第28話 護衛騎士は悩ましい

 さて、外回りの仕事からイジスとランスが戻ってきた。子爵と家令はもう少し外回りの仕事をこなすため、二人だけが先に帰らされた形である。

「まったく、父上ときたらずいぶんといろいろ仕事を押し付けてくれたものだ」

「イジス様、将来的には子爵位を継がれるのです。その程度は当然の事かと思われます」

 イジスが愚痴をこぼしていると、ランスから冷静にツッコミを入れられている。そのあまりにも的確で当然なツッコミに、イジスはぎろりとランスを睨んでいた。だが、ランスの方は涼しい顔をしてそれを受け流していた。

「爵位を継ぐ覚悟はある。だが、今日の事はあまりにも性急じゃなかったかと思うんだ」

「そうは仰られてもですね、子爵様だっていつまでご健在か分かりません。早めに引き継ぎを目的としてもなんらおかしな事ではありませんよ」

「ぐぬぬぬぬ……」

 いくら愚痴を言っても、ランスにことごとく論破されてしまうイジスである。さすがにこうも言いくるめられてしまっては、イジスもたまらないというものだった。

 ジト目でランスを睨んでも躱されてしまうので、イジスは実に不機嫌そうな顔をしていた。

「お帰りなさいませ、坊ちゃま」

 すれ違う使用人たちがイジスに挨拶をしてくる。イジスはすこぶる機嫌が悪いために、右手を軽く上げるだけで言葉はなかった。

 そんな様子が続いていたのだが、ようやくイジスは自室まで戻ってきた。

 首元を緩めてため息を吐きながら部屋に入ったイジスは、部屋の中にふとした違和感を感じる。

「な、なんだこれは?!」

「どうなさいましたか、イジス様」

 突然大声を出すイジスに、さすがのランスも驚かずにはいられなかった。

「ランス、なんだか部屋の中の雰囲気が違わなくないか?」

 イジスが騒ぐのだが、ランスはそれがどうにも分からずに首を傾げている。

「一体何を感じていらっしゃるんですかね。部屋の中はいつも通りの状態ですよ。掃除のために使用人が入ったくらいですし、そう変わるとは思えないのですが」

 ランスは苦言を呈している。

 だが、イジスの様子がどうにもおかしい。一体何が起きているのか分からないランスは、ひたすら首を捻り続けるばかりだった。

「イジス様、お茶をお持ち致しました」

 そこへ、メイドが紅茶を乗せた台車と共に現れる。すると、すかさずイジスはそのメイドの肩をがっちりつかんで、すごい剣幕を向けていた。さすがにメイドが怖がって震えている。カチャカチャと食器が音を立てるほどに。

「い、イジス様?!」

 引きつった表情でメイドはイジスの顔を見ている。その目はなんというか、血走っているような感じだった。

「イジス様、いい加減にして下さい。メイドが怖がっているではありませんか」

 見ていられないランスは、さっと二人の間に入って引き離す。しかし、メイドはまだ少し震えているようである。そのくらいにイジスの剣幕が怖かったのだ。

「なあ、今日の私の部屋の掃除は、モエが行ったのではないのか?」

 ランスがメイドを宥めていると、イジスが急に変な事を言い出した。何を根拠に言っているんだと、ランスはただただ呆れるばかりである。

「あっ、はい。その通りでございます。メイド長の指示でモエさんがエリィさんと一緒にイジス様の部屋の掃除をされていました」

「……やはりか!」

 メイドからの回答に、どういうわけかガッツポーズを見せるイジス。これにはランスはいよいよ頭を抱えてしまった。

(はぁ……、イジス様はどうしてここまであのマイコニドに入れ込んでしまっておられるのだろうか。さすがにこれはおかしいと言わざるを得ないぞ……)


 その頃のモエはというと。

「ぺくちゅ!」

 食堂の掃除をしている最中にくしゃみをしていた。

 突然出たくしゃみに、きょとんとして辺りを見回したり、首を可愛く傾げたりしている。そして、しばらくして何事もなかったかのように仕事を再開していた。考えて無駄な事はスルーするモエなのだった。


 本当に、イジスはかなりモエにご執心である。

 冷静になってもらおうと、なるべく会わせないようにしてもダメ。モエにあれだけ冷たくあしらわれてもダメ。そのくらいにイジスはモエに夢中なのである。

「はあ……。イジス様、あのマイコニドのどこがそんなにいいのですか」

 頭が痛くて仕方がないランスは、思わずイジスに尋ねてしまう。

「そうだな。なんというか、直感だ!」

「……ひと目惚れですか。あれだけ貴族の令嬢や屋敷のメイドと交流しておいて、まったく何の興味も示さなかったあなたがですか」

 眉間にしわを寄せながら、皮肉交じりにランスはイジスに言い放つ。

 ところがどっこい、今のイジスにはこういった皮肉はまったく効かなかった。怒るどころか胸を張って威張り始めたのだ。これにはランスはおろか、紅茶を持ってきたメイドも呆れるばかりである。

 まったく、恋は盲目といった感じのイジスではあるが、この恋がはたして成就する事はあるのだろうか。

「すまないな。隠しておいても無駄だとは分かっているが、今回の事は他言無用で頼む」

「は、はい、畏まりました……」

 一応メイドに口止めをしておくランス。護衛として悩ましき日々はまだまだ続きそうだった。

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