番外編 父と娘の魔導具開発記録~ドライヤー~

 うちの娘が、世界一かわいい。

 カルロの娘ダリヤは、鮮やかな赤い髪とやさしい緑の目をした天使のような六歳児である。

 大人しめの顔立ちではあるが、ころころと表情が変わり、いくら見ていても飽きない。

 運動神経に少々難はあるが、その分、読み書きはできるのでなんの問題もない。


 ダリヤが一歳半で最初に話した言葉は『とーたん(父さん)』

 次に話した言葉は『そふあたん(ソフィアさん)』

 ちなみにソフィアとは、家事育児を手伝ってくれている年配のメイドである。

 呼ばれたときは笑顔で返事をしたものの、うれしさにしばらく床に膝をついて動けなかった。


 ダリヤは魔導具師である自分の血を、強く受け継いだらしい。

 作業場の物を指さしては「まどーぐ(魔導具)」、最初に欲しがったものは「まてきちょうだい(魔石ちょうだい)」。覚える言葉は圧倒的に魔導具関連が多かった。

 四歳にして、自分の脇にぺたりとくっつき、邪魔することなく、魔導具制作を見ていた。

 付与魔法を使う度、「しゅごい(すごい)」と小さく感心した声をあげるので、作業が鬼のようにはかどった。

 しばらくすると、小さい手がうずうずと動くようになったので、作業場の隅に『ダリヤスペース』を設けた。そこに、カラの魔石や触っても問題のない素材、簡単な魔導具の本やの多い魔物図鑑を置いてみた。ダリヤは楽しげにそれらを玩具おもちゃにし、飽きることなく遊んでいた。

 それでも、普通の子と同じく、誘われれば近所の子と駆け回って遊ぶこともあった。

 近くに住む三つ上のイルマとは一番仲がいいらしい。よく二人で積み木やおはじきで遊んでいた。


「大きくなったら、父さんと同じ魔導具師になる!」

 ダリヤがそう言いきったのは五歳の誕生日である。

 カルロは喜びと共に、全力で応援することにした。

 五歳の娘に魔導具師の勉強をさせはじめた自分に、『お前は馬鹿か!? 早すぎだ』『親馬鹿、ここに極まれり』などと言う仕事仲間もいた。

 が、実際にダリヤに基礎を教えてみれば、スポンジが水を吸収するようにあっなく覚えた。

 さすがに魔導具関連の入出力計算や強化技術は、初等学院を出ないと難しいので控えたが。

 初等学院に入るのは八歳以上なので、それまでは家で読み書き、計算を教え、のんびりと準備をさせるつもりだった。


 しかし、我が娘は予想の上をいった。

 いつの間にやら、魔導具の本には何十枚ものシオリがはさまっていた。もっと厚い本が見たいとねだられ、手持ちの魔導具関係の本、魔物図鑑、素材図鑑を与えてみた。

 ついでに少しだけ魔力の残った魔石を与え、魔力制御についても教えはじめた。道具を使うときは横について、安全にだけはとことん注意を払ったが。

 そして、どちらもとても楽しそうなダリヤに満足し、つい油断した。


「きゃあっ!」

 ある日、庭に出ていた自分は、幼い娘の悲鳴に、心底ぞくりとした。

「ダリヤっ!」

 慌てて駆け込んだ作業場では、白煙が上がっており、入り口側の壁三分の一ほどが、焦げていた。幸い燃えているのは紙だけだったので、その場で水の魔石を使って消した。

「危ないだろう、ダリヤ! お前が火傷やけどしたらどうする? どうしてこんなことをした!?」

 赤い髪を一束こがしている娘を、カルロは思いきり怒鳴った。

「魔石を使うなら俺がいるときにしろと言っただろう!」

 その後、魔石の危険性との可能性をきっちりと説明してしかった。

 ずっと黙って聞いていたダリヤだが、とうとう耐えきれなくなったのだろう。見開かれた自分と同じ緑の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ出した。

