第17話 保護された生物

 自警団の救護室。そこでも隔離されるようにその生物は横たわっていた。

 子爵たちが入室すると、弱った体を動かして威嚇をしている。

「ほう、すごいものだな。こんな状態でもまだ生きているとは……」

「酷い……、傷だらけじゃないですか」

 子爵の感心する声にかぶせるように、モエが珍しく怒りを交えた声を出していた。

 そこに居たのは獣のような見た目だが、見た事のない毛並みの生物だった。

「どれ、わしが鑑定で見てやろう」

 ジニアスがゆっくりと近付く。すると、その獣は警戒して唸り始める。足が震え、体だってふらついているというのに、大した精神力だ。

 近くに寄りすぎると飛び掛かってきそうなために、ジニアスはやむなく少し離れた位置から鑑定をしている。そして、手から放たれる光が消えると驚愕の表情を浮かべていた。

「なんという事だ……。傷付けた連中はなんと罰当たりな事を……」

 ジニアスの顔色が青ざめている。

「ジニアス殿、一体どうなされたのですかな?」

 足元がおぼつかなくなっているジニアスを、ガーティス子爵が支える。

「……うじゃ」

 ぼそりとこぼすジニアスだが、うまく聞き取れない。

「ジニアス殿、この生物は一体?!」

「聖獣じゃ」

「な、なんですと?!」

 毛並みはズタズタ、あちこちにけがの痕が残るみすぼらしい見た目の生物。それがなんと聖獣だというのだ。

 ガーティス子爵もショックを隠し切れない。警戒心が強すぎたためにあまり世話ができなかったために、自分たちにも罰が当たるのではないかと、心穏やかではなくなっていた。

 しかも、見た目の大きさ的にもまだ幼獣である。もしかしたら、親の聖獣が探し回っているかも知れない。

 ……事態は思った以上に深刻なものだった。

「くそっ、あの密売組織はなんてものに手を出してくれたんだ!」

 聖獣を刺激しないように、静かに強く爪を噛む子爵。だが、大声に聖獣は反応してしまい、さらに警戒感を強めていた。

「可哀想……」

 そんな中、モエがゆらりと聖獣へと近付いていく。

「モエ、危険だ。止まるんだ!」

 イジスがモエを呼び止めるが、モエはまったく聞く耳を持たず、ゆっくりと聖獣へと近付いていく。

 するとどうだろうか。聖獣は警戒は続けているものの、モエに対してまったく襲い掛かる様子はなかった。

「おいで……」

 ゆっくりと手を差し伸べるモエ。

 驚いた事に、聖獣はモエの呼び掛けに応えて、まだ痛む体を引きずりながらもモエに近付いていった。

「モエ!」

 イジスが駆け寄ろうとするが、それをジニアスが制する。

「ジニアス様、なぜ止めるのですか!」

「いいから、黙って見守りなさい」

 ジニアスの制止に対して抗議するイジス。だが、ジニアスはそれを一喝して抑え込んでしまった。仕方なくイジスは、ジニアスの後ろでモエの様子を見守る事にしたのだが、はっきり言って気が気でならなかった。

 ところが、一体何が起きているというのだろうか。あれだけ強い警戒感を示していた聖獣が、モエの側でおとなしくしていたのだ。襲い掛かる事もなく、ただ静かにちょこんと座り込んでいる。何がどうなっているのか、その場の誰もまったく理解できなかった。

 モエが聖獣を抱きかかえた時、更なる変化が起こる。

 聖獣の周りで、何かがキラキラと光り輝き始めたのだ。子爵やイジスはこれがまったく何なのか分からない様子だったが、ジニアスだけは司祭という職業柄か、すぐさま何が起きているのかを悟った。

「おお、このような奇跡を見る事ができるとは……。長生きはしてみるものじゃな」

 ジニアスの取った行動に、子爵たちは目を疑った。モエに向かって跪いているのである。

 通常、聖教会に所属する司祭たちが跪くのは、自分の崇めえる神に対してのみである。それ以外に対して跪くなど、ほぼありえない話なのだ。

 つまり、今のモエは、司祭が跪くほどの存在という事になるのである。

 子爵たちが驚いている間も、モエが抱える聖獣に変化が現れている。

 ボロボロになっていた体が、少しずつだが治っていっているのである。

 やがて、光がすっと収まっていく。するとそこに現れたのは、怪我がすっかり治った聖獣だった。ただ、長らく酷い状態にあったせいか、まだふらつきが残っているようだった。それでも、あれだけ見ていられないくらいの状態だったのが、まともになったのだ。これを奇跡と言わずしてなんというのだろうか。ジニアスは感動に打ち震えている。

「まさか、伝承と思われていた聖女が、この地に舞い降りようとは……。このジニアス、感に堪えられませぬぞ!」

 ジニアスがぽろぽろと涙をこぼし始めている。その姿に子爵とイジスは驚きっぱなしだが、モエは聖獣にじゃれつかれて戸惑っていた。

「え……と……。聖女って誰がですか?」

 だが、ジニアスの言葉は耳に入っていたようで、きょとんとした顔を子爵たちの方へと向けた。その頬を聖獣に舐められながらである。

 この状況で、その問いに答えられる者は誰も居なかった。

 その場にはしばらくの間、沈黙が漂い続けたのだった。

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