第9話 砂の味

朝、ノアはあまり眠れないまま白いテーブルの前の椅子に座る。

「大丈夫かのう?目の下にクマが出来ておるぞ?まだ調子が戻らんようなら、部屋で休んでおってもいいのじゃぞ?」アークが心配そうにノアを見る。

「大丈夫だ。少し考え事をしてたら寝れなくってな。それよりどうやって帰るか話すんだろ?」ノアが椅子に持たれながら言う。

「うむ。ノアが来た座標はわしの時代では日本っていう島国じゃった。今はどうかは分からんが、もしかしたら海を渡らなければならんかもしれん」アークは腕を組ながら考える。

「まさかこんな形で冒険をする事になるとはなぁ皆は今どうしてっかなー」ノアが頭の後ろで腕を組み椅子を傾ける。

「お主の友人達は今も宇宙に居るじゃろう。何ならお主も居るぞ?」アークが腕を組みながら続ける。

「そこが問題なのじゃ!ノア、お主本人とあったらどうなるかわかるかの?」アークが片眉を上げ横目で質問する。

「うん?俺が2人いる!!ってびっくりすんだろうな?」ノアが呆けたように言う。

「阿呆め!そんな事になったらタイムパラドックスが起こるわい!同じ時間に同じ場所、同じ人物は2人居てはならんのじゃ」アークが呆れたようにやれやれと首を振る。

「タイムパラドックスって何なんだ?前にもそんな事言ってたが俺よくわかんねぇんだけど」ノアの瞳が白に変わる。

「タイムパラドックスっていうのはのう、簡単に言えば時間の矛盾じゃ。例えばじゃ、お主がタイムマシンでお主が産まれる前に両親を殺したらどうなると思うかの?」ノアが少し考え答える。

「俺が産まれてこないな」

「その通りじゃ。じゃが殺した本人はどうじゃ?産まれて来ないのにどうやって殺す?これが時間の矛盾じゃ」アークが先生のように喋る。

「色々仮説があったのじゃ。世界が滅亡するとか、殺そうと考えた瞬間に消えるとか色々のう。じゃが正解は地球が人類を滅亡させようとするじゃった」アークが怖い顔で忌々しそうに言う。

「それがGR光粒子なのじゃ。人が居なくなるまでやまない光の雨となり降り注ぐ、人類を地球から皆消して終わり、まったく気に入らんのう。不愉快じゃ!」アークは怒り出す。

「おい、落ち着けって!難しくてよく分かんねぇけどタイムパラドックスがおこっとそのGR?光粒子っつうのが降ってやべぇんだろう?でも俺達は効かねぇんじゃねぇのか?」ノアが疑問を口にする。

「今度はお主らにも効くぞ?これは地球の防衛措置じゃ。地球人が矛盾を起こせば地球人を消し、宇宙人が矛盾を起こせば宇宙人を消すだけじゃ。だから不愉快なのじゃ!スマートではない!問題が起れば全部消す!癇癪を起こした子供と変わらん!こんなの科学的ではない!」アークが立ち上がり頭を掻きむしりながら叫んでいるとエムザラがお皿を持ってやってくる。

「朝ご飯だよ。昨日運ぶの手伝ってくれたから今日は豪華だよ」皿の上を見ると焼いた厚切りの肉が湯気といい匂いを放っている。確かに美味そうだが昨日運んだとはまさか…

「エムザラ…これ昨日のミミズの肉か…?」ノアが肉を指さし息を飲む。

「そうだよ。貴重なタンパク質だ!モンゴリアンワームはとても美味いんだよ?」そう言うとノアの耳元に口を寄せこう言う。

「ノアに僕の料理を食べてもらいたいんだ。未来の旦那様にね♡」ノアは耳が真っ赤になり真っ赤な瞳をエムザラに向けると、エムザラも少し赤い顔でニコリと笑う。

「モンゴリアンワームとは…わしのしる地球にあんな生物はおらんかったが、時間とは怖いのう…もぐもぐ…うま!」アークが美味い美味いと食べる。ノアも恐る恐る食べるが肉厚で口の中に肉汁が溢れとても美味い。

「うめぇ!まじで美味いぞ!ありがとな!エムザラ」素直に感想を伝える。

「そっか。口にあって良かったよ」エムザラが照れたように微笑む。

「それでこれからどうするんだい?」エムザラが席に着きながら2人に質問する。

「うむ、まずは足が必要じゃな。奥の部屋にあった車を改造して乗れるようにしたい所じゃが、いいかのう?」アークがエムザラに向かい言う。

「あの壊れた車かい?もちろんいいけど、アレって動くの?」エムザラが胡散臭そうな顔をする。

「あれが動いてる所1度も見た事ないよ?あんな鉄の塊が昔はたくさん走ってたってじいちゃんが言ってたけど、どうも想像つかないんだよね」エムザラが宙を見つめながらに想像する。

