「ええ。王都にお店を開くのもいいかなと思っているの」

「へぇ……。それじゃあ、僕からもいくつか助言しておくよ。特に最初の商いの時は、初期費用も月々の固定費もできるだけ抑えること。かといってあんまり賃料が安いところは訳ありかもしれないから、見極めが大事だね。よくやりがちな失敗は、最初からあれこれこだわって完璧にしようとして、予算の何倍もかけちゃうことだから要注意だよ。それから、大衆店ならある程度立地も大切だね。できれば、人通りを平日と休日でよーく観察して、顧客にしたい層が十分に通りかかるか確認した方がいいと思う」

「……!」


 てっきり、半ば茶化しで声をかけてきたのかと思っていたが、淀みなくすらすらと出てくる助言は素人のものとは思えない。


 驚いてパトリックを凝視していると、彼はくすっと笑った。


「実家がまあまあ大きい商家でね。君が一生懸命お店のことを勉強してるから、気になっちゃったんだ。でも、ごめん。この程度はもうわかってたみたいだね」

「い、いえ……」


 書き留めなかったので「そんなこともう知っている」という態度に見えたのかもしれない。


 パトリックの助言はどれも有意義なものだったので、慌てて筆を走らせていると、一つ席を詰めた彼が横から「そう、あとは立地の件ね」などとメモを援助してくれる。


「……ありがとう。とても勉強になったわ」

「どういたしまして。僕の方も、いい刺激になったからありがとう」

「どういたしまして……?」


 よくわからないまま返すと、彼は「ははっ」と軽やかに笑う。


 近頃最も目にする男性と言えば、いつもあまり表情が変わらない初老の家令か険しい顔のローガンなので、普通に明るく会話ができる相手がやたら新鮮に思えた。


「いやあ、僕、早く商売の手伝いをして跡を継げるようになれって言われててさ。のらりくらりとかわしてたんだけど、レイヤを見てると頑張らないとって気になってくるよ」

「……家業を継ぐのが嫌だったの?」

「うーん、継ぐこと自体は嫌じゃないんだけど、正式に後継者として指名されると、身を固めろ〜ってうるさく言われるようになるだろうから、それが憂鬱でね」

「なるほどね」


 商家も商家でなかなか大変そうだ──と思い、どんな階級、立場の人であろうと、大変でない人なんていないだろうと思い直す。


「ねぇ、パトリックは、好きな人はいるの?」

「うお、直球だなぁ。今はいないよ。だから、性格と見た目が普通にいい相手なら、別に結婚も嫌じゃないんだけどさ」

「そういうものなのね」

「そ。でも、周りの言いなりになるのはなんだか癪なだけ。好きだのなんだのの気持ちなんて永遠には続かないんだから、人間として好感が持てて、見てて可愛いな、綺麗だなって思える人をせめて自分で見つけたいじゃん?」

「……随分さっぱりした考えね」

「嫌い?」

「ううん、お互いにそういう意見で一致しているなら、合理的でいいんじゃないかしら」


 貴族の結婚も、政略があまり絡まない場合はそういうものかもしれない。


 夫婦として長年暮らしていける程度にはお互い好感を持てて、身分的にも釣り合いがいい相手だから、結婚する。


 熱烈な恋愛感情はなくても、釣り合いが取れた一定の温度でお互いをよき伴侶として認め合えるなら、それはそれで悪くないとフレイヤは思っている。


「……ちなみに、これは参考までに聞きたいんだけど、僕とかどう?」

「えっ?」


 護衛がいる左側から、心なしかうっすらと冷気が漂っている気がする。


「だから、結婚相手に。自分で言うのもなんだけど、かなりおすすめだよ」

「いや、えっと……私、一応既婚者だから」


 護衛から小さく「……一応」という呟きが聞こえた気がするが、気づかないふりをする。


「なーんだ、残念。見たことない子だから、隣国あたりの出身でしょ? レイヤがベリシアンに進出予定の商家の子なら、僕と結婚するメリットは大きいし、売り込みやすいと思ったのに」

「売り込みって……」


 あっけらかんと言われて、フレイヤは笑ってしまった。


 彼にとっては、自身の結婚すらも商売の一環なのかもしれない。

 悲観的になることなく、どこか飄々としている様子は、しなやかで力強く思えた。


「いい人が見つかるといいわね」

「ありがとう。レイヤの方も、勉強頑張って。カフェに興味があるなら、二番街にある“白百合の茶館さかん”に行ってみることをおすすめするよ」


 と、そこへ、料理を作るためにしばらく離れていたグレースが戻ってきて、店の名前に反応する。


「白百合の茶館は大人気ですよね。執事みたいに洗練された振る舞いの方々が給仕をされるとかで、街の女の子たち憧れのお店になっていますし。商家や貴族のお嬢さん方にとっても不足なしで、上手くお客さんを取り込んでいるなぁって感心しましたよ」


 パトリックとグレースが口を揃えて褒めるのだから、俄然行きたくなってくる。


「今度行ってみるわ。……グレースさん、パトリック、今日は本当にありがとう」

「いえいえ。ぜひまたいらしてくださいね」

「もちろん」

「またね、レイヤ」

「ええ」


 釣りは取っておくように伝えて多めに支払いをし、フレイヤと護衛の青年はカフェを出る。


 近日中にエヴァかベラ、もしくは二人とも連れて白百合の茶館へ行くことにしよう。


 まだなんのお店をするかも決めていないけれど、グレースとパトリックから話を聞いたことで、お店を開くという未来図は今朝よりずっと鮮明になってきた。フレイヤは久々に胸が躍るのを感じるのだった。


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