第12話 成長するマイコニド
食堂の掃除を担当するようになって2日目。
朝食の前に掃除を終えたモエは、エリィと一緒に今日も食事を取っている。
本来、これ程までに先輩使用人とのマンツーマンというのはありえない話なのだが、モエの場合はちょっと事情が違ったので認められているのである。
「ずいぶんと楽しそうですね、モエさん」
食事をしながらモエに話し掛けるエリィ。
「はい、お掃除楽しくなってきちゃいました。朝が早いのだけは慣れませんけれど、この仕事だけでいいというのならやっていけそうな気がします」
馬鹿正直に感想を話してしまうモエ。
「それはよかったですね」
「はい」
淡々と声を掛けるエリィに、モエはにこにことしたまま返事をしていた。
「モエさん」
「はい?」
エリィの声色が突然重くなる。その声を聴いて、モエは軽く首を傾げてしまう。
「あなたがどういう影響を持つマイコニドか分からないので、他の使用人たちから離しているのです。あなたの胞子の影響が分かった場合、その効果次第では他の使用人とも一緒に仕事をしてもらう可能性があります。いつまでもこの生活が続くとは思わない事ですね」
あまりに楽観視するモエに対して、エリィは厳しく現実を言い放つ。
そう、モエがほとんどエリィとのワンツーマンで過ごしていられるのは、モエがマイコニドだからという事情があったのだ。いわゆる特別扱いである。
「とにかく、もうしばらくの間は私がずっと面倒を見ていますので、その間に人間社会についてしっかり学んで頂きますからね。せめて文字の読み書きはできるようになって頂かないと」
「うう、勉強ですか?」
「そうです!」
エリィから勉強を始めると告げられたモエは、見るからにしょげしょげとしてしまう。それは、帽子の中の笠が曲がるくらいの落ち込みようだった。
「笠って、気分とも連動するのですね」
「ふえ?」
エリィの言葉に、自分の頭を触るモエ。すると、モエはものすごく驚いていた。
「えっ、曲がってる。どうして、どうして?」
どうやらモエも知らなかったようだった。マイコニドもその撒き散らかす胞子のせいで、詳しい生態が不明だった。だが、モエのおかげで、ちょっとずつ明らかになり始めていた。
「今、モエさんは気持ちが落ち込みましたからね。それと同時に笠が倒れたようです。という事は、モエさんの精神状態によって笠の状態が変わるという事ですね」
「ふえぇぇ……。知らなかったわ」
エリィの指摘に、改めて驚くモエである。
「みんなの頭の上に普通に乗っかってるから、まったく気にしなかったなぁ~。うふふ、新しい発見」
モエはにこやかに笑っていた。しかし、すぐにエリィによって現実に引き戻される。
「新しい発見があったのはいいですが、早く食べておしまいなさい。これ以上遅くなると、他の使用人たちに迷惑が掛かってしまいます。そうなると、食事の量を減らされてしまいますよ」
「えぇ~、それはやだ。分かりました、食べちゃいます」
エリィに言われて、モエはもぐもぐと掻き込むように食事を食べていた。
この日からのモエの一日のスケジュールはこうなった。
陽の昇る前に起床。
服を着替えたら食堂の掃除。
朝食を食べると、人間の一般教養の勉強。
昼食前に食堂の掃除。
昼食を終えたら再び勉強。
夕食前に三度目の食堂の掃除。
掃除を終えるとさらに勉強。
夜食を食べてから、軽く食堂の掃除。
体を濡れた布で軽く拭って一日の汚れを落とす。
その後就寝。
他の使用人たちに比べてこなす仕事の量は少ないものの、圧倒的に勉強の時間が多い。というのも、イジスが自分の専属使用人にしようとか口走ったためである。
もし、ガーティス子爵家の誰かの使用人になるというのであれば、それなりの教養と所作を求められてしまう。だからこそ、これだけ勉強に時間が充てられてしまっているというわけだ。マイコニドであるモエには、人間たちの一般常識が著しく欠如しているのだから、当然というわけである。
(そういえば普通に喋っていたので気付きませんでしたが、マイコニドも私たちと同じ言葉を使っているのですね。普通にやり取りできるところを見ると、マイコニドたちもある程度文化的な生活を営んでいるのかも知れませんね)
モエを見ながら、エリィはそのような感想を持った。
午前中の勉強を見終えたエリィは、モエにこう告げる。
「それではモエさん。今回からは食堂の清掃は一人で行うように。さすがに私もいつまでもあなたに張り付きっぱなしというわけには参りませんのでね」
「ええーっ!?」
エリィから告げられたモエは、大声で驚いていた。
「大丈夫ですよ。ここまでの仕事ぶりを見るに、もう一人で行っても大丈夫と判断しました。念のために直前にチェックをさせてもらうので、いい加減な事はしないで下さいね」
「わ、分かりました。せ、精一杯、頑張りましゅ!」
一人で任される緊張からか、盛大に噛んでしまうモエ。その様子がエリィのツボに入ってしまったのか、エリィが見た事ないくらいに笑っていた。
「うぐぅ……」
あまりに笑ってくれるものだから、モエはついつい不機嫌に頬を膨らませるのだった。
こうして、ついにモエは単独で仕事を任される事になったのだが、はてさてうまくこなせるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます