第12話 花園の住人

 男子禁制の女子だけの空間。そこに咲いている花には毒がある。


「………やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!」


 子猫のビアンカを病院に連れて行った帰りのことである。水無川優は車の中で、両手を上げて盛大に喜んだ。あの時之宮鳴海が同じ学校に行ってくれるという事実が彼女を幸せの渦に引き込んでくる。本人が居ないこの瞬間は噓無く本音で誰かと話せる。その相手というのは…。


「ふふっ。嬉しそうね。でも、まだ優ちゃんの入学は決まってないわよ?」


「ちょっと皐月さん!それだけは言わないで……」


 普段なら絶対しないオーバーなリアクションで耳を両手で塞ぎながら、足をバタバタさせる。こんな姿を鳴海が見たらどう思うかなんて考えない。


 皐月はいつでも相談役になる。思春期の女の子の悩みはいつも彼女に話せば、気分も楽になるし、誰よりも理解してくれる。


「でも、なるが高校生かぁ。想像つきませんよね。なるが勉強している姿だったり、他のことに熱中している姿だったり………」


「私も想像つかないわ。でも、あの子は学校に入っても勉強しないことだけは分かるわ」


「ですよね~。授業中すぐ寝ちゃうかもしれないですね」


 本人は居ないところでディスられて、二人は彼の姿を頭の中で浮かばせてせせら笑いながら浮世話が広がっていく。


 折り紙は、鳴海を学校に行かせようと何年も前から計画していた。だが、それの発案者は実は優だったのだ。折り紙のリーダーである折坂雪夜にダメ元で頼んでみた所、奇跡的に承諾を得ることが出来たのだ


「優ちゃん。チャンスじゃない?なるちゃんと付き合えるかもしれないわよ?あの子なら引く手数多だけど優ちゃんが一番大事だからいけるわ!それか既成事実を作っちゃうとか」


「どふぇぇ………!!ちょ、ちょ、ちょっと!!ななななな何言っているんですか⁈なるとつつつつつつつ付き合うなんて…………」


「動揺がすごいわね」


「…………確かに、なるは絶対にモテますよね」


「多分入学初日に彼女作って次の日には別の彼女作ってるわよ。初日の子はもうその学校から消されてそうよね」


「皐月さんの中のなるのイメージってどうなっているんですか?まあ、分からなくもないですけど………」


「でも逆に、あそこまで美人だと釣り合わないと思う子の方が多いから彼女出来ない可能性も出てくるわね」


 きっとここに本人がいたら、「まあ、女性の視線を奪うのも不平等だよね~」という、なんともモヤモヤするような一言をかましてきそうだ。


 でも優には、わだかまりがある。


「わたしなんかじゃ、何もかもなると釣り合えませんよ」


「どうして?」


「なるには、才能があって、強くて、わたしなんかよりも優しい。それなのに、今まで誰よりも辛くて悲しい人生を送ってきて……力強く生き抜いている。そんな彼に、何か意味のある人間にはなれないです。わたしは何の才能もないですし………」


 優は分かりやすくしゅんとする。折り紙には才能溢れる人間しかいない。運転席に座る皐月もそうだ。自分と比べてしまえば、才能の差に打ちのめされる。


(あーあ。またこれだ。自己嫌悪なんかしたくないのに)


 凡人と天才と不平等。憧れを抱くことすら恐ろしい。


「あら、そんなことで悩んでるの?」


「そんなことって………って、え?」


 顔を上げると同時に子供あやすような手つきで皐月が頭を撫でる。それを抵抗することなく優は、その気持ちの良い感覚に身をゆだねる。少しだけ目を開けて横を見ると、皐月の母性が溢れた表情に顔を赤らめる。


「よしよし、やっぱり優ちゃんは優しいのね」


「もう……子供じゃないんですから」


「私から見たら、優ちゃんもなるちゃんもまだまだ子供なのよ?だから、いつでも私を頼ってちょうだいね?」


「………………はい」


 言い包められて流されてしまうのは自分がまだまだ弱くて、子供っぽい一面を遠慮なく出してしまうから。そして、家族のいない優にとっての唯一の家族だから。


「……あの子の過去をそう悲観しないであげて?確かに、不幸なのかもしれない。けど、本人はそう思っていないの。自分自身で犯罪者になることを選んだの。もちろん、それが正しいとは言わないし、言えないけど………なるちゃんらしいと言えばそうじゃない?」


 それは、鳴海のことを良く知っているからこその答え。その優しい気持ちを知っているのは皐月だけではない。だけど、同じ立場に立って初めて見えるその気持ち。


「それに、あなたと釣り合っていないなんて微塵も思っていないわよ。そもそも、重く考えすぎなのよ。アレと釣り合うのは、全盛期の折坂さんでも無理だと思うわ。それに、どちらかと言えば、犯罪者と一緒に居て将来を潰してしまわないか心配をしているわよ、きっと」


「そんな………。わたしはそんなこと思ったりしません。だって、この命は彼が拾ってくれたんですから」


 そう言うと、あの日のことを思い出す。初めて会った日のことを。考えるだけで胸が熱くなる。大変なこともあったけど、今ではいい思い出になった。


(重く考えすぎ……か。わたしらしいけど、悪い一面なのかもしれない。才能を気にするのは、才能の無い者って誰かが言ってたし……)


「あら、また重く考え過ぎよ?私が変なこと言ったせいかしら」


 肩を震わせたのをバレないようにしていたはずだったが、結局バレてしまう。


「ごめんなさいね。でも、覚えていて欲しいの。才能なんていうのは、人を見るときに邪魔になってしまうから。過去も今も、人を見るときの判断材料にならない」


「………じゃあ、何を見ればいいんですか?」



「それはね────────夢なの」


「夢?どうしてですか?」


「さあね、これは誰かさんからの受け売り。でも、夢は愚直だがら」


 優は横で運転する皐月を模索するように眺めるが、皐月と目が合うとそそくさと逸らしてしまう。そして、膝に置いてある自分の指を見つめる。無意識に動く指たちが妙にじれったい。


 皐月のそれは、家族という視点での話じゃなかった。常人を辞めた人間だから言える言葉。


 楽しそうに話す彼女を見ていると、今までの悩みがどこかに飛んでいく。今は難しいけれど、簡単な解釈から始めればいい。


(でも、なるの夢って………なら、わたしが導いてあげればいい。次はわたしが、生きる意味を渡してあげるんだ)


「なら、今は自分に出来ることを精一杯します」


「それがいいわね。まずは入学して、なるちゃんを楽しませてあげてね」


「もちろんです!死んでも忘れさせないような三年間をプレゼントします」


 笑顔を見せると、皐月にもそれが伝染して温かい気持ちになっていく。もうその花たちには毒なんてない。いや、もしかしたら最初から毒なんて最初から無かったのかも。


「全く。罪な男ね」


 ま、犯罪者だけど。と言って皐月はおどけて笑った。


 花園の住人は願った。幸せな未来なんて思いつかないけど、きっと鳴海だったらそれすらも創ってくれる。そう確信しているからこその願い。


 皐月はラジオの音量を上げて、アクセルを少し強く踏む。



 ポケットに手を入れて、中を探ってもタバコは無かった。

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