第37話 デカブツの戦い

「ははっ、貴族のボンボンが死にさらせ!」

 背の大きな男が、いよいよ膝をついたイジスへと襲い掛かってくる。

 イジス、絶体絶命のピンチである。

「わおーーんっ!」

 その瞬間だった。犬の、いや狼の遠吠えが響き渡る。

「な、なんだ、この鳴き声は……」

 声に驚いた背の大きな男は、うろたえながら辺りを見回している。だが、何も見えやしない。

 イジスも同じように辺りを見回している。そして、視線の先に見慣れた姿を発見する。

「モエ!」

 そう、メイド服姿のマイコニドのモエだった。その手にはルスも抱かれていた。

「大丈夫ですか、イジス様!」

「どうして来たんだ、モエ!」

 心配そうに声を掛けてくるモエに、イジスは大声で叱っている。その声に思わず体を縮こませるモエだったが、

「だって、イジス様の事が心配でしたから!」

 困った顔をしながらイジスへと言葉を返していた。

『そうだぞ、小僧』

「だ、誰だ!」

 モエの言葉に続けるように不思議な声が響き渡る。その次の瞬間、モエの真後ろに大きな犬、いや狼が姿を見せた。姿を透明にしていたので、おそらくはプリズムウルフの成獣である。

『ふん、よくも我が子をさらった挙句に、それだけでは飽き足らず、酷い目に遭わせてくれたものだな。聖獣プリズムウルフに手を出した報い、その身をもってとくと味わうがよいわ!』

 プリズムウルフの咆哮が、一陣の風となって狭い路地を駆け抜けてく。これには背の大きな男の仲間たちは耐え切れずに吹き飛ばされていく。

「ぐっ……、なんて強い風なんだ。立っているので精一杯だぜ」

 背の大きな男だけは、必死に風に吹き飛ばされないように立っている。

 ようやく風が落ち着いたかと思うと、大きな男以外は全員風に吹き飛ばされて壁に打ち付けられていた。

「くそっ、仲間が全滅かよ……。なんて強力な力の持ち主なんだ」

 背の大きな男は焦りを覚えている。一体どうしたらいいのか分からないのだ。

 その時だった。

「ほう……、プリズムウルフの成獣か……」

 背の大きな男よりもさらに背のでかい男が、どこからともなくのそりと姿を見せた。

「お、お頭!」

 背の大きな男が叫ぶ。

「黙ってろ。こいつは俺が仕留めてやる。これだけのでかさなら、肉も毛皮もいい値段で売れるだろうぜ。そっちのちびどももろとも、たーっぷり可愛がってやるからな。くくくく……」

 お頭と呼ばれた大男は、どこからともなく棍棒を取り出してひと舐めしている。まったくでかくて不気味で気持ち悪い男である。モエはルスを抱きかかえたまま恐怖で震える。

『ふん、ずいぶんと大した自信だな。そこなマイコニド、小僧を連れて下がっておけ』

「は、はい!」

 プリズムウルフが前に出ると同時に、モエはイジスを引きずって後方に下がる。

「うぅ、重い……」

 さすがに成人男性はものすごく重かった。どうにか腕を引っ張りながら後ろに下がるモエである。

『そこで見ておれ。さて……』

 一瞬後ろを見たプリズムウルフは、すぐさまお頭と呼ばれる大男に顔を向ける。

『におうな、そこなむさ苦しい男。どうやら我ら以外にもいろいろと手を出してくれたようだな……』

 プリズムウルフはお頭に対して怒りを露わにしている。だが、一方のお頭はものすごく余裕の笑みを浮かべている。

「ふん、だとしたらどうするっていうんだ。犬ころの分際でよ!」

 聖獣に対してこの言い草である。この男にとっては、聖獣だろうが何だろうが、まったく関係ないようである。金になれば問題ないといったところなのだろう。

「こんないい金づるが目の前に居てよ……、おいそれと見逃せられるかってんだ! ……狩りの時間だ!」

 目をひん剥いて狂ったような笑顔を見せるお頭。棍棒を振り回しながらプリズムウルフへと駆け出していく。

『何ものをも恐れぬか。その蛮勇、おいそれと褒められたものではないな。愚かに散り去るがよいわっ!』

 プリズムウルフの咆哮が再び響き渡る。一陣の風となってお頭に襲い掛かるが、その中を平然と駆け抜けてくる。

 さすがにこれにはプリズムウルフも驚かされる。集中させればレンガ造りの建物だろうが吹き飛ぶほどの強風なのだ。その中を平然と進んでくるお頭なのだ。

『ふん、さすがに一筋縄ではいかぬか』

「当たり前じゃねえか。危険な橋を渡って食い扶持を稼いでんだからよ!」

 距離を詰めたお頭の棍棒が、プリズムウルフへと襲い掛かる!

 だが、この程度の攻撃で怯むわけがない。だが、何かを感じたプリズムウルフは棍棒による攻撃をひらりと躱す。

『その棍棒……、麻痺が付与されているな』

「へっ、よく気が付いたな。俺自身は舐める癖のせいですっかり耐性がついちまったが、こいつに触れられると、お前みてえなデカブツだろうが遠慮なく動けなくなるんだよ。げへへ、俺様とは実に相性のいい道具だろう?」

 自慢げに話すお頭だが、自分自身が棍棒の効果で麻痺しまくっていたという間抜けな過去を話している事に気が付いていない。やはり、この手の連中は頭が悪いのだろう。おめでたい限りである。

 だが、そんな事は今の戦況には関係がない。力任せに棍棒を振りかざすお頭に、麻痺効果のせいで防戦一方になってしまうプリズムウルフ。

 おそらく体力はプリズムウルフの方が上だろうが、防戦一方というのはプライドが許さなかった。しかも、街の中でもひと際通路の狭い場所だ。これほど狭い場所ではまともに身動きが取れずに攻撃をいずれ食らいかねない。

 その状況ゆえに、プリズムウルフの方がじわじわと追い込まれ始めてしまうのだった。

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