イケメンめがねの異世界転生記

玄栖佳純

第1話 ボクはめがねを握りしめ、愛する人を探しに旅立つ


 大切な何かを 忘れているような気がしていた

 それが何かわからないけれど とても大切な





 薬草を入れる籠を背負い、森へ続く道を歩いていると幼馴染のレイラがやってきた。

「ハリー、今日は薬草摘みするの?」

 歩幅を合わせてついてきながら聞いてくる。5つ年下の15歳。田舎町だけどその年齢の女子に流行っているらしいツインテール。


「うん。村に来る冒険初心者が増えて、ふつうの薬草が足りなくなっているらしいからけっこう高く売れるんだ」

 ウチの村の周辺は弱いモンスターが多いから、いろいろな場所の冒険初心者がやってくる。新しくできた転移装置のおかげだった。最近はほとんど毎日薬草摘みをしていた。

 薬草を摘んでふつうの道具屋に売りに行く。


「私ね、もうすぐ冒険に出るんだ」

 レイラは嬉しそうに言う。

「もうそんな時期か」

 ウチの村はだいたい15か16で冒険に出る。レイラは16の誕生日に出発すると聞いた。

 レイラの誕生日はたしか来月だった。何日かは覚えていないけれど。


 冒険に出た後はそのまま冒険者になったり、冒険先で気に入った場所に留まったりもする。でもたいていは、何年か世界を見て村に戻ってくる。

 冒険は大人になるための儀式。冒険に出て帰ってこないと大人として認められない。


 俺は冒険に行かずに二十歳になった。

 それはけっこう珍しい。 


 俺には魔力がなかった。

 冒険に出て冒険者になるのは魔力が多い人間だ。もしくはバカみたいに体力がある。魔力が少ない者は冒険に出ても苦労する。だから冒険者にはならずに他の場所に留まったり村に戻って来たりする。


 俺は魔力がまったくなかったから、冒険に出たくなかった。魔力がなくても身体を鍛えればいいけれど、鍛えてまで冒険に出る気はない。

 モンスターがうじゃうじゃいる世界に、何を好き好んで出る必要がある。


 ふつうの堅実な小さな農家に生まれふつうに育った俺は、冒険者ではなくふつうの農夫になるつもりだった。


 薬草摘みはそのための修行のようなもの。

 植物の種類とかわかるようになるし。それに今は臨時収入としてバカにできない。


「ハリーも一緒に行かない?」

 隣のよしみで気を遣ってくれているのだろう。本気にしてうっかり肯いたら困るヤツだ。


「無理だよ。視力悪いし」

 近視で遠くがぼんやりとしか見えない。

 それも俺が冒険に出ない大きな理由のひとつかもしれなかった。


 目が悪くても冒険者になれないこともない。けれど、なんか面倒くさい。めがねがあればいいのだろうけど高い。めがねを買うために冒険者になるのも本末転倒な気がする。

 それに人間が作っためがねはどうも好きになれない。なんかしっくりこない。


 人間ではなくドワーフが作っためがねもあるらしい。それはそれはすばらしいめがねだと聞く。それなら違うのかもしれないけれど、それを手に入れるには冒険に出なければならない。ドワーフのめがねを手に入れるまで不便な状態でいなければならないし、そんなことになったら本当にわけがわからない。

 俺に合うめがねを手に入れるために冒険に出る。

 わけがわからない。


 堅実に父母の手伝いをしたい。めがねがあったら良いなと思わないことはないけれど、なくてもなんとかなるし。


「私がフォローするわよ」

 年下の幼馴染にフォローされるって……。


「レイラだって冒険初心者だろ。そんな余裕ないんじゃないか?」

「ある。そのために訓練してきたんだから」

「訓練と実際の冒険は訳が違うと思う」

「大丈夫」

 その自信はどこから来るんだろう。


「私は魔力が強いし」

 レイラは生まれつき持っている魔力が強力だった。

 そういう者が他の仲間を助ける場合もある。


「レイラが良くてもレイラの仲間はダメって言うだろ」

 それが一番面倒くさい。レイラは家が隣だけど、レイラの仲間は違う。わちゃわちゃうるさい。レイラもうるさいけどそれが束になってくるから面倒くさい。


「そっちも大丈夫」

 ……俺が嫌だ。あんまりにも断られるからムキになってきてるのか?