「ワシが直せば動くじゃろう。使わん手はないわい」アークがお肉を食べながら言う。

「アークは飯は食べるんだな?」ノアがアークの口の周りを指さし汚れている事を教えながら言う。

「うむ。食べんでもいいが身体を昨日のうちに完全修復したからのう」口の周りを袖で拭きながら続ける。

「食べたい欲求が出てくるんじゃ。それに睡眠欲も出てきおる。より人間に近ずいたのじゃ」やれやれとアークが首を振る。

「博士はなぜ最後にこんな面倒な身体にしたのかのう」

「なら、前のままでいいんじゃねーのか?青い玉のままでよ?」ノアが何ともなしに言う。

「む?それでもいいのじゃがナノマシンを使う上でこの最新の状態が1番効率がいいのじゃ。わし自身そのままバックアップから復元したにすぎん。中身はブラックボックスじゃからのう。そのままの方がいいのじゃよ」アークがため息を着く。

「それじゃアークちゃんは車の修理だね。僕とノアは猟に出るよ。飲み水も欲しいからね」そう言いながらエムザラはノアにニコリと笑いかける。ノアがドキリとする。

「よろしくね。ノア」

「お、おう。よろしくな!」ノアがぎこちなく笑う。

「それならノアや、これを飲むのじゃ」アークがカプセルを渡してくる。

「何だこれ?」

「ナノマシンが入っとる。いちいち浄水器を使うのも面倒くさかろう?それを飲めば体内でお前に合わん成分を除去するじゃろう」アークが皿を片付けながら言う。

「あんがとな!助かるぜ!」ノアが瞳を少し赤く染める。

「良いわい。気を付けて行くんじゃぞ」





「何だか緊張するな…」エムザラが少し不安そうな顔をする。

「あ?猟なんていつもやってんじゃねぇのか?」ノアがエムザラから借りた黒いスーツの首元を弄りながら言う。

「マスク無しで外に出るのは初めてだからね。アークちゃんのお陰だよ」2人は扉の前に立つ。

「よ、よし!行くよ?」エムザラが決意したように扉を開ける。狭いコンクリートの部屋を通過し、表の扉が開く。外は1面の砂漠、昨日と変わりない。

「うわ!大丈夫かな?何ともないよね?」エムザラが手をグーパーしたり、少し飛び跳ねたり、屈伸する。

「大丈夫そう…」エムザラがポツリと言う。

「良かったな!」ノアが水色の瞳で言う。

「やった!」エムザラが走り出す。

「おい待てよ!」ノアが追いかけるが砂漠の砂に足が取られて上手く走れない。エムザラはどうしてあんなに早く走れるのだろう。

「空気がうまいよ!マスクしないだけで視界がすごく広いし!」エムザラが砂の上に寝転がる。ノアがやっと追いつく。

「はぇよ…!何でそんな早いんだよ…ハァ…ハァ…」ノアが肩で息をする。

「ごめんついね。ノアは体力ないね」エムザラがふふと笑う。

「ちっげえよ!これでも毎日筋トレしてたんだぞ?地球に来てから少し身体が重いんだよ」ノアが言う。

「たぶん重力の問題じゃないかな?宇宙じゃ無重力だって聞いたことがあるよ?」エムザラが起き上がり、砂を払いながら言う。

「船内も重力があったからそんなに変わるとは思えねぇけどなー?」ノアが首を捻る。

「ノアなら直ぐに地球になれるさ。それと名残惜しいけどそろそろお喋りはお終いみたい」エムザラがしゃがみ背を低くし、ノアにもしゃがむ様にゼスチャーする。ノアがしゃがみながら小声で聞く。

「どうした?」エムザラはそれには答えず指を指す。遠くに動く小さな影が見える。静かに銃を構え狙いを定める。

「1、2、3、バースト」エムザラのその言葉で引き金が引かれ、緑の細い光が影を捉え動かなくなる。すると勢いよくエムザラは獲物に向かい走り出す。やはり早い。なぜ、砂漠の砂の上であれだけ走れるのだろうかと疑問に思いながらノアも走り出す。ノアが追いつくと一抱え程ある生き物を捌くところだった。

