第39話 まだ事件は終わりじゃない

 お頭と呼ばれる人物をはじめ、怪しい連中が捕まった。これからはこの者たちの尋問が始まるだろう。

 この辺りは父親であるガーティス子爵に任せて、イジスはモエを連れて家に帰ろうとする。ところが、

「わうっわうっ!」

「どうしたのよ、急に吠え付いて」

 ルスが激しく吠え始めたのだ。そして、珍しく抱きかかえるモエの手から無理やり抜け出すと、一角にある建物の前へと走り始めた。

「そこに何かあるというの?」

 ぱたぱたと駆け寄ったモエはルスに問い掛ける。するとルスはモエのスカートの裾を引っ張っている。

『うむ、いろいろとにおうな。我も同行しよう』

「えっ?!」

 そう言ったプリズムウルフはするすると小さくなっていく。これにはさすがにみんな驚いてしまった。

「グリム、お前の報告通りだな。モエに同行してやれ。それとイジス、お前もな」

「畏まりました、旦那様」

「えっ、私も?」

 だが、子爵は動じる事なく家令に言葉を掛ける。子爵の言葉に家令は頷き、イジスは慌てる。

「「私が守る」と宣言しておきながら、放っておく気か?」

 続けて飛んできた子爵の指摘に、イジスは真っ赤になる。聞かれていたようだった。

「いろいろ話をしなければならない事はあるが、まずは問題を片付けてからだ。私は自警団へ出向いた捕まえた連中を徹底的に尋問してくる」

 子爵はくるりと振り返って護衛数名と共に自警団の詰め所へと向かった。

 イジスの方は、家令とプリズムウルフとモエとルスというメンバーで、ルスが吠えて示す建物の中へと入っていく。

 建物の中は、なんて事はない普通の建物だった。だが、ルスは一目散へ建物の中を走っていく。

「ルス、一体どこに行くっていうのよ」

 それをモエが追いかけるので、イジスがその後を追う。

『血のにおいがするな』

 プリズムウルフは不快感を強く示していた。

「私もこの場所は突き止めていましたが、それほどに酷い場所なのでしょうか」

『どのような光景があるのかは知らんが、どうせ気のいいものではないのは間違いないな』

「左様でございますか……」

 プリズムウルフとグリムは話をしながらイジスやモエたちの後をついて行く。それと同時に、何が来ても対応できるように警戒を強めていた。

「わうっ! わうっ!」

 ルスが建物の行き止まりで吠えている。

「この先に何かあるっていうの?」

「わう!」

 モエの問い掛けにルスは元気よく吠えるのだが、目の前には壁があるのみだ。周りを見ても何があるというわけではない、もぬけの殻のただの空っぽの部屋である。

「うーん、行き止まりだぞ。何があるというんだ」

「イジス様、ちょっと失礼を致します」

 腕を組んで悩むイジスに声を掛ける家令。そして、壁のある部分を押すと、その部分だけが凹んでしまった。それと同時にその部分の横の壁がガコンと奥へ開いたのだった。

「隠し扉?!」

 そう、隠し扉である。

「グリム、なぜこれを知っているんだ?」

「なに、こいつのおかげですよ」

「うみゃー!」

 グリムが声を掛けると、どこからともなく黒猫が現れた。

『何かうろちょろとしていると思ったが、お前も聖獣持ちだったか』

「はい。シャノンは私の小さい頃からの友人である聖獣でございます。今回すぐに駆け付けられたのも、シャノンのおかげなのですよ」

『ふむ、なるほどな』

 家令が驚きの事実を話すと、イジスたちは驚いていた。その間、シャノンは家令の肩でごろごろとくつろいでいた。

「さて、奥に進みましょう。さすがに中の事までは分かりませんが、気を引き締めていかないといけないでしょう」

 家令の言葉に、イジスは険しい顔で頷き、モエは怯えたような顔をする。

「わうっ!」

 だが、ルスが急に走り出してしまい、息つく間もなくイジスたちはルスを追って奥へと進んでいく。

『やれやれ、ずいぶんとやんちゃな事だな……』

 プリズムウルフはルスの動きに呆れていた。

「誰だ、てめえらっ!」

 奥へと進んでいくと、中に残っていた怪しい連中の仲間が襲い掛かってくる。イジスと家令、それとプリズムウルフの手によって、中に居た連中はあっという間に制圧されていく。

 家令の魔法によって怪しい連中を縛り上げながら進んでいくと、突然、つんと鼻を突く異臭が漂い始めた。

「うっ、何だこれは……」

 思わず鼻を覆ってしまうイジスだ。ルスもかなり表情を歪めている。

「おそらくここは、連中が取引していた人外の隔離部屋でしょうな。話しか盗み聞く事はできませんでしたが、それによれば相当な劣悪な環境に置いていたというのは想像に難くありません」

「なんだと?! という事は、今日襲ってきた連中は、モエをここに連れてくるつもりだったのか?」

「おそらくは」

 イジスはこの話を聞いてぎりっと強く唇を噛んだ。

「あの時見つかったルスがボロボロだったのも、そういうわけなのか……」

「でしょうな。おそらく弱りすぎてしまったがゆえに、森に捨てに行ったのでしょう」

「……許せない話だ」

 イジスはさらに唇を噛む。

「おそらくは凄惨な光景が広がっていると思います。覚悟下さいませ」

「……分かった」

 イジスは息を飲んで、目の前の扉の取っ手に手を掛ける。一度目を閉じて覚悟を決めると、その扉を勢いよく開けたのだった。

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