想郷であったとは思えないし、不老不死の仙薬の存在も聞いた事が無い。



「もちろん徐福の伝説の全てが事実であったとは言い難い。だがウチの家伝によれば、少なくとも『徐福じょふく』という名の人物が海を渡ってこの国に渡来したことは事実なんだとさ」



「山の佐伯」の代理人たる佐伯経範さえきのつねのりが口を挟む。どうやら彼の一族は代々『悪路王あくろおう』に対抗するための備えを受け継いできたらしい。徐福に関する知識もそのために口伝や書物を介して言い伝えられているのだという。



「徐福はまず初めに肥前国の『佐賀』という地に漂着したという。そこでまず金立山きんりゅうさんという山にのぼり、そこで不老不死の仙薬を求めたが見つからず、その地に『不老不死フロフキ』という薬草を伝えて去ったという言い伝えが残っている。その後徐福は紀伊国の熊野に入り、その地に供の者たちを住まわせ農耕や紙すきといった技術をもたらしたのだという。さらに徐福は東に渡り、駿河の富士山の麓で歿した。徐福が本当に不老不死の仙薬を手に入れたか、あるいは自分で作ったのか、その結果は不明とされている」


「なんだよそりゃあ。そんなおっさんの出自を聞いたってなんの手がかりにもならねえじゃねえかよ。その徐福が『悪路王』だとかやらにどう絡んできやがるんだ?」


「それは……」


「それは?」


「わからん」


「おいっ!!」



金平がずっこける。確かに今の話だけではどこがどう「悪路王」に繋がるのか全くわからない。金平が怒るのも無理もない。



「わからん。わからんが少なくとも我が一族では徐福から悪路王が現れた時のためにと託されたものを代々守ってきた」


「託されたもの?何をだ?」


をだ」


「は!?」



これには金平のみならず頼義も驚きの声を上げた。徐福の開発した不死の技術が、それをこの佐伯経範の一族が受け継いでいると!?



「そ、それはいったいどのような……?」



頼義も思わず声が上ずる。しかし経範は申し訳なさそうにかぶりを振った。



「悪いけど、我が一族ウチの秘伝を他者に明かすことは禁じられていて見せるわけにはいかない。もっとも、見せろと言われて見せられるものでもないいだけどな」



「そう、ですか。いやそれはごもっとも。失礼をいたしました」


「何言ってんだよ、それじゃあいつまでたってもコトが進まねえじゃねえか。おい、いいから教えろよその『不死』の技ってやつをよ。それ見りゃなんか手がかりとかつかめるかも知れねえじゃねえか」


「金平控えなさい、我らの立ち入る筋ではありません」



なおも執拗に経範に迫る金平を頼義が咎め立てる。金平はブツブツ不平を述べながらもそれ以上は深く追求しなかった。最近は金平も妙に頼義の言う事だけは素直に聞くようになってきた。



「悪いけどそういうこった。ただ一つだけ教えられることは、一族に伝わるその秘術は『月』に関わるものだ。それ以上は教えられないし、そもそも口で説明できるものでもない」


「月、ですか……?」



頼義は自分の記憶の中にある月の姿を思い浮かべた。光を失ってはや数年、もう実物の月を見なくなって久しいが、それでもあの煌々と輝く満月の美しい姿は今でもはっきりと思い出せる。「月」と「不死」……いったい両者の間にどのようながあるのだろう。



「でもよう、おかしいじゃねえか。その徐福ってえおっさんは始皇帝の時代のヤツなんだろ?始皇帝っていやあ千年以上も昔の人間じゃねえか、アンタんとこは俵藤太たわらのとうたの子孫なんだろ?時代が合わねえじゃねえか」



金平が至極真っ当な事を言った。確かに、たかだか四、五代しか続いていない家系の一族がなぜ徐福の秘法を受け継いでいるのか。



「その答えは簡単だ。なぜなら、からだ」



これまたあっさりと、しかしとんでもない事を佐伯経範少年は言ってのけた。



「…………!?」


「徐福は生きていた。少なくとも家祖である藤原秀郷ふじわらのひでさと公の時代には生きて、この世にいたんだ。そして秀郷公は徐福よりその『秘伝』を受け継ぎ、それを我が一族が守ってきた」


「それは、つまり……」


「そう、徐福自身もまた『不死』の域に到達していたってこと。そして徐福は長い年月をかけてさらなる研究を重ね、より精度の高い『不死』を求めて行った。その先にあったのが『悪路王』だったんだ」


「悪路王?オメーさっきは徐福と悪路王がどう絡むのかわからねえって言ったじゃねえか」


「オレもその辺りは確証が持てないんだ。ただ一つ知っているのは……」



佐伯経範は目を閉じ、天を仰ぎながらつぶやいた。



「悪路王もまた、なのだという」

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