「こいつは砂兎って言うんだけど、耳がすごくいいんだ。足も早いから直ぐに逃げられてしまう」エムザラが素早くナイフをいれ血抜きし、捌いていく。

「すげー手際がいいな」ノアが感心しながら言う。

「次はノアの番だよ?頑張ってね」エムザラがニコリと爽やかに笑う。




当たらない。エムザラに教えてもらった通りやるが当たる気配がない。緑色の光は獲物に当たる所か数メートル離れた岩に当たる。獲物は我知らずと離れて行く。

「な…何で当たんねぇーんだ…」ノアが静かに落ち込むがエムザラは嬉しそうだ。

「懐かしいな。僕も最初全然当たらなくて落ち込んだよ」エムザラがふふふと笑う。

「なぁエムザラはどうしてあんな早く走れるんだ?」ノアがエムザラから借りた銃を下げながら聞く。

「特殊な走り方で走っているから…だと思う。じいちゃんの走り方を見よう見まねでやっていたら、いつの間にかできるようになってたからね」エムザラが自分の足を見ながら言う。

「俺が出来るようになるのにどれぐらいかかるかな?」ノアが青い瞳で聞く。

「ノアはたぶん地球の環境に慣れれば直ぐにできるんじゃないかな?5年くらい?」

「マジかよ…」ノアが瞳をさらに青くする。ふふふとエムザラがまた笑う。

「ノアの瞳の色、何となく分かってきたよ…」エムザラが静かに耳元で言う。耳がチリチリする。

「なぁエムザラ…昨日の事何だけどよ…俺は夫婦とかそういうのよくわかんねーんだよ」ノアが遠くを見ながら続ける。

「俺は両親は居たけど、殆ど会ったこともないまま死んじまったし、その後育ててくれた先生も結婚とかしてねぇからさ」ノアが俯き言う。

「エムザラの気持ちは嬉しいよ。俺もエムザラの事嫌いじゃねぇ。だけど夫婦とかよくわかんねぇからさ…」ノアが振り返り青い瞳で言う。

「ごめん…」

「そっか…いや僕が悪かったんだ。突然夫婦と言われても困ってしまうよね。色々すっ飛ばしてしまったよ。こんな環境だといつ死ぬか分からないから、自分の気持ちは直ぐに伝えた方が良いと思ったんだ」エムザラが少し悲しそうにハハハ…と笑う。

「でもね。夫婦は分からなくても恋人はわかるよね?」エムザラが薄く笑い顔を寄せる。ノアは動けなくなる。

「恋人同士はどうするかわかるかい?」エムザラの顔が近づくがノアは動けないまま、唇が重なる。ノアの瞳は赤くなり、ピンクに染まり、そして虹色に輝く。エムザラの柔らかい唇の感触が全身に伝わる。エムザラは目を閉じ、顔が赤い。身体は震えているようだ。とても現実感がない。心臓は破裂しそうな位に鳴っている。息が苦しい。唇が離れる。名残惜しさを感じながらノアは唇を舐めると砂の味がした。

「これで僕達は恋人同士だよね?」エムザラが赤い顔でニコリと笑う。

「おい!だから俺はそういうのわかんねぇって!」ノアが叫ぶ。

「君はどういう事か分かってるはずさ。瞳の色がそう教えてくれるよ?」エムザラがまだ赤い顔で薄く笑う。ノアはピンクになった瞳を隠しながら言う。

「みんなよっ!くそ!何でこの目はいつもいつも!あぁわかったよ!認めるよ!俺はエムザラが好きだっ!これで満足か!?」またエムザラは可笑しそうに笑う。

「ほんとノアは可愛いね。夫婦がわからないならまずは恋人からだろう?こういうのは早い方がお互いに良いと思うんだ」

「俺は恋人同士も知らんぞ?近所に居たバカップルは参考にしたくねぇ!」ノアは近くに住んでいた四六時中イチャイチャしていたカップルを思い出し余計に赤くなる。

「何だい?近くに恋人同士が居たなら話は早いじゃないか!僕の知識もばあちゃんの本だけだから参考にしようよ」エムザラが聞いてくる。

「2人はどんな事をしていたんだい?」ノアは答えられない。あんな…恥ずかしい事は言える訳がない。

「どっどうでもいいだろ!大した事じゃないって」瞳が赤く燃える。

「瞳が赤いよ?感情が高ぶると赤くなるんだよね?どんな事をしてたのか教えてくれ。2人でやってみようよ!」エムザラはニヤニヤしながら言う。

「お前わかってて言ってんだろ!?」

「いやいや、僕の知識は本だけだから実際に見た人の話を聞いてやってみないと、ね?」ノアが顔を手で覆いながら天を仰ぐ。俺は何て奴に惚れてしまったんだと後悔する。

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