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そんなやり取りを横目にフレイヤがローガンの頬を軽くつまんでみると、ようやく「現実……」という呟きが漏れる。
「フレイヤ。俺がソフィア……様のことを想っているというのはよくわからない。俺が想う相手は、今も昔もフレイヤただ一人だ」
「えっ……?」
今度はフレイヤが呆然とする番だった。
「でも、そんな……ローガン様は、いつも私を睨んで……」
「睨んでいないと言ったはずだが」
「眼光鋭すぎるんですよ」とジンが半ば独り言のように零し、それに対しては間違いなく睨みが向けられていた。
騎士たちの間から笑い声と口笛の音が聞こえ、恥ずかしいのにそれ以上に嬉しくて、フレイヤの頬が緩んでいく。
と、ローガンの顔が険しくなっていき──同時に「まったく」と王太子の呆れを含んだ声が響いた。
「ローガン、お前……もしかして、顔が緩まないようにしているのか? そんな険しい顔になるくらいなら多少気味が悪くとも、でれでれに緩んだ顔の方がまだマシだぞ」
「……!」
ローガンは衝撃を受けたようで、険しい顔から驚愕の表情へと変わっていく。
フレイヤも驚いてしまい、ローガンと王太子を交互に見つめた。
「なるほどな。お前たちの間で何が起きていたかおおよそ察した。……フレイヤ夫人。そいつは君のことを溺愛している。詳しくは本人から聞くといい」
「は、はい……」
「おい、ローガン。お前には特別休暇をやる。結婚休暇もろくに取っていなかったしな。この期に奥方とゆっくり話して、今度こそ蜜月を過ごしてこい」
「ありがとうございます、殿下。それでは遠慮なく三ヶ月ほど──」
「いや、長すぎだろ」
王太子も思わず口調が崩れるあんまりな要求に、騎士たちがどっと笑う。
フレイヤもおかしくなって笑いつつ、ローガンの肩に頬を寄せたのだった。
事後処理は王太子や他の騎士団員が行うとのことで、フレイヤはローガンに抱えられたまま、迎えに来たアデルブライト家の馬車に乗り込んだ。
アデルブライト家別邸に帰ると、事件の一報が既に入っていたらしく──。
マーサ、エヴァ、ベラが悲壮な顔で走り寄ってきたので、フレイヤはちょびっとしか怪我をしていないのがちょっと申し訳なくなりつつ、胸の奥がほんのり温かくなるのを感じた。
「マーサ、ベラ、風呂の準備を」
「はい」
「エヴァ、包帯を用意してくれ。薬は王室の侍医からもらっているから不要だ」
「かしこまりました」
ローガンはフレイヤを抱えたままテキパキと侍女に指示を出し、彼女たちに続いて二階へと上がっていく。
このままお風呂でも抱えられていたらどうしようかと少し不安になるが、ローガンはフレイヤを浴室の椅子に下ろすと、自分も湯浴みするために退室したのでほっとした。
「フレイヤ様、お怪我は……」
「手と足の裏にちょっとだけだから、本当に大丈夫なのよ、エヴァ。ただ、擦ると痛そうだから、お湯でそっと洗い流すだけにしておきたいわ」
「かしこまりました」
「……心配かけてごめんなさいね」
幼い頃から散々やんちゃをしてきたフレイヤだったが、こんな事件に巻き込まれるのは流石に初めてのことだった。
いつもより硬い表情のエヴァに謝ると、「ご無事で……本当によかったです」と微かに震える声が返ってくる。
誘拐騒ぎの時は、悪役よりも悪役らしいローガンの『刻む』発言などがあり、泣くという発想がすっぽ抜けていたのだが、屋敷に帰り心底ほっとしたことで、涙腺が緩んできてしまった。
「お嬢ざま……!」
「もう、お嬢様じゃなくて奥様よ」
「おぐざま……!」
いつもポーカーフェイスのエヴァが涙目になったことに釣られたのか、ベラが泣き始め、フレイヤも目の奥が熱くなる。
「あらあら」
微笑みながらマーサがフレイヤの涙を拭いてくれるけれど、彼女の目も少し潤んでいた。
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