第35話 恋の相談

年の瀬も迫っているが、改まって新年を迎える気構えがない。

カイは秋田にいる祖父母や父親と水入らずでお正月を過ごすために、大みそかに東京を発つ。

一緒にと誘われたが、今回は遠慮した。


いつも通りの、新年になりそうだ。

一応、出来合いの御節パックを買い、お雑煮も作るが厳かな雰囲気など微塵もない正月が繰り返された。

近年は紅白歌合戦もお正月番組も見ない。

ましてや、初詣など行ったことがない。

おみくじに人生を投影させて、あれこれ思考を巡らす若さもない。


昼食を一緒に食べ送り出してから、なにもやる気が起こらず夜になっていた。

カイがいないと、こうも味気ないのかと思い知った。

静まり返った澄んだ空気の中で、小さく除夜の鐘が聞こえた。

近所にお寺なんてあったっけ?記憶にない。


LINE♪


 カイからのLINEだった。

 "あけおめ!今年もよろしく"

 "happy new year" スタンプ送信

 "3日には帰るから泣くなよ"

 大号泣のスタンプ送信!

 やべぇ逆効果、そんなカイの慌てる様子が手に取るようにわかる。

 "大丈夫、戻るまで冬眠してるよ"

 "飯だけは食え"

 りょ!のスタンプ送信。


しばらくしてスマホの呼び出し音が鳴った。

『あっ百合さん、タクヤです。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。こんな遅くにすいません』

『おめでとう、こちらこそ宜しくね、全然、起きてたから気にしないで』

『なんか突然なんですけど、あした時間があったら相談に乗ってもらえませんか』

『相談?私に?』

『そうです、恋の相談です』

『カイ、いないよ』

『知ってます』

いやいや、これはマズいだろ。

カイの言った”ケダモノ”が頭をよぎった。

『じゃあした、じゃなくて、きょうの午後13時頃に伺いますので』

ちょっと躊躇している間に訪問が決定されてしまった。

どうする?恋の相談?

やっぱ諦めきれないのでとかいう、三角関係の修羅場系ですか?

だったらカイには内緒のほうがいいし、大混乱。

しかも、なんでお部屋訪問なの~


かなり寝不足気味の元旦である。

色々考えたが、考えたところで時間は待ってはくれない。

お正月なのでお酒も飲むかもしれないと思い、冷蔵庫の中のおつまみになるものを並べてタクヤ君を待つ。

約束通り、13時をちょっと過ぎたあたりでインターホンが鳴った。

「おめでとうございます、これミルフィーユです。カイからお好きだって聞いて」

「わあ、ありがとうございます、なんか相談って私なんかで役に立つんですか」

玄関で靴を脱ぎながらタクヤは照れ笑いを浮かべた。

「アハ、本気にしちゃいました。ごめんなさい、カイから言われて話し相手に来たんですよ。ちょっと意地悪な言い方しちゃいました、何しろまた振られちゃったので」

「えー、それは残念。クリスマスの時の人ですよね、応援してたのに」

彼はソファには座らず、ベランダに出て煙草に火をつけた。

「お昼食べました?お酒もありますけど」

「あっ、食べてきました。お酒はカイから止められてますので遠慮しときます」

「カイがわざわざ頼んだなんて、なんか魂胆でもあるのかなぁ。頂き物ですけど、ミルフィーユにしましょうか」

「そうですね、ちょうど甘いものが食べたくなったんで」

煙草を携帯灰皿にもみ消して戻ってきた。

テーブルに紅茶を用意すると、砂糖を入れずに一口飲んだ。

「すごい気持ち悪そうな目でジトーって見られました。でも全然後悔してないっす。言わないで悶々としてるより、ずっといいかなって。なんか、いつも喉の奥が痞(つか)えてる感じが癒えたんで告白こくって良かったです。あんな目で見られてもしょうがないし、それが俺なんだし」

「私も高校の時にすごくカッコいい先輩に憧れてた。女なのに女を前面に出さないで正面切って男子と競ってて。友達になりたいとかじゃなくて、憧れ。そっと遠くから見てるだけでドキドキして。私なんか変って思ったけど、人を好きになるのに線引きなんてないよね。堂々と好きって言えるタクヤ君は素敵だよ」

「ですよね。カイが恥ずかしいことなんてないさって言ってくれて、勇気出したけどダメだった」

「カイがね、タクヤ君の好きなタイプってどんな人って聞いたら、"おれ"って言ってたよ。嬉しかったんだと思う。すごく誇らしげな顔をしてたもの」

それを聞いたタクヤ君の顔が歪んだ。

下を向き、拳を握りしめて声を振り絞った。

「カイに言えなかったのは・・・アイツとの友情は一生ものだって思ったから、無くしたくなかった。アイツを苦しめたくなかった。後付けでサラっと言えて良かった。アイツも何気に流してくれて、俺も救われた。こんなにも人を好きになれて、それがアイツで良かった・・・」

背中が小刻みに震えている。

泣かないでタクヤ君、紅茶が冷めちゃうよ。

カイだって、その気持ち大切にしてるよ。わかってるから。

「ほんとに恋の相談になっちゃったっすね」


外で羽根つきに興じている子供の声が聞こえてくる。

無邪気に笑いあって、本気で喧嘩して、自然に仲直りして、

当たり前に明日が来てくれる。

何も足さずに何も引かずに、そこにある日常はほんの一瞬で。


大人になるって、誰かのために思いやることなんだね。


タクヤの背中を押したい<レベル90>


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