第33話 陰謀

 再度チャイムが鳴り、今度はロビーではなく玄関前にいるということを教えられる。俺は玄関に着くと、躊躇することなくその扉を開けた。


 そこに立っているのは、先ほど画面越しに見ていた修道服を着ている女性。目鼻立ちがはっきりしていて、とても淑やかな佇まいでこちらを見ていた。


 俺と目が合うと、その女性は頭を少し下げ左足を斜め後ろの内側に引いた。右足の膝を軽く曲げてスカートの裾を摘まんで少しだけ持ち上げる。いわゆるカーテシーという挨拶の一種。


 一体何を企んでいるのか見当もつかないが、これは間違いなく面倒な奴に絡まれてしまったのは間違いないのだろう。それに彼女は、髪の毛を隠しているが俺の予想だと純白の髪だと思う。


「お初にお目にかかります。わたくしは刃の人間ではありますが、貴方様を尊敬しております。メリーナ・アン・ロファといいます。どうぞよろしくお願いいたします」


 その丁寧な所作は見るものを魅了する。美しく、無駄のない動きは天使が宿っているようで、まるでその人が女神と勘違いしてしまう人が続出しそうだ。


「ど、どうも」


 それに気圧された俺は、上擦った声しか出ずにそれを見つめていた。


 顔をあげてこちらをもう一度見てくると、口を隠してくすっと笑ってくる。


「………入る?」


「良いのですか?」


「ここで話すと、近所迷惑ってやつになるらしいぜ」


「あらそうなのですか。ではお邪魔します」


 メリーナは衣類に付いた埃をはらい落し、部屋の中に入ると丁寧に靴を整えた。歩く時も両手を前で組みながら、まるで兵隊のようにびしっと背筋をまっすぐ伸ばしている。


 とりあえずソファに座らせると、ビアンカをじっと見た。ビアンカは意外と人懐っこいので、逃げるどころか真新しい客人に興味があるのか、メリーナの太ももの上に乗っかった。


「あら、猫さん。こんにちは」


「にゃん」


「わたくしとお友達になってくださるのですか?嬉しいです!」


 メリーナはビアンカの口元に指をかざすと、ぺろぺろとなめだす。あらあら可愛いお友達ですね、と呟いておりもう俺よりも仲良くなってしまっていた。ビアンカはかなり利口で人をよく見ている。


 もしかしてメリーナよりも俺の方が悪い人間であることを見抜いているのか。それとも、女性の方が懐きやすいだけか?


「なあメリーナ。頭に被っているものを取って貰えるか?」


「はい。もちろんです」


 頭巾に手を掛け、それを脱ぐと美しい羽根が生えたかのように白い髪がひらりと現れた。少しずつ暗くなる部屋で主張するような純白の髪はある種の異質さを覚えると同時に、彼らの意思を押し付けるような感覚があった。


 この女性も真珠の子であるということは、何か異能が使える可能性がある。


「真珠の子……か」


「いえいえ、わたくしは不平等です!」


「はぁ?」


「鳴海様はきっと何か特別な才能をお持ちなのでしょう?だからこそご自身のことを真珠の子ではなく、不平等とお呼びになっている」


「何言ってんだよ。俺は異能力なんて使えないさ」


「ふふっ。何か隠していますね?まあ今日の所はこのくらいで済ませておきます」


 俺の何かを嗅ぎ取ったように、その不鮮明な部分を追求してくるが俺はそれを教えることはない。自分の得意を他人に教えるほど俺は甘えるつもりはないし、仲良くなるつもりなんてない。


 所詮上辺だけの関係のことを彼女は気付かずに終わる。


「それで、なんで俺の家に来た。Aから連絡先を貰ったばかりだからメリーナが俺の家に来ずとも、連絡出来たのではないか?」


「ええそうですけれども、わたくしはあの人たちと仲良くする気は微塵もございません」


「どういうこと?」


「刃は一枚岩ではないのです。Aさんに付いていく人もいれば、反対にわたくしのような誰とも群がるつもりのない人間もいます。もちろん、Aさんに反抗する勢力もいらっしゃいますよ」


 メリーナから赤裸々に語られる刃の内情に、耳を傾けないわけにはいかなかった。いつかは相対する組織のことを簡単にばらすような人間はこいつ以外にいないかもしれない。


 だとすれば、利用しない手はない。


「……お前の目的はなんだ?あいつらとは仲良くしないという可能性がゼロの訳がないだろ?それに皐月と優の行動を知っているなんてのは、刃で情報を共有していると言っているようなもんだ」