「……ご、ごめん……なさい……」

「もういい。なんでこんなことをしたんだ?」

「……内緒、で、作りたかった……」

「なぜ?」

「父さん、驚いて……いっぱい、ほめてもらえると……思った……」

 ぐずぐずと泣きながら必死に言う娘の足元に、L字の金属筒が転がっていた。

「これは?」

「『ドライヤー』……温かい、風が……出るはずだったの……」

 設計図らしいメモには、風と火の魔石を使い、それが小型のL字の筒から出るようになっていた。機構は合っているが、これでは両方の魔石の威力がほぼ全開である。

「こんなに、いっぱい……風が出るなんて、思わなかったの……」

「ああ、出力計算と魔力を減らす方法を教えていなかったな……」

「……ごめんなさい……」

 娘は必死に涙をこらえ、また謝ってきた。うさぎのように赤くなった目が、なんともつらい。

「ダリヤは、『ドライヤー』で何をしたいんだ?」

「髪を乾かすために、作ろうと思ったの……長い髪は乾きづらいから……」

 我が娘の着眼点は女性らしかった。

 小さくても女性は女性。髪型ヘのこだわりもそろそろ出てくる頃なのだろう。

 カルロは、今まで気がついてやれなかった自分を恥じた。

「わかった。改良できないか試してみよう」


 六歳の子供の作ったものだから簡単だろう──そう考えていたが、結果は全力での作業となった。

「おおっ!」

 最初に庭で『ドライヤー』を試し、腰がひけた。

 スイッチを軽く押しただけで、魔導師の放つ中級火炎魔法のような炎が長く伸びる。下の芝生は一瞬で黒く焦げた。

「……『火炎放射器』になっちゃったの……」

 べそり、後ろで見ていた娘がまた落ち込んでいる。

 『ドライヤー』『火炎放射器』──時折、ダリヤは作りたい魔導具にきっぱりと名前をつける。まるでそれをすでに知っているかのようだ。

 きっと娘の頭の中では、すでに作りたいものの形がきっちりと組み上がっているのだろう。

「い、いや、父さんは、この仕組みはいいと思うぞ!」

 慌ててフォローを入れると、ダリヤは涙の残る顔のまま、ぱっと笑った。

「魔導回路で魔力を抑えられるから、ほどよい温風にならすぐできるぞ」

「なら、冷たい風と温かい風の両方ってできる?」

「ああ、簡単だ。火の魔石の方の回路を、こうして切り替えればいい」

「父さん、すごい! 温風は、強い風と弱い風が欲しいの。それってできる?」

「もちろんだ!」

 ダリヤに言われるがまま、望まれた機能は全部入れた。

 途中、一度高温になった金属筒は劣化するだろうと思い、別の金属筒を準備した。

 ダリヤは形にも希望が細かくあったので、ああでもないこうでもないと改良を重ね、不思議な形の温風器、『ドライヤー』ができた。

 結果、眠らぬまま朝を迎えた。

 わざわざ浴室で髪をらしてきて、二人で『ドライヤー』で髪を乾かし、成功したことに乾杯した。カルロは赤ワイン、ダリヤはどうジュースだ。取り忘れていた夕食を朝食とし、一緒に食べた。


 楽しい朝食を終えたとき、ちょうどメイドのソフィアが休暇から帰ってきた。

「お帰りなさい、ソフィアさん! 『ドライヤー』ができたの!」

 笑ってメイドに抱きついた娘は、そのままふにゃりと床に崩れ落ちた。

「ダリヤさん!?」

 床のダリヤを抱き上げつつ、カルロは苦笑する。娘は魔石の魔力が切れたように眠っていた。

「あー、徹夜したからな。眠くなったんだろう」

「……徹夜?」

 ぎりり、ソフィアの冷たい視線がカルロに向いた。

「カルロさん、こんな幼い子供に徹夜をさせるとは何事ですか!」

「ええと、それは二人で魔導具を作っていてだな……」

「それとこれとは別です。ダリヤさんは子供なんです、八時には寝かしつけてとあれほど言いましたよね、まさか昨日のお風呂も……」

「すまん、まだだ」

 眠りに落ちるダリヤの耳には、ソフィアが父を叱り続ける声がかすかに聞こえていた。

 前世、母に叱られたことを思い出しながら、父の腕の中で眠りに落ちていく。

 眉をよせ、少し困ったような寝顔の娘に、カルロも困った。

「後できちんと話すので、先にダリヤをベッドに運んでもいいだろうか?」

「……ええ、もちろんです。その後にゆっくりしっかり、お話をお伺い致しましょう」

 老女の笑顔に、少しばかり背筋が冷え、ひどく反省させられた日だった。


 その後も、ダリヤは魔導具師として順調に、いや、時々予想を斜め上に超えつつ、育った。

 魔導具でそれは無理だろうと思えるような夢と希望を楽しげに話し、『父さんならいつか作ってくれるよね! 私が大きくなったら一緒に作ろうね!』と、信じきった満面の笑みを向けられる。

 そんな娘に、できない、難しい、わからないなどと言えるはずがない。

 自分も全力で仕事と研究と勉強をすることになった。


『娘は、いつか嫁にいくものですよ。再婚を考えてはどうですか?』

 仕事で世話になっているドミニクに二度ほど言われたが、カルロはどうしてもその気になれない。

 ダリヤが嫁に行くというのもぴんとこない。

 いっそのこと、近い者を婿にするというのはどうだろう。近くに嫁に出して、もしかしたら子供を連れて出戻ってくる可能性も──いや、待て、それは考えたらだめな方向だ。

 でも、もしかしたら、孫も赤い髪の、とてもかわいい子かもしれない。


「ダリヤさんは、かわいい紅花詰草ストロベリーキャンドルのような髪ですね」

 ずいぶんと前、ソフィアがそうほめたとき、幼い娘は口をとがらせた。

「とーたんと同じ、砂のお色がよかったの」

「でもかわいいですよ。目はお父様と一緒の緑じゃないですか」

「どっちも、おそろいがよかったの」

 少しだけむくれて言う娘に、ずきりと胸にくるものがあった。

 ダリヤはただの一度も、自分の母について尋ねたことがない。小さい子供にしては不自然なほど、母への憧れや固執がなかった。

 カルロはずっとそれを、ソフィアの献身的な世話のおかげだと思っていた。

 だが、近所の人に『お母さんがいなくて、さみしくない?』そう聞かれたとき、ダリヤは一瞬の迷いもなく言ったのだ。

「平気! 私には、とーたんがいるから」

 カルロはそのまぶしい笑顔を、今も寸分たがわず思い出せる。

 そして、死ぬまで絶対に忘れない自信がある。


 ダリヤの母も、紅花詰草ストロベリーキャンドルのような赤髪だった。

 少しつり気味の目も同じく赤で、どこか猫を思わせるしなやかさを持つ、まぶしいほどに美しい女だった。

 二度とこの塔に戻ることはないであろう彼女を、カルロは今でも愛している。

 だが、彼女をまだ一番に愛しているかと聞かれれば、ただ静かにノーと言おう。

 今は娘、ダリヤが一番である。

 うちの娘が、世界一いとしい。

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