中編

 ――が、待てど暮らせど帝国はジョシュアを見つけに来なかった。


 未来ではそろそろ皇帝が変わり、王国に宣戦布告する頃だ。とっくにジョシュアは帝国に戻っているはずだった。


 もしかしたら、ジョシュアが皇帝になる未来さえも変わってしまったのかもしれない。アリシアが保護をしているのだから、帝国側が見つけられないのもうなずけた。このまま時が過ぎれば、王国滅亡の未来を阻止できる――。


 そう思っていたある日、帝位簒奪さんだつのニュースが飛び込んできた。


 幼い頃に誘拐された皇子が戻り、皇帝を殺してその地位を奪ったのだ。


 新しい皇帝の名は、ケイドン。


 報せを聞いたアリシアは訓練場へと走った。


 ちょうど魔術師たちは訓練の合間に休憩を取っていたところだった。


「アリシア様? どうかしましたか?」


 飛び込んできたアリシアを見て、ジョシュアがすぐに駆け寄ってくる。


「ジョシュア……」

「はい」


 十年の歳月を経て成長したジョシュアは、もうせっぽちの少年ではない。背丈はとうにアリシアを越えていて、ローブの中の肉体ががっしりとしているのを、アリシアは知っている。魔術師としての実力は王国随一だ。


 アリシアはジョシュアのメガネの奥の赤い瞳をのぞき込んだ。


 黒い髪と赤い目は、間違いなくあの時の皇帝と同じものだ。何より、前皇帝の血筋であることは確認済みだというのに。


「どうして……」

「アリシア様?」


 ジョシュアがここにいるのに、ケイドンが現れた。


 つまり、ジョシュアはケイドンではなかったのだ。


 どくん、どくん、と心臓が嫌な音を立てている。


 王国の滅亡を阻止するためにケイドンを保護したつもりだったのに、それが別人だった。


 鑑定は確かだろうから、おそらく、このジョシュアも前皇帝の血を引いているのだろう。誘拐されたのは一人ではなかったということになる。


 アリシアは間違えたのだ。


 未来を変えることに失敗した。皇帝はこの国を恨んだままだ。やがて宣戦布告されるだろう。


「ああ……」


 アリシアの視界が絶望の色に染まっていった。


 ぐらりと体が傾く。


「アリシア様!? アリシア様!!」



 * * * * *



 気を失ったアリシアは、目が覚めた後、ジョシュアに全てを話すことにした。


 自分は皇帝に殺されて回帰したこと、その未来を変えるために幼い皇帝を保護しようとしたこと、皇帝がジョシュアだと思っていたのに、間違っていたこと。


「黙っていてごめんなさい。あなたを保護したことを後悔はしていないわ。いたいだけここにいていい。だけど、ここにいれば侵略戦争に巻き込まれるわ。帝国に戻るという選択肢もある。あなたが皇帝の血筋であることは確かなのだから」


 アリシアの説明を聞いて、ジョシュアは口元を手で覆い、うつむいた。


「少し……考えさせて下さい」

「ええ、よく考えて」


 話をした翌日、ジョシュアは帝国へと旅立った。


 アリシアは開戦に向けての準備を始めた。元々、万が一未来が変わらなかった時のために準備を進めていたから、あとはその仕上げをするだけだ。


 だが、宣戦布告されると明言することもできないため、やれることは限られていた。


 騎士をすぐに動かせるようにしたり、備蓄していた物資をすぐに使えるようにしたり、領民をなるべく国外に出したりが精々だった。


 他領地に働きかけることも、大々的に動くこともできない。


 アリシアは、いつ開戦の知らせがくるかと、毎日気が気ではなかった。


 果たして、宣戦布告は三日後に出た。


 王国内は大混乱におちいった。同盟国からの一方的な破棄と同時の宣戦布告なのだから当然である。国力の差は歴然で、戦えば確実に負ける。


 ひとまず使者を立て、話し合いの場を持てないかと交渉することになった。


 そして得られたのは、なんと、宣戦布告を撤回してもよいが和平の証としてアリシアを花嫁として寄越せ、という言葉だった。


 無茶苦茶な要求である。


 だが、王族に適齢期の独身女性はいない。誰かを嫁がせるのであれば、公女であるアリシアは妥当だった。


 国王からの命令を受けたアリシアは、ジョシュアが皇帝を説得してくれたのだろうと考えた。国の滅亡を阻止できるのであれば、自分が嫁ぐくらい、安いものだ。たとえそれが、かつて自分を殺した残忍な皇帝であったとしても。


 渋る父親をなだめ、アリシアは花嫁となることを決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る