「いえいえ、わたくしは彼らを利用しているだけです。人間を皆殺しにしたところで何にも面白いことなんてありませんから。寧ろ、その点に関してAさんは浅はかなのですよ」


「まあ、思想はそれぞれある。実害が無ければ、俺も何も言わないさ」


「中立である折り紙様はそれで良いでしょう。しかし、時間はありませんよ」


「時間?」


 その歪んだ表情は、まるでこの世界の終わりを見ているようで彼女の顔が少し見えづらくなると、部屋の電気を点けた。


 重く締まった唇がようやく開いた。


「刃はこれから戦争をします」


「……戦争?」


「はい、権力争いです。Aさんの革新派閥と天さんの保守派閥がぶつかり合って今後の方針が決まります」


「そんな日本政府みたいな派閥あんのか」


「刃のメンバーは三八名。革新派閥、保守派閥共に各一八名が在籍しており常にバチバチやり合っている状態ですね」


「その派閥に所属していない人間の一人がメリーナってわけか」


「ええ、もう一人は恐らく傍観をするのでしょう。わたくしの方にもよく保守派閥から勧誘されるのですが、全部拒否している状況です」


 戦争か。それも内部のものだと俺が手を出すべき問題ではない。下手したら巻き込まれて思わぬところで命を落としかねない。


 しかし、なぜこいつがそれを俺に教える必要がある。仮に中立の立場だとしても、それをAたちが無視をするわけがない。少なくとも、変な動きをする前に殺すのが自然なことだ。だがそれをせずにこうやって放置しているということは、こいつには何かの役割がある。


 つまりメリーナはAと俺を繋ぐ伝書鳩のような立場にいる。迂闊に手を出せない。


 これがAの作戦じゃないにしても、厄介だ。


 俺は一人でも相手の戦力を削ぎたい。だが、誰かが重要なカギを握っている人物である可能性が高いし、仮に革新派閥の人間を殺せば間違いなく矛先が俺ではなく皐月や優に向かってしまう。


 奇跡的にバランスを保っている天秤が常に存在しているみたいだ。


「その戦争っていうのは具体的に何を争うんだ?」


「刃には二つの未来があります。革新派は保守派を殺した後、真珠の子の才能を持っていない人間を皆殺しにするつもりです。Aさんはそれを変えるつもりはないでしょうね」


 可愛らしい顔して、皆殺しという怖すぎるワードを発するが動じることはせずに流す。淡々と話すが、結局メリーナは何をしたいのだろうか。


「保守派の天さんは今後異能力の研究を更に進めていきたいようです。彼らは優生思想を持っていますが、人間にほとんど興味を持っていないです。なので、今後も人間を皆殺しにすることはないでしょうね」


「話を聞いた限りだと保守派の方が勝つべきだと俺は思うが、お前はどう思う?」


「そうですね。わたくしも保守派の考えは好きですが、彼らは基本的に、刃の中での落ちこぼれ集団ですのでこの戦争に勝つことはまずないですね」


「なんだよそれ、というか今更戦争する必要があるのか?異能の研究してくれるのならわざわざ内部で争う必要なんかないだろ?」


「いえ、すでに異能は限界を迎えております。約八年間、異能の研究の成果は出ていません。ですので、コストを削減するために彼らを殺すつもりなのです」


「……革新派がただの悪党にしか見えない」


「殺すのは、外部に異能の情報を漏らさないようにするためでもあるのです」


 そっか、と呟き会話を終えた。味方を殺すなんて正直取りたくはないが、組織の為ならば喜んで殺すのが常識である。


 ……異能を外部に漏らすということはつまり、俺にも都合がいいことではないか?


 ある一つの考えが思考をする。


 もし、その天という人間が俺に協力してくれるのならどうだ?保守派はほとんど人間に興味がない。ならば、人間が嫌いでも好きでもないはず。そして彼らも真珠の子であるから理解しているはず。自分たちに勝ち目はないと。死に際ならば出来るかもない。


 彼らの研究から、何か、革新派の情報を貰うことが出来れば、活路がみいだせる。


「ビアンカ。こっちにおいで、夜ご飯を食べようか」


 メリーナの膝の上ですっかり丸くなっていたビアンカを呼び、夜ご飯の準備をした。


「メリーナ。その戦争はいつから始まるんだ?」


「えーっと、まだしばらく先ですね」


「そうか。それ、俺も参加しても良いか?革新派で」


「えっ⁈」


 目を見開いて驚くメリーナは、その衝撃でビアンカを撫でていた手を止めた。


 こうなったら刃もろとも利用してやる。

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