 やんわりと断ろうとしているのに。


 レイラは無謀だけど魔法は使えるし、明るくてどこでも生きていけそうだから冒険者になればいい。冒険者の適性しかない。

 それでできれば遠くで元気でいてほしい。


 俺はそういうのに圧倒的に向いていない。

 魔力がないし、視力が悪い。冒険者に向いていないのだから、堅実に生きるしかない。


 そもそも危険を冒すと書くような職業に就きたくない。俺がめざすのは父さんのようなふつうの農家。母さんのような働き者の妻を得て、夫婦で力を合わせて小さいながらも自分の土地を耕す。


「ハリーは冒険者、向いてるよ」

 思ってもいないことを言うレイラを無視して、話を変えるつもりで前を向いて森へ向かおうとしていると、何かが足に絡みついた。

 何もなかったはずの場所で、何かが足に……。

 ホラーか? ここは足に触れる何かはないはず。


「え?」

 足元を見ると、人が倒れていた。

 いきなり現れた? 視力が悪いから気づかなかっただけか?


「うわっ!」

 足を動かそうとしたけれど、しっかりと握りしめられていて、バランスを崩して尻もちをついた。

 地面に座っていると、倒れていた人間がずるずると足を這い上がってきて、胴の辺りに抱きついてきた。


 なにこれ、やめて。


「ハルト! ハルト! 会いたかった!」

 よく見るとこの辺りの人間ではなさそうな服装。

「人違いです」

 離そうとしたけれど離れない。


 すげえ。力、強すぎ。

 俺よりも小さいのに、がっちりつかまれて離れない。


 農業してるから冒険者は無理だけど、体力はある方だと思ってた。けどこの力はなんだ? この人冒険者? こう見えて?


 色素の薄い感じの細い少年。ふつうにしていたらかなり可愛いのではないか。整った顔の美少年タイプ。

 ジーンズにパーカー? アウトドアな感じの着こなしだけど、優しいアースカラーな色使い。どことなく懐かしい気がする。ベージュにこげ茶のクマっぽい感じ。

 大人のクマではなくて、小熊……


 ぼーっとその少年を見ていたら、パーカーのポケットからめがねを取り出した。フレームがかなり細い銀色。

 見たことがない精工なめがね。


 すごく高そう。

 よく見たら服は綺麗だし凝ってる感じだし、いいところの坊ちゃんなのか?


 現状がわからなくてぼーっと見ていたら、めがねをかけられた。

 しっくりきた。まるで、体の一部が戻ってきたような。


 うすぼんやりしていた景色がクリアになる。

 そうだ、俺はこの景色を見ていた。


 鮮明な世界。

 遠くが良く見える……。


 緑の草木に遠い山々。

 二十年間いた世界が、改めて美しいと思えた。

 こんなに素晴らしい世界だったのか。


 遠い記憶が呼び覚まされる。

 俺は昔、このめがねをかけていて、この視力を持っていた。

 今のハリーではない、前世のハルトだった頃の俺は……


 ハルトは俺の名前だった。

 そして、この少年は……


小早川こばやかわ瑠夏ルカ?」

 懐かしいフルネームが出て来た。

 息をのんだルカが俺を見上げる。そのつやつやな頬に涙がこぼれる。


「うわ~ん! そうだよ、ルカだよぉ!!」

 そう言ってまた抱きついてきて泣き出す。

「なんで? お前、どうしてここへ?」

 めがねをかけることによって、前世の記憶が呼び覚まされた?


 会えて嬉しい。本当に嬉しい。

 でもここはルカからすると異世界なはず。


 前に居た世界からすると牧歌的な感じの世界。貴族キラキラではなくて、RPGの勇者がイベントをこなすために立ち寄る村みたいな場所。

 前世の世界はこっちからするとSFな感じである。


 そして、俺は前の世界で死んだからこの世界にいる。

 会えて嬉しいけれど、まさかルカは……


「ハルトが死んだの信じられなくって、立林たてばやしにハルトの魂を追ってもらったんだ」

「立林……?」

 聞き覚えはあったけれど、そんなに親しいわけでもないクラスメートの名前。

 立林は科学部のマッドサイエンティストと言われていたはず。じゃあ、ルカは死んでないのか? 転生ではなく異世界転移の方?

 だとすると、立林はマジな天才だったのか。


「これがあればハルトの魂を持つ人間に会えるって」

 泣きじゃくりながらルカは俺のめがねを指さす。


「ふつうのめがねだろ?」

 触れると前世の記憶がますますよみがえる。懐かしい手触り。細いシルバーのけっこう高いはずのめがね。そろそろ買い替えようと思っていたけれど、ずっと使っていたから愛着がありすぎて誤魔化しごまかし使っていた。


「ハルトの身体の一部として見ていいからって」

 違うと思う。でも、たしかにこれがないと不便で、なかった20年間はとても困っていて、夢にまで見ためがね。


 そして俺を見上げているルカを見る。

 目が合うと、泣き顔が笑顔に変わる。


 眩しい笑顔。

 俺はこれを守りたかった。


「やっぱりハルトはめがねだよ。めがねなしだと誰だかわからないけど、めがねかけると二割り増しなイケメンになるんだもん」

 嬉しそうにルカは言った。


 それ、失礼だろ……


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