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「今日は午前から準備があって疲れたのではないか?」
「あれくらいでしたら平気ですよ。私、遠乗りに出かけるほどには体力がありますから」
「それもそうか」
小さく笑ったローガンは、フレイヤを緩く引き寄せると、こめかみのあたりに軽い口づけを落とした。
想いが通じ合ってからは時折髪や指先にこうして口づけを落とされることがあったので、少しずつ慣れてはきたものの、流れるようにされると危うく『ぴゃっ!』と奇声をあげそうになる。
うるさい鼓動をごまかすように、フレイヤは少し早口に話し始めた。
「このお休み中か、また今度のお休みにでも、遠乗りに出かけてくださいますか?」
「無論だ。数日後にでも行こう」
「それは楽しみです」
きっと、乗馬するローガンはとても格好いいだろう。
二人で人目を気にせず馬を駆り、青空の下で、持参した昼食を食べる。眺めのいいところに行くのもいいだろう。やりたいことを考えると次々に思い浮かんで、楽しみで仕方がない。
「……三週間のお休みは十分長いと思っていましたが、あっという間に終わってしまいそうな気がしますね。ローガンさ……あなたとやりたいことがたくさんあるのに」
つい癖で様を付けそうになりごまかしたフレイヤだったが、当然それはバレて、ローガンが吐息だけで笑うのがわかった。
「婚礼の儀のやり直しが殿下の耳に入ったようで、言伝をいただいた。今日から三週間でよいとのことだ」
「そうなのですか! では、もうしばらくゆっくりできますね」
弾んだ声をあげたフレイヤだったが、休みなんて言葉を知らないように登城していたローガンを思うと、心配な気持ちも湧いてくる。
「あ……でも、ローガンは、王城からこんなに長く離れていると落ち着きませんよね」
「いや……事後処理で慌ただしいだろうが、殿下周辺の危険度が大いに下がったのは間違いないから、この貴重な休みを謳歌したいと思っている。ここまでの連続した休暇は次がいつになるかわからないしな……今のうちにフレイヤとゆっくり過ごしておきたい」
顔はどうしようもないので他で補いたいという言葉通り、ローガンはなるべく思いをはっきり口にして伝えてくれているように思う。
真摯な表情で言われるとなおさら破壊力が抜群で、フレイヤは熱を持ちそうになる頬を両手で押さえた。
「そのように思っていただけて……私、とても嬉しいです。私も、ローガンと過ごせるこのお休みを、存分に満喫したいと思います」
「ああ」
少しの沈黙のあと、フレイヤはグラスに残っていた果実水を二口、三口と飲み切る。
そして、改めてローガンの方へと向き直った。
「それで、あの……私の傷は、もう完全に治ったのですけれど……」
おずおずと切り出すと、ローガンは低く呻いて目元を片手で覆った。
「それは……そういう意味でいいのか……? 遠乗りの誘いではなく」
「遠乗りの誘いはもういたしました。なので……はい。『けじめ』は、もうよいのではないかと思うのです。ローガンが自分では自分に許しを与えられないのでしたら、私が完治宣言をいたします」
数秒考えるように固まったローガンは、眉尻を少し下げて、フレイヤの頬に手を添えた。
「……言いづらいことを言わせてすまない。それから……ありがとう」
額に口づけたあと、ローガンは軽々とフレイヤを抱き上げた。向かった先は、大きな寝台だ。
ゆっくりと丁寧に降ろされて、髪を優しく撫でられる。その動き一つ一つから、大事にされていることが伝わってきて、フレイヤは幸福を噛みしめるように目を細めた。
両腕を広げてローガンの方へ伸ばすと、口角をわずかに上げた彼がその中へ収まり、強く抱きしめてくる。
薄い夜着越しにお互いの体温がじんわりと伝わり、混じり合って、ドキドキするのに穏やかな気持ちにもなれるのが不思議だ。
口づけが瞼に落とされ、瞼を閉じているうちに唇が重なる。
軽くついばむように、角度を変えつつ何度か繰り返されたキスのあとで、熱い舌が唇を割って入ってきた。
「ん……!」
まだ慣れない深い口づけに、フレイヤはびくっと肩を跳ねさせてしまう。それをなだめるようにローガンの大きな手が髪や背中を撫で、力が抜けた隙にますます口づけは熱く激しくなっていく。
よくわからないながらも、フレイヤも応えるように少し絡め返してみる。ローガンの動きが少し止まったあとに、あちこちの反応を探るように舌先で撫でられ、ぞくぞくとした感覚が背筋を駆け上った。
「……っふ、は……」
唇が離れ、フレイヤは少し乱れた息を整えようと浅い呼吸を繰り返す。
気づくと、その間に夜着を前で留めていた紐が解かれて、胸元から素肌が露わになりつつあるところだった。
思わずひゃっと息を呑みそうになるが、すべてをいきなり脱がされはせず、そのままの状態で鎖骨から胸元へと布越しにローガンの手が降りていく。
膨らみのところで止まったその手は、フレイヤの胸をまるっと包むように優しく触れた。
(ああ……痛いことなんて何もないわ。こんなに優しく、丁寧に触れてくださるのですもの)
フレイヤがほっと息をついた時だった。少しずつローガンの手に力が入っていき、ほとんど触れるだけだった状態から、そっと揉むような動きへと変わる。
さらには、胸の頂あたりを親指がゆるゆると掠めて、なんとも言えない感覚にフレイヤは唇を噛んだ。
「……痛むか?」
唇を噛んだことで、耐えていると思われたらしい。フレイヤは慌てて首を横に振った。
「いえ……なんだか変な感じがして……」
口にしつつ、もしかしてこれが『気持ちいい』に近い感覚なのだろうかと、フレイヤは推察する。それは正解だったようで、ローガンは「そうか」と言って、ふっと安心したように表情を緩めた。
また軽く口づけを落としたあと、夜着の前が開かれた。頼りない薄布とはいえ、あるとないでは大違いだ。
ランプがぼんやりと照らす薄暗い寝室とはいえ、素肌を大胆に晒している状況に、フレイヤは落ち着かない気持ちになる。
「私一人は、いやです……」
自分だけ脱がされているのが恥ずかしくてローガンの夜着を引っ張ると、口元を引き結んだ彼は上を一気に脱ぎ捨てた。
鍛えられた体躯が露わになり、フレイヤは目を
ローガンは背が高く大柄な部類だが、巨漢という感じでもなく、涼やかな容姿も相まって着痩せして見えるのかもしれない。
隠されていた肉体はしなやかなのに硬そうな、戦う男性のもので、フレイヤは自分とはまったく違う造形が気になり、つい指先を伸ばしていた。
筋肉が陰影を作る胸元や腹部をなぞれたのは、ほんの数秒。
視界がぐるんと動いたかと思うと、フレイヤはローガン越しの天井を眺めていた。
「……抑えが効かなくなるから、俺を弄るのはあとにしてくれ」
実に渋い表情で言われて、こんな時なのに笑いたくなってしまう。
しかし、抑えが効かなくなるとどうなるのかわからず怖いので、「はい」と大人しく頷いたフレイヤは手を引っ込めた。
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