保安官と農民 その1

 ここは侍と公家が支配する東武国。この国は五つの区に分けられているが、このお話は兆と区分されている地域のある村から始まる。村の名前は安口村あんこうむら、そこにはある長髪で巨体の持ち主が妹と母とで、3人仲良く暮らしていた。仲良く暮らしていたが、決して裕福ではなかった。いや、そもそも安口村自体が貧しい村だった。村の治安を維持していた村長は藤原金成という侍だった。まあ武士という言い方もあるが、意味は同じである。だがこの物語の主人公は藤原 金成にあらず。この物語の主人公は二人いる。一人は後に登場するが、最初の一人は村で一番大きな農民、名は地助と申す。

 「ふぅ〜、竹取は終わった。」

 地助は村近くの林で斬った竹を背中に巻き付けて、帰路を歩み始めた。彼に気づいた村の子供たちが駆けつけた。

「地助お兄ちゃん〜。」

「あっ、地助お兄ちゃんだ〜。」

「あそぼ、あそぼ。」

「ねえねえ、高い高いして〜。」

 囲む子供たちに対して、地助は頭を撫でたり、要求を呑んだり、微笑んだりした。

「おっとすまない、子供たち。遊びたいのはやまやまだが、私は帰らなければならないのだ。」

「君たちも暗くなる前に帰りなさい。親孝行も忘れてはいけないぞ。」

『はーい。』

 地助は児童らに手を振ると、道を進んだ。家に着くまでに遭遇した者は同じ村の農民や商人で、会釈をしたり、挨拶をしたりしながら、地助は進んだ。

「母上、由紀。」

 地助は戸を開けて、荷物を下ろした。

「ただいま帰った。」

「おお、地助か。」

 地助の母、ちゅうは笑顔で息子を歓迎した。

「お前は大きいから、竹をいっぱい採れるね。」

「これで竹筒、竹馬、竹槍などの道具を作って、町に出て売れる。」

「お前はほんまに、我が家の大黒柱だ。」

 宙は讃えると、地助は空気を入れ替えるために、窓を開けた。ふと外の景色に、彼の先祖が代々耕してきた田んぼが目に入った。

「……もうじき収穫時だ。今年は豊作かもしれないな。」

「そうだね。だが、収穫の半分以上は藤原様に献上しなければならない。なぜアタシらが代々汗水垂らして育て作物を…」

「母上! 耳はどこにでもある! もう少し小声でお願いしたい。」

 地助は母を咎めると、話を変えることにした。

「由紀は寝ているのか?」

「ああ。」

 宙は返事をすると、地助は隣の部屋に移動した。

「由紀〜。兄は帰ったぞ〜。」

 男の優しい声に、小柄で華奢な少女は目を開いた。

「兄様、おかえり〜。ゲホッ、ゲホッ。」

「無理をするものではない。」

 地助は包みから、あるものを取り出した。

「トマトを斬る。食べなさい。」

 地助は包丁で斬って、皿に乗せてから妹に渡した。

「ありがとう、兄様……おいしい。」

 由紀が嬉しそうに食べていると、地助は心の中を曇らせた。

(金さえあれば、薬を買える。いや、私に薬草の知識さえあれば…。 ……そうだ!)

「明日藤原様のお屋敷に行ってくる。」

「え?」

 由紀は驚いていた。地助は自信満々な顔をした。

「藤原金成様に面会を願い、薬を買ってもらえないか、直談判すろのだ。」

「藤原様は都から派遣された高貴なる武士のお方と母上から聞いております。そんな方が農民に時間を作ってくださるのですか?」

「もちろんだ。」

 地助はまたもや自信満々だ。

「侍は東武国の英雄で守神だ。侍は優しくて強くて、弱きに尽くし、守ってくださる。願いも言えば、聞いてくださるはずだ。」



 

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